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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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73.まとめ役をやっています

「お散歩」

 普段出かける時より比較的動きやすそうな服装で少し先行していた桃香が振り向く。

「楽しいね」

「まあ……桃香はいつも楽しそうだけどな」

 残暑が大分落ち着いた陽光の分を引いても眩しいので思わず半端に減らず口を叩くものの。

「はやくんといる時だからかな?」

「……」

「どしたの?」

「何でもない」

 聞いた自分が間抜けだった、と思わされただけだった。

「わ!」

「どうした?」

 そんな桃香が驚いた声を出すので思わず焦ったものの。

「そうだね、かぐやもいるから楽しいよね?」

 屈んだ桃香に撫でられて尻尾を振っているかぐやがリードを強めに引いて自己主張しただけだったようなので、安堵しながらも……また口を開く。

「……やっぱり桃香に懐いてる」

「あはは……」

「まあ、優しいから当たり前か……」

 そんな風に呟くと、桃香が半袖の端を摘まんで引っ張って来た。

「はやくんも」

「ん?」

「優しいよ?」

 そんな笑顔から、視線を逸らす。

「桃香がいる時だけじゃないか?」

「そんなことないと思うけどな」

 空気を読んだのか、それともたまたまか……かぐやも桃香に合わせるようにタイミングよく小さく吠えたので。

「ほら」

 桃香が得意げな顔を、するのだった。




「到着」

「ん」

 駅前の花時計の前に着いて桃香が足を止め、隼人も追いつく。

 臨時に追加された散歩に満足気だったかぐやがまだ足りないと桃香を見上げるが。

「はやくんとわたしの用事があるから、ね?」

 小さい子を……実際まだ仔犬なかぐやを宥めるようにまた頭を撫でている桃香の隣に隼人も屈んで撫でる。

「また夕方な?」

「だって、よかったね?」

「桃香も……時間あれば、一緒に来るか?」

「もちろんだよ」

 ほらやっぱり優しい、と囁く桃香から顔を逸らせば、丁度良く駅のホームにブレーキ音と共に銀色の車体が入って来るのが見えた。

「あの電車かな?」

「きっとそのはず」

 そう言いながら立ち上がるタイミングが同期して、顔を見合わせた後。

「あはは」

「……はは」

 腕を上に伸ばす動作までシンクロしてしまって思わず笑う二人だった。




「おーい、桃香」

「吉野君も」

「こんにちは」

 いつも通り、というか休日のためかそれより割増のテンションで手を振りながら絵里奈と琴美が改札から出てきて、それに続いて由佳子も軽く頭を下げつつ現れた。

「「こんにちは」」

 今度は返す声が合わさって絵里奈に「相変わらず」と笑われる。

「で、その子が噂のかぐやちゃんね」

 琴美を皮切りに三人に目を合わされてかぐやが思わずひるんで桃香の後ろに隠れた。

「おー、桃香大好きちゃんだ」

「……吉野君ちの子なんだよね?」

「……言わないでください」

 苦笑いする隼人に琴美も絵里奈も「桃香優しいからね」と全く同じ意見を述べてくれた。

 そんな後、頭を掻きながら、かぐやにじゃあ行くぞ? と言ってから三人には目的に見せはこちら、と指を差した。

「はーい」

「付いて行くのでヨロシクね」

 絵里奈たちの返事を確認して、出立しようとしたところで。

「わ、かぐや、はやいはやい」

「こらこら」

 散歩再開! とばかりに勢い付いて桃香のリードを思い切り引っ張るかぐやを制そうと隼人も小走りになる。

 そんな二人と一匹の後ろから。

「ねえ、由佳子ちゃん」

「はい」

「やっぱりお姉さん夫婦のとこもあんな感じ?」

「姪っ子のファーストシューズお散歩があんな感じでした」

「「!」」

 そんな言葉に、思わず段差に爪先を引っかけかける二人だった。




「えーっと、じゃあ、置いて来るので」

 駅から目的地までの間、自宅前を経由しまだまだ足りないと主張するかぐやの首元を撫でながら桃香から受け取ったリードを指差した。

「うん」

 桃香は、大人しく頷いたものの。

「……!」

 絵里奈に指差しつつ肩を叩かれて隣の店の看板に気付かされた由佳子は、驚きながらも成程、という感じに頷いていた。

 まあ、彼女に知られたくらいなら大したことはないだろうと……最近話すようになったものの、そういう意味では琴美や絵里奈以上に信頼できるな、とは思っていた。

「あら……?」

 そんな風にして店の裏の玄関に回ろうとしたタイミングで、丁度掃除中の母が顔を出してきた。

「もう帰ってきたというわけじゃ……」

「かぐやは連れていけないから」

「そういうことよね」

 都合が良いやとリードを手渡すと、一番いうことを聞く相手にかぐやは大人しく家の中へと戻る姿勢を示す。

 こっちはこっちで俺に対するものと態度違わないか? なんて心の中で苦笑する。

「はやくんのお母さんだよ」

「ですよね」

 そして、今度は桃香が一番顔見知りなのだから当然ながらも、そんな説明をしているのが聞こえてしまって、「そっくり」という感想まで飛んできて、妙に気恥しくなって。

「じゃあ、今度こそ行ってくるから」

「はいはい」

 少し乱暴な声色で宣言して、先を急ぐ。

「あ、はやくん、待ってよ」

 そんな時、真っ先に構ってくれる桃香の向こうで女子と母が二言三言話していたようだったが、極力聞こえていないことにした。




「あらあら、隼人君に桃香ちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは」

「お邪魔します」

 更に五分ほど歩いて。

商店街の服飾店の自動ドアをくぐれば顔見知りの妙齢のおばさまが笑顔で出迎えてくれた。

「何? 桃香ちゃんにプレゼント?」

「今日はそういうのではないです」

 衣装を自作しフラメンコの大会に出るほどの情熱的な人なので、そういうことを言われるのは想定の上だったからあっさりと流す。

「学園祭の準備で、少し買い物と……衣装の類を担当してくれる女子の相談に乗って貰えたら、と」

「そういうことなのね……桃香ちゃんは白雪姫? それともシンデレラ? ラプンツェル? おばさん、ドレス作っちゃえばいいの?」

「ち、違います」

 桃香もあわてて否定する。

 そんな様を、やっぱり商店街でも二人はそんな扱いなのね……なんて後ろからの生ぬるい視線が言っていた。

「あらやだ……隼人君、桃香ちゃん以外にも可愛い女の子何人も侍らせてどうしたの?」

「ですから……クラスでの買い物なんですって」

「あらごめんなさいね、若い女の子がたくさんでちょっと嬉しくなっちゃったわ」

 やっと目的を理解してもらえ、一息ついた隼人の肩を両脇から琴美と絵里奈が叩いて来る。

「何溜息ついてるの」

「せっかく、可愛い女の子が侍ってあげてるのに」

 そんな二人に、隼人はもう一度溜息を吐いて言い返した。

「むしろ」

「むしろ?」

「尾谷さんが、その……案内とか予算とかもあるけど、何よりはっちゃけ過ぎないか心配で付いて来たんだけど」

 横目で絵里奈を見れば、その視線を逸らしつつ頬を掻きながら返される。

「あ、あれ? そんなに信用無い?」

「……そう思ったし、伊織さんにもそう言われた」

「花梨め……花梨の使うのだけ露出上げちゃおうか」

「だからそういうところだって!」

 そんなことされるとこっちにも責任降ってくるから、と右手を上げて制する。

「布地の節約になるじゃん」

「そういう問題じゃないって言ってるんだけど……」

 初っ端からどっと疲れが出てしまう。

「さすが花梨は絵里奈の扱い解ってるねぇ」

「……あと、高上さんか滝澤さんも面白がってついて来るだろうから気をつけてとは言われてる」

「あ、あれ?」

「二人以上で悪乗りしたら、桃香や瀬戸さんじゃ止められないだろうから、って」

「あはは……」

「もー、そんなことないよ?」

「こっちは絶対にあると今し方確信した」

 美春がバドミントン部の試合でいないのは、本人には悪いものの多少助かるな、と思いつつ……今度は桃香に背中をよしよし、と撫でられる。

「はやくん」

「どうした?」

「おつかれさま」

「……まあな」




「そういう訳で、ベースになる服は各個人で持っている既製品を使いつつアレンジしたいので上に羽織るものなどを作りたいんです」

「成程成程、それにしても絵上手なのね?」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

「それにセンスもあって……おばさんまで楽しくなってきちゃうわ」

 通りに対する面積はそうでもないものの奥には細長い店舗。

「はやくん」

「ん?」

 盛り上がりつつアドバイスを受けつつ、いざ布地探しに店内に分け入った女子たちにそこまでは付いて行くこともないかと広めのスペースで待機することにした隼人のところに桃香がやってくる。

「行かないのか?」

「四人も行ったらちょっと狭いしね」

「それはそうか」

 奥の方の棚が密集している所は確かに動いたり相談したりもしにくいか、と思って長椅子に下ろしている腰の位置を少しずらすと桃香がそこにするりと収まる。

「はやくんは」

「ん?」

「どんな色の服が好き?」

「……」

 桃香の視線を追えば白や桃色の布地の方で。

「桃香が着ているなら、か?」

「……うん」

「桃香が着ていればなんでも、と言ったら怒られるか?」

「うん!」

 力強く頷かれてしまう。

「……実際見てみないと何とも言えないかも、な」

「じゃあ」

 半袖の裾を引っ張られる。

「今度秋冬の服、見に行くんだけど……」

「一緒に、か?」

「今度は二人で、ね」

 春と違って、悠と彩抜きで。

「センスとか期待しないでくれるなら」

「ちゃんと見てくれるなら、それでいいよ」

「……じゃあ、お供する、のと荷物持ちか」

「あはは……お願いしちゃおうかな」

 小指を立てた桃香に、同じく小指で応じる。

「来月のおでかけ、決定だね」

「ん」

「可愛くなれるように、がんばるね」




「あらあら、相変わらず仲良しね」

 指は解いた後も、そのままの距離で話していると戻って来たおばさまに、若いって良いわねと評される。

「えへへ……」

「割と普通……よりちょっといいだけですよ」

 流石にここまでくると普通ではないとは自覚しているので濁した言い方になる。

 そんな隼人の様を昔と変わらない、少し遊ぶような眼差しで見てから切り出された。

「二人とも」

「「はい?」」

「今度今のサイズで作り直すからまたお内裏様とお雛様してみない? 写真館の海藤さんも張り切って飛んで来るわよ?」

「……え、えーっと、どうする? はやくん」

「しないです」

 幼稚園も卒園を控えた頃。

 卒園式に着る服を両親に連れられ綾瀬家と共に買いに来た際、あまり考えず……というか、桃香と仲良しとおだてられて着た衣装と並んで撮られた写真を思い出して、頭を抱えながらも断る。

 ついでにそのまま商店街の雛祭りイベントに出馬したことに至っては思い出すことすら憚られる黒塗りにしたい歴史だった。

「というか、迷うなよ……」

「だって……」

 軽く、隣の桃香に抗議するものの。

「はやくんと仲良しの写真増えるのはうれしいもん」

「……」

 責め辛い発言と表情をされてしまい、逆に隼人が悪いことをした気分になる。

 そんな二人を眺めつつ満足気に頷いた後。

「桃香ちゃん」

「はい?」

「おばさん、ドレス制作の心得もあるから……覚えておいて、ね!」

「ほえ!?」

「ごふっ……」

 言われた桃香だけではなくて、隼人の方が何故か咽る、それも桃香より盛大に。

 何故かも何もないが。

「はやくん、大丈夫?」

「……あ、ああ」

「あらあら、おばさん、ドレスとしか言ってないわよ?」

 くすくすと笑うが、その手に持っているのが白やらワインレッドの布地なのがとてつもなくわざとらしかった。

「他にも……着てみてほしい服はいっぱいあるんだけど」

「えーっと……」

 桃香が、ちらりと隼人を見てから答えた。

「はやくんと、相談してから考えます」

「あらまあ」




「おーい、吉野君……?」

「何かあった?」

 まだ先程のダメージが抜けていない隼人を見て、絵里奈と琴美が首を傾げた後、桃香を見る。

「わ、わたしは何もしてないよ!?」

「ふーん」

 琴美の方はまだ掘り下げたそうだったが、絵里奈がそれよりも……と隼人に軽く科を作りながら伺ってくる。

「それで、あの、吉野君」

 このくらいになるんですが……と合計をかいたメモ用紙をそーっと差し出してくる。

「ほんのちょっぴり、オーバーだけど、何とかならない?」

「一寸というには一ケタ大きい気もするけど……これなら大丈夫だよ」

 軽く目を通した隼人は即答する。

「はい!? いいの?」

「こうなるだろうと思って余裕を付けた額を伝えてたし」

「そ、そういうことかー……」

 ほっとした後、じゃあもうちょっと盛れば良かった……と言いたげな顔にこれ以上は駄目だと目で釘を刺した後、確認する。

「ところで、要目不明の枠があるけど?」

「あ、そっちは装飾品の方が雰囲気出るだろうから私がアクセ自作してくる材料費」

 横から説明してくれる琴美に思わず驚きの声が出る。

「そうなの?」

「簡単なものだけどね」

「琴美ちゃん、手先器用だもんね」

「十分凄いと思うけど……了解」

 頷いた後、心の中の算盤は横に置いて……二人、ではなく三人に確認する。

「ところで、尾谷さんと瀬戸さん……高上さんも」

「うん?」

「はい?」

「何?」

「衣装係買って出てもらって、色々と準備とかしてやってもらえていて有難いけど……作成とかも時間使うと思うんだけど、良いのかな?」

「ああ、そのことなら」

「心配ないですよ……美術部の顧問の先生は創作の糧になるなら学園祭の準備に部活の時間を充てても構わないとおっしゃってますから」

「ああ……成程」

 美術の授業も担当する少し年かさの教師の顔を思い出しながら納得する……確かにそんなところも有りそうな、創作に情熱のある先生だった。

「私は、趣味の延長だし」

「そっか……じゃあ、よろしくお願いします」

「はい」

 普通に頷いた由佳子の横で絵里奈が腰に手を当てて主張する。

「それに吉野君」

「うん?」

「私は、楽しんでるからね!」

「おっと、こっちもよ」

 胸を張る絵里奈と、そこに不敵な顔で肩を組む琴美に、それは頼もしい……とは少しだけ思いながらも。

「お手柔らかに」

 苦笑いで締める隼人だった。




「ちょっと、残念」

「はい?」

 そんな様を一部始終聞いていたのか棚の陰から現れたおばさまが頬に手を当てながら呟いた。

「隼人君が駄目でも桃香ちゃんやお嬢さんたちをモデルに貸し出してくれたらサービスに応じようかと思ってたんだけど、ね」

 隼人君はしっかり者ね……と笑いかけられるも。隼人はそこは譲らない、と表情にも出して返事をする。

「しませんよ……というか、尚更駄目です」

「あらあら」

 ただ、良いものを作ってね? と絵里奈たちに微笑みかけた後。

 じゃあこれは応援替わり、と合計金額の端数は切って貰えた。


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