70.お化けと魔法使い
「えー、今日の昼休みに抽選があって、このクラスの出し物はお化け屋敷で決まりました」
花梨の言葉にクラスが沸き立つ。
何だかんだと自分の提案したことが受け入れられたようにも感じられて隼人は密かに安堵した。
「よく取れたな?」
教壇前でそんな素朴な感想を言った蓮に花梨が涼しく説明する。
「二つあるもの」
「え?」
「さすがに二四クラスもあって重複しないのは無理があったから、三年四組もホラーハウスだって」
「……言い方違うだけじゃん」
「まあ、希望が通っただけ良しとしない?」
「だな」
頷いた蓮を確認してから、花梨が隼人を促す。
「じゃあ、発案者の吉野君に以降は責任者になって貰うので?」
「……了解しました」
まあ、そこは仕方がないと諦観していたので大人しく花梨の後を引き継いで前に出る。
……諦めたとはいえ祖父が良く見ていた時代劇のお白州に引き出される気持ちではあったが。
「……」
表情で頑張れ、と伝えてくれる桃香が救いだった。
「ええと、何よりどんなお化けを出すか……からかな?」
「そだねー」
明るい声で相槌を飛ばしてくれた美春が有難い。
「和洋中……のどれか、に絞るべき?」
「今晩のメニューかよ」
独り言には蓮が突っ込んでくれた。
「ああ、そうそう、言い忘れてたんだけど」
「「?」」
遅くなって悪いんだけど、と花梨が手を上げて発言する。
「本気で怖い方向性のは三年生に譲ったので……何というか、私達のクラスのは気軽に入れるくらいのもので、とのことだったわ」
淡々とした事務連絡だったが、それなりの付き合いになる隼人の目には先日の怪談への食い付きも併せて心底残念そうなのが僅かに表情に漏れているのがわかった。
「つまり?」
「余りおどろおどろしいのは避けて……あと、方向性もむしろごった煮だと逆に面白いかもしれないわね」
「成程」
「後はその衣装やら装飾の準備しやすさ、も大事だよね」
今度は隼人の席にしれっと座っている絵里奈が美術部の視点で意見をくれた。
「じゃあ、その辺りを踏まえつつ、皆から意見を貰っていいかな?」
「オッケー」
最後尾から指で丸を作っている友也の反応が来て、男女それぞれからそう返してくれる人がいるのは助かるな、と友達に感謝しながら意見を箇条書きする準備をした。
そんな準備をしつつ……そういえば、とふと思い出すことがあって。
「?」
桃香の方を見れば、不思議そうにしながらも笑顔を見せてくれて心に柔らかな感触が生まれた。
「えーっと」
夜、そろそろ桃香が呼んでくれる頃かな……と思って向こうの窓を見れば。
白いシーツがもこもこと不思議なパターンで動いていた。
「何やってるんだ?」
「おばけだよ?」
「幼稚園児か」
呆れた声を出しながらも実は昼、教室でお化けの話題を出したときには桃香がそんなことしたな、と思い出してはいて。
向こう側に移って、それからそっとシーツを捲って桃香の顔を出してやる。
「こんばんは、はやくん」
「あのな……」
「びっくりした?」
やっていたことに引っ張られたのか普段より幼く感じる笑顔。
「その前に、暑いだろ」
「えへ……まあ」
実際、桃香の顔と耳の先は少しだけ赤くなっていた。
「でも、ちょっとおもしろかったでしょ?」
「……懐かしい感じはしたかな」
隼人がこちらに帰って来たばかりの時は、そんなこともあったなんだよな、と思いながら。
「あれを思えば桃香も大分……」
「大分?」
「……」
「わたし、どうなったの?」
「慣れてくれた、な」
そのまま髪に軽く触れるとくすぐったそうな顔をして人差し指を伸ばしてくる。
「仲良しだもんね」
「ああ、まあな」
それは幽霊じゃなくて宇宙人だ……と口にしながらも桃香の人差し指を自分の人差し指で押した。
「えへ」
「ん?」
「たのしい」
「ところで、桃香」
「うん」
「やっぱり、暑いだろ? それ」
さっき指を出した時を含めてシーツをしっかり前で閉めている桃香の姿に自分ならそんな熱の籠りそうなことしたくないな、なんて感想を抱きながら指摘する。
「あ、これね」
ちょっと悪戯っぽい笑い方をした桃香がシーツを肩から落としつつ、その中から黒い何かを取り出して被った。
「じゃーん」
鍔の広い三角帽子に、同じ色の黒いマントをシーツの下、部屋着の上に羽織っていて。
「おばけじゃなくて、魔女でした」
「……?」
「あ、あれ?」
呆気に取られている隼人に、桃香は首を傾げる。
「かわいく、なかった……?」
「……想定外過ぎてびっくりしてるんだって」
「あ、そっか」
素直に納得した様子の桃香が、改めて聞いて来る。
「はやくんは、こういうの、どう?」
「意外だけど……結構、似合ってるな」
少々色素の薄いところもある桃香の髪色には合っている気がしてそう口にする。
「実は魔法が使えたりするか?」
「ほえ……?」
自分でも似合わない言葉が出たかと思うくらいだったので、桃香は完全に面食らった様子で……。
それでも、何かを思いついたように笑ってから。
「実は……使えるよ?」
頬の横に手をやって、ひそひそ話を返してくれる。
「どんな?」
「はやくんを……」
「俺を?」
しっかりと溜めた、後。
「眠らせちゃう魔法」
「……今はもう割と眠いから試さないぞ」
「えー」
「えー、じゃない」
「わりと、すきだよね?」
「今は本気で寝たら困るから言ってるんだ」
自分でも段々と諸々の箍が緩んできている自覚はあった。
「ふーん」
「何だよ」
「じゃあ、また今度かけてみるね」
「……」
不要だ、とは言えない隼人だった。
ところで、と一つ咳払いをしてから気になっていたことを確認する。
「どうしたんだ? それ」
「一昨年と去年、商店街でハロウィンのイベントしたとき、幼稚園の子のたちに付いて回る時に着せられて……」
「もしかして……」
商店街の服飾店店主のおばさまの名前を出せば桃香はこくりと頷いた。
「その、もし、何かそれっぽい格好しろって言われた時……これなら、いいかな? って」
「ああ……」
隼人の想定以上に、女子が仮装に乗り気になっている現実に、ちょっと溜息が出た。
「女子って、意外と好きなのか……?」
「まあ、それぞれだとは思うけど、わたしはわりと好きかも」
今回は選択肢が多いからね……と桃香が言う。
その通りで、屋敷の中用の物もそこまでホラーチックにする予定ではなくなってそれこそハロウィンの光景くらいに落ち着きそうで、それ以上に受付役なら本当に今の桃香くらいの感じになりそうで、それならやってみたいという意見は多かった。
「予算次第かなぁ……」
「あはは……」
心の中で算盤を弾く隼人に桃香がおつかれさま、と笑う。
でも、確かに、お化け役や盛り上げに仮装している面子は多ければ多いに越したことは無さそうで……それならば。
「持ち込み、歓迎かもしれない」
「でしょ?」
「それに……」
「?」
制服の上に今のパーツを乗せるくらいの物なら、自分でも面倒臭い奴だとは思う、もう独占欲としか言えない気持ちも何とかクリアできるんじゃないか、と思えた。
「はやくん」
「ん?」
「また、難しい顔してる」
「……かもな」
不貞腐れてるのが自分で分かる声色に、桃香がくすっと笑って両手を隼人の表情……つまり両方の頬に伸ばしてくる。
「どうした?」
「笑顔になれる魔法」
「これはただのマッサージだろ……」
呆れて呟くも、そんな桃香の行為に思わず頬が緩んで……少し笑い声も零れてしまう。
「ほら♪」
「……あ」
「きいたよね?」
得意げな笑顔に、もしかしたら桃香が自分自身にもかけているのか……それとも自分が桃香に使えているのか? そんなことを考えながら。
「桃香」
「?」
ひょい、と三角帽子を桃香の頭から邪魔になるので避けて。
「わ」
本当に軽く、桃香の額を指で押す。
「どしたの? はやくん」
「何でもない」
「何でもないことないでしょ?」
「何となくだよ」
「えー」
今の魔法はズルいだろ、は口の中でだけ呟く。
そしてそんな後で。
「桃香の顔見てたら、そんな気分になった」
「そっか……そうなんだ」
これも本当のことを口にして、二人で笑い合った。
明けましておめでとうございます。
2024も続けていきますのでよろしくお願いします。