番外11.タコパ
「えー、それでは」
「おう」
「夏休みどころか、二学期初っ端のテストも終わってしまいましたが……皆さん、バイトお疲れさまでした!」
「お疲れ様」
「おっつー」
「いやー、頑張った」
友也の音頭で、五人分のプラスチック製カップにコーラで乾杯する。
喉を越していく炭酸が心地良かった。
「じゃあ、オンするぞ」
「うっす」
勝利がダイヤルを捻ってテーブルに置かれたホットプレートのスイッチを入れる。
通常は平らな熱される部分にはオプション追加で丸い穴が規則正しく並んでおり……つまりは。
「しっかし、何で野郎だけでタコパ……」
「おう、池上」
「それを蓮が言うのかい……」
勝利が蓮の肩を叩き、誠人が苦笑いをする。
「オメーがバイト代ほぼ使い切ってるっていうから」
「家でできる安価な催しになったんだよ?」
「あと、しょーりがたこ焼き器くらいどこに家にでもあるだろ発言が以前あったしね」
「……よく覚えてやがったな、それ」
「いや、まあ、そうなんだけど……」
蓮がバツが悪そうにしながらもまだぼやく。
「じゃあせめて隼人繋がりで女子も呼んでさー」
「……合コン要員のように言わないでほしい」
「そもそも、夏のバイトお疲れ会だからね……その日の都合はあったけど全員完走できて何よりだよ」
隼人と友也にも突っ込まれ、観念したらしい蓮が、次いで疑問を口にする。
「ところで、生地ってどうなってるんだ」
「ん? そこに粉と卵あるから適当でどうにかなるだろ」
まだスーパーの袋に入れられたままのそれを見て、隼人は決意した。
「勝利君」
「お?」
「台所、お借りして良いかな?」
「はい、お待たせ」
「「「おー」」」
隼人が置いたボウルに、付き添っていた勝利を除く三人が歓心の声を出す。
「こいつ……山芋まで準備してやがった」
「いや、その方が良い出来になるかと」
ちなみに、勝利の御宅のキッチンは奇麗で広く……結構大きい家の構えと普段はハウスキーパーの方に任せている発言と併せて、実は何気に良い所の御曹司なのでは? 疑惑が隼人内では発生している。
「隼人、料理イケるの?」
「綾瀬さんに作ってもらってばっかりでさっぱりだと思ってた」
「まあ、最低限食べられる程度には……美味しくは出来ないし」
「綾瀬ほどには、ってか?」
本日二回目の桃香関連発言はスルーして、仕切り直す。
「じゃ、焼きますか」
「隼人先生、折角なのでお手本を」
「了解」
たこ焼き器に生地を投入する隼人に、友也が問いかける。
「で、その準備の良い隼人はどんな具を用意してくれたんだい?」
「ああ」
担いできたクーラーボックスからタッパーを取り出す。
「これがいぶりがっこ、で」
「おおー、聞いたことだけある」
「地域モノ、ナイス」
「塩漬けの山菜と、乾燥ぜんまい」
「お、おう……」
「……凄いな」
「タンパク質! 肉はないのか!?」
「えーっと……これ、猪ジャーキー」
「ジビエ!」
「あと、それは……?」
「これは熊胆」
「ユウタン?」
「熊の胆嚢じゃねーか!」
最後に博識に突っ込んだ勝利が、隼人に聞いて来る。
「パネェのはもうわかったんだが何でこんな珍品ばっかなんだよ……」
「え? だって、面白いモノ持って来いって」
「程があるわっ!」
「あとベクトルもおかしい」
それはそれとして、一先ず有名どころからだろうとスモーキーな香りのがっこを投入する隼人に誠人が感心したように言う。
「普通に入学式からクラスメイトだから実感なかったんだけど」
「うん?」
「結構遠いところから来たんだね……」
「まあ、ね」
蓮の「綾瀬のためにな」という茶々は無視する……桃香カウント三回目。
「ところで隼人……このジャーキーのラベル手書きなんだけど」
珍しくちょっと困った様に聞いて来る友也に返す。
「ああ、ちゃんと資格持ちの伯父さんが作ってくれたので店頭に並ぶものと同じだから安心して……でも、無理に食べなくてもいいよ」
「あ、はい」
「吉野も獲物の解体とかしたことあるの……かい?」
「さすがにそれはないよ」
「だよね」
物は経験だと鶏を祖父に手伝ってもらいながらやったことはある……とはちょっと引かれそうなので言わないことにする。
「ちなみにこの猪、って……」
「別の叔父さんが猟友会で」
「お、おう……」
「まさか、隼人も猟銃とか……」
「そう言えば滅茶苦茶射的が上手かったよな、狙い付けた後全然ブレないし」
「あれは、資格がいるから無理だよ」
「だ、だよなぁ」
……撃ち方とか整備方法を知識として知っているだけだよとは言わないことに以下略。
「もっと普通の物はないのかよ!?」
言われてそっと最後の、今までの物とはデザインが違う包みを取り出す。
「…………ドライフルーツ、ならあるよ」
「あ、いきなり普通になった」
「何ならちょっと女子力を感じる」
「……もしかしなくても綾瀬さん」
「だな」
やはりバレるよな、と……そうなると思っていたので諦めていた。
「皆とたこ焼きパーティーするって言ったら持たされた」
「予定全部言ってるのかい?」
「飲み会の許可取る旦那かよっ!」
「……色々とあるんだって」
約束しているデートの日程との兼ね合いがあったから、とは口が裂けても言えない。
ともあれ、桃香カウント四回目。
「はー、食った食った」
「案外、美味かったな」
「後半刺激が弱かった気がする」
「……前半が凄過ぎたよ」
「せやな」
生地も無くなり、各々胃袋の許容量もほぼ満タンとなって……勝利がホットプレートの電源をOFFする。
その時、逆に隼人のスマートフォンは画面が点き……メッセージの通知が表示された。
「あ、ごめん……見ていいかな?」
「綾瀬さんかな?」
「綾瀬だな」
「間違いないな」
断言されるのも癪なので抵抗を試みる、ものの。
「とも限らないかもしれない、よ?」
「いや、綾瀬さんでしょ」
「隼人の顔が」
「教室でいちゃついてる時の顔だ」
バッサリとぶった切られるし、その通りだった。
「……そんなに、違う?」
「そりゃあ」
「もう全然」
「違いすぎる」
「尾谷さんの言葉を借りるなら『甘い顔になってる』」
さっきから友也誠人蓮にコンビネーションでコーナーに追い詰められている気がしてならない。
「いいから早く返してあげなよ」
「そうそう」
そんな中でも誠人と友也は穏健的というか紳士的なので、言葉に甘えて「楽しい?」とかぐやとの自撮りを送って来た桃香に「結構楽しい」と内心を簡潔に返す。
……あまり桃香とのことを擦られなければもうちょっと良かったのだけど。
「付き合ってないってまだ抜かすんならもうちょっと日々自重して距離感考えろや……」
そして、それを待ってくれたものの勝利がドスの利いた声で突っ込んできた。
「まあ、確かに……」
「色々と考えて? とは思うよね」
「……そうしているつもりはないんだけど」
「じゃあ無意識なのかい?」
「更にタチわりー」
もう一頻りその話題になったところで……隼人は切り上げを提案する。
「あのさ、そろそろ別の話にしない?」
「んー、そいつは無理な相談かな」
「実質彼女持ちの義務、って奴だね……こういう場で肴にされるのは」
蓮と友也の発言に理不尽だ、と思いつつも思い付いたことがあるので口にする。
「え、じゃあ」
「ん?」
「何だ?」
「皆は、付き合ってる相手って……居ないの?」
その瞬間、隼人以外の全員の顔が固まった。
「ほ、ほぉー……」
「そう来たのかい……」
電波状況の悪いテレビのようにぎこちなく動く勝利と友也に、ここぞとばかりに隼人がもう一押しする。
「いつもこっちばかりで理不尽じゃないか」
「今恵まれてるやつと、古傷を抉られるのとじゃ話がちげーよ……」
そんな中、何かを考えていた誠人がコップに残っていたコーラを一息に呷って手を上げた。
「確かに、いつも吉野ばかりだし……今はこういう場だね」
「お?」
「誠人?」
「中二の時、高校に上がる先輩に告白したけれどダメでした!」
「……ただの大人しい奴かと思ったら男じゃねーか」
「ははは、どうも……」
誠人の殻になったコップに新しいコーラを注いだ勝利が、自分の分は空にしてからぼそりと言った。
「同じく中学の時に玉砕、以上」
「どんまい」
「もう気にしてねーよ」
そんな勝利の肩を叩いてから友也が手を上げた。
「告白しようとする寸前に相手に付き合っている人がいることが発覚しました」
「お、おう……」
「あんまりだ」
「だからってチャンポンはノーサンキューね」
勝利がコーラを、誠人が烏龍茶を注ごうとするので自分のカップに手で蓋をした友也がカラカラと笑った。
「さて……」
「うん」
「トリを務めてもらいましょうか」
「うぇっ!?」
「一人だけ逃げはナシだよ、蓮」
全員に笑顔を見せられた蓮が一分ばかり迷った後……ちびりとスプライトを口にして呟いた。
「いないわけじゃねーけど、どうするか考え中」
「ほう」
「で、相手は誰よ?」
友也に迫られ、勝利に肩を抱かれた蓮が指摘する。
「友也も勝利も相手が誰かは言ってねーだろ」
「ちっ」
「まあ、確かにね」
そんな蓮に、隼人は前々から実は個人的に気にしていることを聞いてみることにした。
「ところで、蓮君」
「何だよ」
「その人に告白するとしたらどのような手段をお考えで?」
「はぁっ!?」
素っ頓狂な声を出した蓮が、それでも頭をゴリゴリと搔きながら答えてくれた。
「……このシュートが入ったら付き合ってくれ、とかか?」
「お、良いんじゃない?」
「バスケ馬鹿らしいじゃねーか」
「うっせ」
成程、と頷いている隼人、を見て友也がニヤリと笑って言った。
「隼人」
「うん?」
「綾瀬さんに、何って言おうか考え中、とかかい?」
「……!」
隼人は動揺が顔に出ないかと意識し……他の三人は友也を見る。
「は? 何言ってんだ?」
「吉野が綾瀬さんに……あ」
「そういうことか」
「そ、仮に隼人が綾瀬さんに告白か、それに類することしていたとしたら二人が付き合ってないわけが……」
「ねーな」
「うん、ない」
「綾瀬さん、吉野への好意で溢れてるもんね」
「見ていてわかるよな」
「見ているこっちが恥ずかしいくらいだよ」
「……」
あれ? これはもしや遠回しに自爆したか……? と気付くももう遅い。
ついでに桃香カウントもとうの昔に振り切れている。
「つまり、そういうことだよね? 隼人」
「……その前にしなきゃいけないことがある、とだけ言っておきます」
「ほほー……」
「そうきたか」
勝利が指を鳴らして宣言した。
「おい池上! 吉野にハバネロあと五切れ追加」
「え? あいつ、顔色変えずに食ってたけど」
「だから、もう生地もないし直に行かせろ」
「どうしてまた?」
「今回で自分がどんだけ恵まれてるかわかっただろうが! このタコ!」
「そうだね、グイっといってもらおっか、隼人」
「蓮もさっきの件、適当に流したら後日ハバネロね」
「うっそだろぉ!?」
辛いと思ってないわけじゃないんだけどな……と罰ゲームのハバネロを咀嚼しながら。
こんな騒ぎもたまになら悪くないかもしれない、と考えながら。
「……」
それでもどうせ小麦粉を焼いたものを食べるなら、桃香が作ってくれたものを桃香の笑顔を見ながら食べたい、と思うのだった。
2023後半からスタートでしたがお読みいただきありがとうございました。
現状の計画ではここで折り返しの未だ手前ですので来年もお付き合い頂ければ幸いです。