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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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67.joyful heart

「はやくん」

「ああ」

「お隣で、うれしいね」

 夜、休む前の桃香とのひと時。

 にこにこと告げてくる桃香に、さすがに苦笑いが出る。

「桃香」

「うん?」

「勿論、俺も嬉しいけど……」

「?」

「もう、学校出てからだけでも三回目」

 帰り道の最初と終わりに、そして今ので。

 そんな素直過ぎる桃香は勿論根本では好ましいけれど、やらかすな、という意味では自分がしっかりするしかないのかな、という気持ちにはなる。

 もう大昔にも感じる高校入学当初は桃香と良い仲になるとしても、もう少し密やかなものにするつもり、だったし……こんなことになるとは夢にも思っていなかった。

 桃香が、こんなにも素直なままだとは思っていなかった。

「もうちょっとだけ、抑えて……な?」

「うん……」

 少ししぼんで、僅かに俯く桃香に、胸が痛む。

「わたしも抑えてるつもり、なんだけど……ちょっとだけ、出ちゃうんだよね」

「……ちょっと?」

 あれでも? と思わず聞き返した隼人に。

「……」

「?」

「はやくん」

 複雑そうな顔をした桃香が、隼人を呼んで手招きをするので向こう側に移る。

「こっち」

「いや、その……」

 手を掴まれ、中に入るよう促されて……一応の遠慮はするものの強くは抗えず桃香の部屋の中に立たされる。

「あのね」

「……!」

 桃香の頭が下がった、と思った瞬間胸に衝撃が走って息が詰まる。

「これで、三分の一くらい」

「……そっか」

 全部だったらそれなりに力を籠めないと受け止めきれなかったな、等と思いながらそっと頭を撫でて宥める。

「あのな」

「うん」

「嬉しく思ってくれるのは嬉しいし、俺も嬉しくないわけじゃないんだから」

「……うん」

「その、学校じゃもう少し……ってだけ」

 少し黙ってから頷いた桃香が、でも……と続ける。

「じゃあ、今は……いいの?」

「そりゃあ……いい、けど?」

 言い終わった瞬間、隼人の背中に桃香の両手が回される。

 桃香のぬくもりが、密着する。

「お隣ってだけで……すっごく、うれしいんだよ」

「ん……」

「いっぱいいっしょにいてね、はやくん」

「ああ」

 強めに籠った力が、嬉しかった。




「まあ、やっぱり……」

「?」

「夏休みが、効いてるな」

「そう……だね」

 流石に身を離して、窓辺に並んで座りながら二人で頷く。

 その距離も、夏の始まりと終わりで変わっていた。

 そのことにお互い薄くは自覚があったけれど……今日、学校での一日を挟んだことで尚更実感していた。

「いっぱいいいこと、あったもんね」

「ああ」

「無かった方が良かったなんて」

 隼人にもたれかかりながら、確かめるような問いかけに。

「言わない」

「……うん」

 大事な思い出だよね……と桃香がポケットから出したスマートフォンで写真を開けば、桃香の膝の上にある隼人の寝顔の写真が表示されて……。




「あ」




「桃香?」

「……」

「も、も、か?」

「え、えへへ……」

 桃香の指が素早く画面を操作して、花火の会場で打ちあがりを待っている時に自分たちを取ったものに切り替えられる。

「い……いいこといっぱい、あったもんね」

「こら」

 こちらは何事もなかった、とでも言いたげに最前と同じ台詞を口にした桃香の手を流石に掴む。

「今のは?」

「あ、えーっとね」

「今の、写真は?」

「はやくんがね、かわいかった……から」

 後半は蚊が鳴くような声になる桃香に、続ける。

「良し」

「?」

「桃香の寝顔も可愛いから写真撮らせてもらうか」

「え……!?」

「可愛かったら、良いんだろ?」

「うー……」

 手付きだけでなく、心持までじたばたしているのが伝わってくる。

「はやくんのいじわる」

「……それは認めるけど」

「うん……でも、寝ているうちに撮っちゃって、ごめんなさい」

 背筋をきちんとして、謝った桃香が画面を件の写真に戻して保護を解除する。

 そこからさらに進もうとした指先に、思わず声が出た。

「あ……」

「はやくん?」

「ええと、その、それ……な」

「この写真?」

 上手く言えない自分にもどかしさを感じながらも、何とか絞り出す。

「絶対に誰にも見せない、なら」

「……絶対にみせないよ」

「それなら、別に、消せとまでは」

「うん……」

 頷いた桃香が少し迷う気配を漂わせた後、それでも写真を消していた。

「良かったのか?」

「うん」

 画面ではなく、隼人をしっかりと見ながら桃香が言う。

「はやくん」

「ああ」

「はやくんの甘えてくれている時の寝てる顔、とってもかわいいから今度写真撮らせて?」

「……はい?」

 思わず、何を言っているんだ? という表情になったし、言葉にも出ていた。

「ちゃんと許可取ってから……ね?」

「いや、その、桃香」

「うん?」

「かわいくは……ない」

「そんなことないもん」

「甘えても……いない」

「そんなことも……ないでしょ?」

 否定したいのは照れ隠しなだけなので……言い返せない。

「その今度は……そんなにすぐ来ないだろ」

「……はやくん」

 桃香がじっと隼人を見てから、太ももを示す。

「ここ、好き……でしょ?」

「え……ええと、な」

「嫌い?」

「そんなことは……ない」

 意地は張りたいものの、機嫌を損ねた桃香にもうしてもらえない……と考えると張り切れない。

「じゃあ、また今度……ね?」

「……」

「ね?」

 頷かざるを、得ない。

「えっと、あと、ね」

「うん……?」

「絶対に、はやくんだけの……だったら、ね」

「……ああ」

「わたしも……撮られても、いい、よ」

 だから今度わたしにもしてね? と言われると、またしても頷かないわけにはいかなかった。




 もう少し自重を……という話をしたかった筈なのに。

 むしろ隼人まで明日からの毎日に自信が持てなくなる、そんなまだ暑さの余韻が消え切らない夜だった。





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