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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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07.ガラスの向こう

「天気予報ってあたるね」

 桃香に指導され利用している無料通話機能から彼女の声が聞こえる。

 金曜日の高校生が出歩くには遅い時間帯なので当然隼人と桃香には空間的にはそこまで距離はない。

 それでも何となく、西側の、桃香のいる側の壁に背中を預けていた。

「本降りになってきた」

 昨夜から帰宅時までは傘の使用を躊躇う程度の降り方だったが、今はもう窓ガラスと不規則な間隔で音を立てるほどになってきている。

「とりあえず、はやちゃん」

「うん」

「一週間おつかれさま」

 遠慮がちに気遣うような声色。

「……スケジュールは、一緒だったろ?」

「うん……」

「それにそっちはそっちで……」

 三度ばかり呼び出されていたのは同じ教室にいる以上、そして廊下側最奥の席のため見てしまっていた。

 そのうち一回は桃香の周りの女子たちが眼圧で退け、残る二回も桃香は何事もなかったかのように教室に戻ってきていた。

 隼人はその度に花梨に「怖い顔している」とからかわれたが。

「わたしは……全然、嬉しくなかったよ」

 わかっているよ、と隼人が答えた後、雨音だけの時間が訪れた。




「やっぱり」

「やっぱり?」

「学校でも普通に話せてもっと一緒ならいいんだよね」

「まあ、うん」

 それはそれで別の問題がある気も僅かにしたが、概ね同意だった。

「じゃあ、もう遅くなったから」

「わ……こんな時間」

 じゃあおやすみ、と切り出そうとした言葉を桃香が遮った。

「あ、ちょっと待って」

「?」

「少しだけでいいから、逢いたいな」

「窓は開けられないと思うけど」

「カーテン開けて、立ってくれるだけでいいよ」

 言われるがままそのようにすると雨粒だらけの向こう側の窓に桃香のシルエットだけは確認できた。

「ごめん、はやちゃんがいることしかわからない」

 くすりと笑う声。

「こっちも同じ」

「でも、いてくれるのがわかるのはうれしいな」

 ふわりとした言葉が聞こえ、隼人の胸が少し痛んだ、その時。

「あー!」

 突然トーンも大きさも増えた桃香の声に思わず電話を耳元から離す。

「ど、どうした?」

「わたし……思い付いた、かも」

 何を? と呆気に取られながら聞き返すしかない隼人に構わず桃香は宣言する。

「来週からは、はやちゃんと学校で話せるかも」

「随分予定より早くない?」

 先日の構想では今月中だったが来週でもまだ中旬だった。

 勿論、隼人としてもそれに越したことはないのだが。

「いいこと、思い付いちゃったから」

 もうこの出力で雨も吹き飛ばしそうな、明るい声だった。

「来週、楽しみだね」

「ああ」

 確かに、そう出来たとしたら。

 来週が久しぶりに待ち遠しいという気持ちになれた。




 その来週は、まだ残っていた引っ越しの片付けに明け暮れているうちにあっという間にやって来た。

(……一体、何をする気だろう?)

 土曜日曜の夜にそれと無く聞こうとするも楽しそうに「お楽しみで」とだけ言われて伏せられたまま。

 教室で一番遠くの桃香の後姿は特に普段とは変わらない。

「おはよう、吉野君」

「やあやあ」

「桃香と週末仲良くしてた?」

「おはよう」

 そんな隼人の右にある扉から花梨たち四人組が明るく教室に入って来た。

「ああ、おはよう」

 気軽に挨拶できるクラスメイトが女子ばかりという状況に、そして桃香関連で面白い人カテゴリーで話し掛けられているであろうことには苦笑いしか出てこない。

 それでも有難い有難くないで言えば有難い寄りなのは否定できなかった。

「あー、桃香! 今日どしたの?」

「珍しいねー」

「えへ……今朝、ちょっとあって」

「何々? まーたコンタクト無くしたの?」

「もう、美春みはるちゃんたら……あの時はあとでちゃんと出てきたよ!」

 そんな彼女たちが桃香と合流すれば教室の反対側の空気がパッと華やぐ。

 無意識にそっちを見てしまうのは桃香がいるからだけではない、筈だった。

「!」

 そんな視線の先で、桃香が一瞬こちらを向いて、小さく手を振っていた。

「え? ちょっと、桃香」

「今……吉野君に」

「なんでもないよ」

「うそだー、この~」

 たちまち姦しくなる桃香の席の周囲。        

 あまりに一瞬だったので現実感は薄かったが……。

「綾瀬、マブい……」

 暫く収まりそうにない女子たちの声と、流れ弾を食った前席の呟きがそれは本当にあったことだと表していた。




 そして一時間目が終わった休み時間には。

「次は教室移動だよ~」

 教科書ノートを抱えて軽やかに笑いながら隼人の席の隣を通り抜けていく桃香の姿があった。

「ちょっとちょっと」

「どうしちゃったの、今日は」

 振り返った先には、からかうように挟まれながらも、右手で顔の横の髪辺りを弄りながら廊下に出ていった後ろ姿。

 桃香の笑顔も笑い声も隼人の心を温めるものではあったけれど。

「ん……?」

 何か違和感があって、足りない気がした。




「お昼休み明けだけど、眠くない?」

「いや、大丈夫」

 むしろそれはそっくり桃香に返したいと過去の居眠りハプニングを思い出しながら。机から見上げるアングルになる桃香の表情は機嫌の麗しさを除けばいつも通りに見える。

 ただし、制服のブレザーの方に違和感というか、仕舞ってあるものがあることに本日都合四回目の最接近で気付けた。

「~♪」

 髪を上機嫌に揺らしながら戻っていく様子を観察すれば、予想通り顔の辺りに右手を遣っていて。

 指摘したものかどうしたものか、が午後の授業中ずっと頭の片隅に引っ掛かっていた。




「学校での、だけど」

「うん?」

「多分、すぐばれると思う」

 今夜も雨模様のため。

 通話の向こう側で桃香が沈黙する。

「……やっぱり、あやしい?」

「不自然と言えば前後がとても不自然」

 困った声で聞かれれば、否定はできないので指摘をする。

「うーん……もうちょっと、でしなくても大丈夫になれると思うの」

 だから、それまでバレないようにできればそれで、と願っている桃香にもう一つ気になっていることを、問いかけてみる。

「そんなに、難しい?」

「はやちゃん……ごめんね」

 しぼんだ声に、慌てて否定する。

 桃香のそんな声は本意ではないから。

「いや、その、困らせたいわけじゃないんだ」

「……はやちゃんのせいじゃないけど、はやちゃんは全然わるくないけど、困らせられてる、のはホントかなぁ」

「よくわからなくなってきた……けど、協力できることがあるなら言って貰えれば」

 それなんだけどね、と桃香は続ける。

「わかってほしいような、わかられちゃうと困るような、でもわたしの今の気持ちを……」

「気持ちを?」

「……思い知らせちゃいたいような」

「?」

「い、今のは……なし!」

 忘れて、という声の必死さに。

「わ、わかった……よくわかんないけど、わかった」

「わかってもらえてよかったよ……」

 隼人は今一つ要領を得てなかったが、桃香は安心の溜息を吐いていたので、この答えで良かったのだろう、と納得することにした。

「とりあえず、桃香がいろいろしてくれるのは嬉しいけど、もうちょっと控えて自然にしないと……」

「むー」

「困るのは……」

「困るのは?」

「……二人とも困るな」

「うん」




 実際のところは、困るでは済まなかった。




「おーい、吉野君」

「ちょっと、良いかしら?」

 翌日の放課後。

 教科書を詰め終えた鞄を閉じようとする隼人に花梨と美春が話しかけてきた。

「あ、桃香は絵里奈えりなたちと用事しに行ってるんだけど、スグ戻ってくるね」

「ああ、そうなんだ……」

 さて、この二人の組み合わせで何があるのだろう。と内心で隼人が首を傾げたところで花梨が告げる。

「ちょっと、確かめたいことがあって……手間は取らせないわ」

「二人にそう言われるととても怖いんだけど」

「花梨、言われてるよ」

「美春も言われてるのよ?」

 可笑しそうに肩を叩く美春に花梨が言い返したところで。

「帰って来たみたいね」

「お、琴美ことみも絵里奈もちゃんといるな」

 スグ戻る、の言葉通り廊下から桃香と、映画当たりの話題で談笑している二人の声と気配がした。

「さて「吉野君」」

「え?」

「ゴメン!」

「ごめんなさい」

 桃香の気配に隼人の気が緩んだわけではなかったが、素早く隼人の背中側に回った二人が隼人の座る椅子に手をかけ、それぞれに力を入れる。

 女子の力とは言えそこは二対一。

「うわっ」

 隼人は椅子ごと廊下の方を向けられてしまい。

「そうそう、そこでパイロットの人が『うわー』ってなって」

 丁度教室の扉を引いた桃香と「対面」していた。




「あ、えっと……」

 見る見るうちに頬を染めていく桃香が、慌てて右手を、次いで左手を自分の顔に伸ばそうとするも。

「おっと」

「ズルはいけないんじゃない? 桃香」

 しっかりと両脇から腕を取られてしまう。

 そのため眼鏡を外せない。

「ズルじゃなくって、その、あの、えっとね」

「慌てちゃってカワイイ、けどまだダメよ」

「吉野君の顔、しっかり見たくないの?」

「そ……そんなことない!」

「あれ?」

「見たくないわけなくって、もっといっぱい見てお話ししたいけど……なんだかよくわかんないけど、しばらくあってないうちにすっごく格好よくなってて、男の大人の人みたいになってきてて、それこそすっごくズルくって、その、わたし……は、まだまだ子供っぽいのに」

「わー、待った待った」

「桃香、落ち着いて! ストップ!」

 一分前にけしかけた方が慌てて止めに入るも。

「ちがうの! 落ち着こうとしてるの! でも、上手くいかなくって……なんだか心臓がいうこと聞いてくれなくなって」

「もーもーかー!」

「今、私たちが言うこと聞いてほしいのは桃香の方!」

「わかってほしいけど、そんなのわかられちゃったら、わたし……困るし、どうしていいかわからないし」

「気付いて! 今もう困ることになってるから!」

「居るから! 吉野君本人今居るの! 目の前!」

「……え?」

 ほんの二分ほどの出来事だったが、桃香が我に帰るころには桃香の声が届いた範囲の人間は全員顔を赤面させていた。

「えっと、聞こえなかったことには……」

 耳の先まで熱を発しているのを自覚して机から顔を上げられないが、それでも自分に言われているのは理解して隼人は答えた。

「さすがにそれは無理がある、と思う」

「うん……」

 言っちゃった……と顔を覆う桃香の前に今回の主犯格たちが整列し深々と頭を下げる。

「桃香……めっちゃ可愛かった、でも本当にごめんなさい」

「今度好きなお店で一番高いパフェ奢らせてください、本当にごめんなさい」

「本当にごめん、でもずっと友達でいてください」

「改めて桃香のこと応援する……けど、本当にごめんなさい」

「…………うん」

「桃香」

「許して、くれる?」

「まあ、わたしも、その……ちょっと、変だったし、勢い余っちゃったし」

 でも、今日はもう帰るね。

 そう言って精魂使い果たしたような足取りで荷物を取りに行った桃香が教室を出て行って。

 それでもまだ机から動けない隼人を見かねたのか前の席から声がかかった。

「吉野」

「うん……結城君」

「良かったじゃねぇか、格好良いってよ」

「こんな状態で申し訳ないけど……ありがとう」

「褒めてねえんだけど」

「言われても仕方ない有様なのは自覚してます」

「へっ……」

 じゃあな、と彼が出ていき。

「あ、あの……吉野君」

「吉野君も、ごめんなさいっ」

「いや、こっちはいいので……」

「うん、今度桃香はパンケーキ店にも連れてってごちそうする」

 その後、花梨たちに改めて口々に謝られた頃に、やっと立ち直り帰宅することができた。




 そんなその日の夜は。

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 とてもお互いの顔を見ることなどできず。

 そんな挨拶だけを、お互いの部屋の中から送るだけにした。



 


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