64.ある意味いつもの二人
「あ」
「お」
二学期初日。
久しぶりの登校のタイミングだったけれど、ぴったりに二人とも家から出てきて目が合った。
「おはよ、はやくん」
「おはよう」
間が開いて、逆に新鮮に感じるくらいの制服姿……も爽やかに可愛くて良いな、とこっそり思う。
「じゃあ、あらためて」
「うん?」
「新学期もよろしくお願いします」
「新年か」
「えへ」
笑いながら頭を深めに下げた桃香に思わずつられながらも突っ込んでしまう。
「まあ、その、よろしく」
「うん」
「ところで」
「なに?」
「どうしてまた、眼鏡?」
昨日軽く買い物、その他をしていた時は普通にコンタクトレンズをしていた筈だったけれど。
「それはね」
「うん」
「もしかしたら、役に立つかな……って」
「?」
何がだろうか……変に思い切りのいいところがある桃香だからまた後から教室で妙なことになるようなことではないだろうな……?
そんな風に考え始める隼人の肘を突いて桃香が促す。
「ほらほら、行こ?」
「あ、ああ」
朝は割と暑さも和らぐようになった季節の空気の中を、並んで歩き始めた。
「それで、テストが終わったら」
商店街を出て、通学路もまだ他の生徒がまばらな区間、軽めに手を繋ぎながら。
とりあえず近めの学校での予定として学期初めのテストの話題が出る……夏休み中も二人で「勉強時間」はしっかり確保していたのでそこは余裕を持って挑むだけだった。
「学園祭、だよね」
「ああ」
ただ、それはそれとして、祭りと付く行事の方に心が動くのは当たり前のこと。
「うちのクラスは何やるのかな?」
「とりあえずクラスごとに希望を出して、その後全体で調整じゃないか?」
「まあ、そうだよね」
八三で二四クラスあるそれなりの規模の高校なのでそこは折り合いをつけるのは難航しそうだな、と何となく思う。
「はやくんは」
「うん」
「中学校の時は、どんなことしたの?」
「第二体育館つかって迷路、とかだった……」
あまり人数いない小さなところだったからそこまで規模のあることは、と言ってから。
「桃香は、どうだった?」
「わたし?」
当然、気にはなるので聞き返す。
「わたしは……劇、とか」
「劇……」
小さく、口の中で聞いたままの単語を呟いて、考えることがある。
桃香を可愛いと思うのはどうやら隼人だけではないらしく、お姫様のようなあだ名もあったらしい、の……で。そういう出し物の場合は重要な役目を、それこそヒロインを割り当てられたのではないだろうか、と。
心の中がざらつくのをどうしても感じてしまっていた。
「はやくん」
「ん?」
「どうしたの?」
「ああ、その……」
まあ、我ながら仕様もない考え事だよな、と思っていると。
横からじっと見ていた桃香が言った。
「わたし、そういうの下手だから……ナレーションだったよ」
「! そ、っか」
安堵半分驚き半分の声を出したところで、桃香の顔を見る……なんで? と。
「なんとなく?」
「……なのか」
「うん」
そんなことをしているうちに、大分校門は近付いて……そろそろ手は離そうか、というタイミングだった。
「あとね」
「ん?」
「さっきのはやくんは、結構わかりやすかったよ」
「……む」
確かに思えばその通りだ、といったところだけれど……何となく悔しい。
二人だけなら桃香の額なり頬なりを突きたかったが、ちらほらと他の生徒の姿も見え始めるので自重する。
そんな隼人の微妙な表情を見ながら、桃香は素直な笑顔でこう言う。
「クラスの出し物、何になるんだろうね?」
隼人と楽しむことを微塵も疑っていない顔だった。
普段なら。
校門の前後辺りで誰かしらよく話す面子と合流することになるのだけど、今日は全くそういうことはなく下駄箱の辺りに到着する。
長期休み明けで持ち帰っていた内履きを鞄から出して履き替えていると。
「あれ?」
桃香が若干困惑するような声を出していた。
「まさか、忘れたか?」
「そんなんじゃないけど……なんだか、変に引っ掛かってるみたい」
鞄の中から内履きを入れているらしい巾着袋を取り出すのに苦労している模様だった。
そんな時。
「おはようございます、綾瀬さん、吉野君」
「あ、おはよう、瀬戸さん」
「ご、ごめんね……塞いじゃってて」
新学期、初めて顔を合わせたクラスメイトは授業や班活動で何度か言葉を交わしたくらいの距離感の女子だった。
「いいえ、大丈夫ですよ、綾瀬さん」
柔らかい物腰で気にしなくていい、と伝えられると却って急いでしまうのが人情というもので。
本格的に焦り始める桃香に隼人も放っておけず。
「桃香」
「え?」
「持ってるから、落ち着いて」
助け舟として桃香の荷物を下から支える。
「あ、ありがと……」
結局、原因は巾着袋の結び目をジッパーが噛んでいたことで、わかってしまえばあっさりと取り出して桃香が履き替えに移る。
「ごめんね、お待たせしちゃって」
爪先を蹴って踵を押しこもうとする動作が、プラスチック製の簀の子の上では危ないのではないか……と思っていると桃香も危険を覚えたのか思わず隼人が差し出し気味にしていた腕に掴まっていて。
ありがとう、と目線で伝えてきた桃香の表情が、次の瞬間焦る。
「「あ」」
隼人も気付いてそちらの方を見れば、気まずそうな視線と目が合った。
「え、ええと、その……」
「失礼、しました」
思わず、二人して頭を下げてしまう。
「いいえ……でも、その」
「「?」」
「お付き合い、始めたんですか?」
「ほえ?」
「はい?」
その下げていた顔を戻した瞬間、二人は豆鉄砲を喰らった表情になる。
「ど、どうしてまた……」
悠たちや美春たちと違う、シンプルな聞かれ方をされてしどろもどろで聞き返した隼人にこんな説明が返ってきた。
「その……身内の新婚夫婦がいつもこんな感じなので、夏休み中に、もしかして……と」
「いやいやいや」
「お、幼馴染……だからね?」
二人して首も手も横に何度も振る。
「だーかーら、それは」
「もうクラスの誰も信じてないわよ?」
そんな気まずさの中、絵里奈と花梨が登校してきた。
「おはよ、桃香に由佳子ちゃん」
「吉野君も、おはよう」
「二人ともおはよう」
「あ、ああ……おはよう」
「おはようございます」
絵里奈のフランクな呼び方に、そういえば彼女は美術部所属でその関係で美術の授業で教材出しを二人でやっていたな、と思い出す。
「私は、ご本人たちがそう言っているなら信じますけど」
「あら、瀬戸さん優しいのね?」
「でも、夏祭り会場での二人の距離感とか、隼人パパ事件を聞いても同じこと言えるかな~?」
「パパ!?」
「絵里奈ちゃん!!」
目を白黒させる由佳子に、さすがに真っ赤になって絵里奈の口を塞ぎにかかる桃香、と肩を竦める花梨。
ともあれ、少し変化が加わりつつもそんな学校生活が戻って来た。