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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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番外09.throwing...

「あ、はやくんはやくん」

 着信していたメッセージに気付いて桃香側の部屋に近付けば大きくガラスの向こうで手を振る姿があった。

 動作に合わせてボリュームのあるミルクティー色の髪も揺れている。

「待たせた、かな?」

「ううん、わたしが勝手に送ってただけだから」

「ん……」

 サッシの音をさせながら窓を開けつつもう一度画面を確認したなら、届いていたのは三分前で……ならそこまででもなかったかな、と安堵する。

 こんな笑顔をしながらこちらの窓の方を見ていてくれたと思うとそれは相変わらず細々としたところまで可愛らしいな、とこっそりそんな感想を胸の中に生じさせたりしつつ。

「それで、どうしたんだ?」

 「ちょっと暇だったり、する?」……そんなメッセージに直接顔を見ながら返事をする。

「あ、えっとね……そのまんま、というか」

「まあ、少し本を読んでいただけだったから全然構わなかったけど」

「そう? よかった……えっと」

 時々やる、人差し指を突き合わせて若干不審な挙動をしつつ視線を彷徨わせる。

「ちょっと、お顔を見たかったっていうか……」

「……? うん」

「やってみたい、ことがあるっていうか……」

「なのか?」

 じゃあそちらに行こうか? と、夜ならともかくなので正攻法で部屋を出て下から行くかと踵を返しかけたところで。

「あ、そのまま、そのままで大丈夫だよ」

「なのか」

「うん」

 こくり、と頷いた桃香が窓の向こうなので確実ではないもののしっかり正座したように見えた。

「じゃあ、行くね?」

「?」

 何を? と思い切り思ったところで。




「んっ」

 指を伸ばした両手を自分の口元に寄せた桃香が、瞼を閉じて上唇と下唇で小さな音を立てながら手を隼人の方に広げていた。




「……」

「え、えっと……」

「うん」

「どう、だった……かな?」

「うん」

「はや、くん?」

「一寸休むので、また夜に」

「え? う、うん……」




「……」

 そっと窓ガラスを閉じて、まだ夜でもないのにカーテンを引いて。

 窓際から後ずさりして離れながら身体を180度捻りながら一応頭が落ちる付近に柔らかいものがあるのを確認して安堵する……も。

 それが桃香がこの部屋に来た時に使っている座布団だと気付いて、それに顔を埋める格好になるのは幾ら何でも駄目だと空中で足掻いた結果、回避は成功したが強かに額を畳みに打ち当てることになる。

 当然出た派手な音と、下からの母の声に廊下まで這って行き襖を僅かに開いて「何でもないから」と声を絞り出して……そのまま軽く擦り剝く寸前になっている額を敷居の板に押し当てる。

 冷たさと襖のための凸凹が、ある意味効いて優しい。

 そこまで行ってから。

「……」

 真正面で見た先程の桃香の仕草と表情が蘇る。

「~!」

 理由ははっきりしているものの、それでもどうにもならない気持ちのまま左に二回転寝返りを打って箪笥に向う脛をぶつける羽目になる……当然、かなりの痛みが走るけれど。

 でも、そのくらいでないと。

「桃香の……奴」

 ちょっと憎まれ口のように名前を呟かないと。

 暴れ出した鼓動がどうしようもなかった。




 十分後。

「……何だ?」

 ようやく、精神の平穏が身体を動かせるくらいに戻ったところを見計らったように通話の着信に気付く。

 ディスプレイには悠の名前で……全てを察する。

「姉さんの仕業か……」

『多分そうだと思うぞ』

 普段の礼儀は転がった際に蹴り飛ばしてしまった屑籠に捨てて、恨みがましく第一声を発するものの、呵々と笑い飛ばされる。

『ちょっと友達と話題になって、桃香がもし隼人にしたらどうしても気になって、な?』

「それでいいのかお嬢様」

『その前に年頃の女子さ?』

 ふふーん、と上機嫌な笑い声が聞こえて……そのまま問いかけられる。

『桃香は全然効かなかったって嘆いてたぞ』

「そんなわけないだろ……」

『お?』

「そんなわけがないだろ……」

『声、枯れているものな』

「うるさいよ、悠姉さん」

 身を起こして胡坐をかきながら癖で額に手をやるものの、僅かに痛い。

「俺が桃香のことどう思っているか知ってるだろうに……」

『それは、勿論』

「だったら……」

『だったら、こんな悪戯が挟める隙間がないくらい桃香の気持ちに応えればいいのじゃないか?』

「……」

『隼人が桃香を大切なのも知っているから、余計な真似だったら……謝るけど』

「いや、いいよ」

 珍しい悠からの謝罪の機会だったが、ゆっくりと断る。

 足踏みをしている一番の要素の自覚は、ある。

「えっと、それより……桃香、嘆いてたって?」

『そりゃあ、桃香一世一代のアピールだし?』

「……そこまでじゃないだろ」

 無論、桃香の行動レパートリーにしては随分と思い切ったのはわかるけれど。

「もう一寸落ち着いたら、逢ってくる」

『そうして貰えると唆した側としても助かる』

「……凄く納得いかない気がする」

『まあまあ、そう言わずに頼むよ』

 いつもの笑い声に戻った悠が、茶化してくる。

『桃香の顔見るのは好きだもんな』

「……」

『キス顔なら、格別だろ?』

 黙って通話を切った後、前髪の下の腫れが目立たなくなるのを待ってから……桃香にメッセージを送ることにした。

 フォローする言葉と、軽々しくさせないための釘は何が良いかと真剣に悩みながら。





話題のアレをもし喰らったならという妄想突発、です。

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