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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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62.夏の終わりに

「はやくん、おかえりなさい」

 明日で夏休みも終わろうかという日。

 この夏に予定した単発のバイトを全て終えて自転車で滑り込んできた隼人を桃香の声が迎えてくれた。

「ほら、かぐやもおかえりなさいは?」

 そして家業の関係で案外力はある桃香の腕にはこの短期間でも家に迎えた時より明らかに大きくなっているかぐやが抱っこされていて、隼人を見つけて一声発しつつ尻尾を振ってはくれるものの、明らかに……。

「やっぱり桃香の方に懐いてる」

「あはは……」

 ちょっと仏頂面になる隼人を桃香がフォローしてくれる。

「接種とかの効果が出て、お散歩始まったらきっとはやくんが大好きになると思うよ?」

「んー……まあ、そうかもな」

 その場合の懐かれ方は遊び相手のそれで、一応の飼い主の一人としてどうなんだ? とは思ってしまう。

「あ、そうそう」

 そんな桃香が話題を変えつつ確認してくる。

「今日で終わり、だったんだよね?」

「まあ一応……皆で相談して良い案件があれば月一くらいはまた単発をするつもりだけど」

「そうなんだね……でも、一旦は」

 桃香がにこりと笑って。

「お疲れ様でした、はやくん」

「あ、ああ……ありがとう?」

 咄嗟にどう返したものかを迷いながらの隼人の返答にもう少し笑ってから桃香が提案してきた。

「明日、新学期に備えてちょっと文房具とか買い足しとかしに行くんだけど」

「ん」

「はやくんも、買うものある?」

「多分、ある」

 取り敢えずルーズリーフを買い足した方が良かった筈、そうじゃなかったとしてもそういうことにする気ではいるけれど。

「じゃあ、いっしょに行かない?」

「わかった」

 互いの予定を確認して、少し暑いけれど午後一に約束をする。

「じゃあ、わたし家でやることあるから」

「ああ、わかった」

 じゃあ、お願い……とかぐやを手渡しされるが。

「……お前な」

 隼人を嫌がってるというよりかは桃香にもっと構って欲しいという風だけど、抵抗するかぐやに苦笑いしか出てこない。

「また明日会いにくるからね」

 そんなかぐやの頭を撫でてから、機嫌良さそうに戻っていく桃香にかぐやは小さく寂しそうな声を漏らして。

「何だ、お前もか」

 思わず隼人もそんな風に呟いて。

 敷地の境を跨ぐときに振り返って笑いながら手を振って、玄関に入っていく後姿を一人と一匹が少し恋し気に見送ることになった。




「あっという間だったね」

「まあ、新学年ならまだしも新学期だからな」

 次の日。

 文房具の買い物をはじめとして書店等を周ったものの商店街の中だけで用事は済んでしまって一時間弱で家路に就くことになる。

 結構早かったな、と思ったところで桃香が立ち止まった。

「はやくんはやくん」

 ちょっとだけ悪い笑顔で桃香が隼人を駄菓子屋の店内に引っ張り込む。

「アイス買って帰ろうよ」

 まだまだ暑い日の午後、桃香からのそんな提案に逆らえるわけはなく。

「いいな」

「でしょ?」

 多分、昔、桃香と覗いた時と同じ、もうレトロといっていい冷凍ケースを覗き込む。

 こんなに小さかったっけ? なんて思いながら。

「桃香はどうする?」

「もう決めてるよ」

 にこりと笑って二本のチューブに入ったクリームのアイスを指差した。

「はやくんは?」

「こっちも決めてる」

 輪切りのレモンが乗せられたカップの氷菓を取り出して、桃香と一緒に店主のおばあさんに二人で丁度の値段になるように調整して小銭を渡す。

 「また二人でおいで」なんて孫に言うようにちょっと皴の多い笑顔で言われて、二人とも笑って頷いて店を出る。

「じゃ、俺が持つから」

「このくらい、わたしが持つよ?」

 アイスが二つ入った小さなビニール袋を二人で取り合う。

 今までの分は隼人の肩にかけたエコバックに全て収まる程度だった。

「えっと」

「ん……」

「……じゃあ、こうする?」

 重くも嵩張りもしない袋の持ち手を片方ずつそれぞれ持って。

「まあ、これで」

「いいよね」

 こんなことでも二人して笑みを零す。

 これはこれで丁度いいのかも、という気がした。

「それじゃあ、急いで帰ろっか」

「だな」




「ただいま」

「おじゃましまーす」

 いらっしゃい、と小さく頷く父と昼寝しているかぐやの隣を抜けて。

「先に行ってて」

「うん」

 アイスの袋を桃香に委ね、隼人の方は台所に立ち寄ってスプーンを二つ持つ。

 それから階段を上がって自分の部屋だけど、襖越しに呼びかける。

「入って大丈夫か?」

「うん」

 自室だけど一応確認をして入れば、桃香専用の座布団に座った笑顔が迎えてくれる。

「ここ、はやくんの部屋だよ?」

「そうだけど、まあ」

 テーブルの上には畳んだ袋と中身の少し汗をかき始めたアイスが並べられていた。

「じゃ、食べるか」

「うん」

 桃香はパッケージを破って取り出したチューブを分割して片方を隼人に差し出し、隼人はお先にどうぞと一つスプーンを乗せて桃香の前に置く。

 二人で一つだけ買っていた頃と同じ食べ方だった。

「いいの?」

「ああ」

 桃香が蓋を外す様を何とはなしに見ながらこめかみに当てた自分の分の冷たさに心地よさを感じる。

 桃香のスプーンがレモン味の氷を崩す音を聞きながらサワー風味のクリームを口に吸って。

「つめたおいしい」

「なんだそれ」

「でも、そうじゃない?」

「まあな」

 他愛もない話をしたり、冷たさに心地よい悲鳴を上げたり、レモンのカップかその中身を乗せたスプーンを行き来させたりしながら。

 笑いながら、そんな午後のひと時を過ごした。




「ふぁ……」

 そんな風にして、アイスはとうに食べきって、横目で見た時計で三〇分ほどが過ぎた頃。

 ゆったりとした時間に思わずそんな嚙み砕いたような欠伸が思わず口から漏れていた。

「はやくん、お眠?」

「いや……なんというか、のんびりしているから思わず」

 こんな夏休み最終日も良いものだな、と思いながら口にする。

「そっか」

「ああ」

「のんびり、いいよね」

 笑った桃香が、自分の太ももの辺りをぽんぽんと叩いた。

「こっちに、来る?」

「……」

「今日はちゃんと長いスカートだよ?」

「そこは問題じゃな……」

 いや、短かったら大変なことになってしまう……けれど現状の主要な問題はそこではない気がした。

「桃香はいいのかよ……」

「いいよ?」

 手招きしながら、明確に言い切られる。

「はやくんにしたい、が勝っちゃうんだよ」

「……」

 そりゃあ今は明るい時間だし、隼人の部屋だし、床だしで……先日の夜、桃香の部屋のベッドでに比べれば、桃香もいいと言ってくれているんだから……とか頭の中が回っていくものの。

「少しだけ……」

 色々並び立てるものの、正直に言うなら桃香に膝枕されるのは非常に魅力的なのは想像できるどころか先日体験しており、詰まるところ抗えない……というか有り体に言えばされたかった。

 ゆっくりそっと、右の耳から桃香の膝の上に降りて……二度ばかり身動ぎして体勢を整える。

 まだ、この姿勢から桃香を見上げるのは難しかった。

「いっぱい、どうぞ」

 桃香の満足そうな囁きと優しい手付きの前に、隼人は下手すれば真夏のアイスクリームより溶け易かった。

「寝ちゃっても、いいからね」

「……いいのかよ」

「のんびり時間だから」

「……」

「ねー」




「おはよ」

「……わかるのか?」

「息が違うからね」

 いい子、とでも言いたげに撫でられて言い返したい気持ちも生まれるけれど、桃香にされるがまま眠っていた事実は覆しようがない。

「気持ちよかった?」

「……ああ」

 勿論、黙っている術も。

「桃香は、大丈夫なのか?」

「うれしかったよ?」

「……」

「はやくんが、わたしに……えへ」

 髪に触れられていたのとは別の手で、頬を突かれる。

「こんな風に、なってるもん」

「……どんな風だよ」

「言うと、はやくんちょっといじっぱりになっちゃうでしょ?」

 今はもう、どうにも取り返しようがないと観念するしかない。

「……いつかお返しはする」

「そう? じゃあ、今がいいな」

「ん? 桃香ほど……」

 柔らかくはないぞ、と言いかけてそこまで白状して良いものかと迷い止まる。

「それもいいかな、って思うけど」

「?」

 そっと桃香に預けていた頭を上げられて、桃香の膝の代わりに折った座布団が挟まれた。

「えへへ」

「!」

 突然、隼人の足側から回り込んできた笑顔の桃香に所在無く畳の上に伸ばしていた右手を捕まえられて、枕代わりにされる。

「わたしは、はやくんにしてもらうならこっちの枕が好きかな」

 腕の内側に、柔らかな頬で甘えられる。

「ちょっとお行儀わるいかな?」

「いいんじゃないか? 別に」

「えへ、ありがとう」

 はやくんのお部屋、畳だからちょっとしてみたかったんだよね……と言われる。

「……寝ても、いいぞ?」

「それもすっごく素敵だけど」




「今は、はやくんとお話したい気分」


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