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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
72/225

61.家に着く瞬間までが

「おっ……」

「あ」

 アナウンスの後、静寂に包まれた会場で「ポッ」という音の後に風を切って行く笛の音が聞こえて小さなざわめきの中で二人も少し声が出てしまっていた。

 そして、その音が消えたと思った次の瞬間。

「ひゃっ!」

「!」

 来るとはわかっていたものの近距離なのもあって想像以上に重く響く音に桃香は思わず身体を竦めたようだったし、隼人も息を呑んでいた。

 そこから間髪入れず広がっていく光の大輪に辺りが……隼人も桃香も照らされていた。

 その光が消えた後、思わず二人で顔を見合わせていた。

「……すごかった」

「……うん」

 潜めた声の桃香と頷き合った後、一番最初の挨拶が終わったとばかりに席の気持ち斜め前の川岸から連続して打ち上る音と僅かな光の尾が見えた。

「わ!」

 プログラムの二番目に記された組み合わせの発射が半分ほどのところに来れば桃香も具合がわかってきたのか手放しに楽しんでいる様子が横目に確認出来て。

 続いて音楽に合わせての創作花火に移っていくタイミングで、そっと隣の桃香の手を自分の方に引き寄せてから包むように重ねる。

「えへ」

「うん」

 小さく笑った桃香に、ほんの少し、軽く身体を預けられて……問題ないと頷く。

 そんな風にして、時折歓声を上げたり拍手をしたりしながらも、そんな距離の二人で一時間の花火大会を過ごした。




「はーっ」

「大丈夫か?」

「うん」

 カップで飲んでいたサングリアはもう飲み終えていて、合間に水分補給するために買っていた水のペットボトルから口を離した桃香が興奮冷めやらぬといった風に言う。

「すっごかった」

「ああ」

 先日の夏祭りの時の花火はゆったりとしたもので、桃香と目を合わせたりゆっくり話しながらという風にも楽しめたが……。

 今日はひたすら迫力に圧倒されて、合間合間に互いを確かめるくらいで言葉を発している余地も精々一言二言で、会話する隙など殆どないくらいだった。

 圧倒的に花火過ぎて、花火を見ている桃香を楽しむには怒涛過ぎた。

 勿論、それは。

「楽しかったね」

「ああ」

 桃香が今言ってくれた言葉になるのだけれど。

「そろそろ、行く?」

「そうだな」

 帰りを急ぐ人がまず動いて形成されていた出口付近の混み合いが僅かに引いて来たのを見て、ゆっくりと立ち上がる。

 急いで帰ろう、そんな気分には全くなれなかったから。

「はやくん」

「うん」

「連れてきてくれて、ありがとう」

 棚ぼたが一個挟まっているが、ぼた餅を落としてくれた人の好意の目的も隼人が桃香を喜ばせることであろうから、口にするのは余計かと思って頷いて笑い返す。

「桃香こそ」

「え?」

「一緒に来てくれて、ありがとう」

「ううん」

 当たり前だよ、と軽く肩をぶつけられる。

「来年」

「うん」

「来年は、わたしもきちんと準備するから」

 桃香がそっと差し出してきた右手の小指に、同じ指を絡めさせた。

「いや、今度も俺が誘うから」

「そうなの?」

「そうだよ……だから、来年も」

「ふたりで来ようね」

 小指同士に少し力を入れた後、このままでもいいかな……と。

 そういう繋ぎ方でゆっくり会場を後にした。




「大丈夫?」

 三〇分ほど後。

 桃香の声は時々ある顎の下あたりからしてくる距離の物だったが、状況としては今までの中で一番不本意な感じだった。

 意図して会場をゆっくり出て、電車も一本見送っても、帰りの電車は覚悟していた以上のすし詰めで……背中に当たっているというか押し付けられている誰かの荷物とその圧に耐えながら壁との間に居る桃香を潰してしまわないように踏ん張っていた。

「桃香こそ大丈夫か?」

 それでも、まだ顔が高い位置にある自分の方が埋もれさせるような形になってしまっている桃香よりマシだと思って心配になる。

「苦しくないか?」

「なんとか」

 こんな体勢で苦しくないわけは無いか、と苦笑いも出しにくいが何とか耐えてほしいと思いつつ……。

 それでも三駅目に到着すれば少し人が引いたのか背中側が軽くなって、摺足気味に数センチだが下がって少しでも桃香のスペースを作る。

「あ、ありがと」

「ん」

 僅かではあったけれど、明らかに楽になった感じのある言葉に安堵する。

「少しずつ広くはなっていくから」

「うん……はやくん」

「ん?」

「そこまで、心配しなくても大丈夫だよ?」

 やっと首を動かせるくらいにはなったのか、窮屈そうにしながらも桃香がこちらを伺ってくる。

「いや……するよ」

「そう?」

「女の子だから大事にするって」

 電車の走行音に紛れ込ませるようにそう伝えてから、まだもう少し踏み止まらないといけなさそうな両足のポジションを整えた。




「よかった」

 隼人たちの降りる駅に到着し改札をくぐった後、構内の灯りの下で手荷物の巾着袋の中に万が一にも破損も紛失もさせたくないと厳重に包んで保管していた髪飾りの無事を確認して桃香が安堵の息を吐いていた。

「気に入ってくれたのは嬉しいけれど」

 そんなにもか、と照れ隠しも含んで口にした隼人の裾を桃香が少し強めに引いて来る。

「これはね、わたしのとっても大切なものだよ」

「ん……」

「とってもね」

 そっと胸に押し当てた花の細工を再度髪に飾ってから、行こ? と促されて家の方向へと歩き始める。

 時折の会話と、何も話さなくても手と指だけが触れている時間と、両方共が心地よく思えた。

 そうしているうちに、駅からの他の乗客と道が分かれて完全に二人きりに……となったタイミングで桃香が切り出した。

「そういえば、はやくん」

「ん?」

「電車の中は……その、がんばってくれてありがとね」

「ああ」

 これでも桃香よりは大分頑丈なつもりだから、と返せば桃香のふわりとした笑顔が返ってきた。

「他の体の大きな男の人は苦手だけど……はやくんだと安心しちゃうね」

「ならよかった」

「うん」

 一旦隼人の手を離した桃香が、小刻みな履物の音をさせて隼人の前に回り込んだ。

 反射的に止まった隼人に、わざと額からぶつかって……足音さえ消えた静けさの中で小さな甘い声が聞こえた。

「あんなときだけじゃなくて……もうちょっと他の時もこうだとうれしいな」

「……」

「えへ、なんて……」

 ね、と下がろうとした桃香の背中と帯にそっと手を回して、逃がさずに逆に衝動の一割以下の力で引き寄せた。

「は、は……はやくん?」

「こう、って……こう、か?」

「あ、えっと……その」

 僅かな間、慌てた桃香だけれど、すぐに大人しくもう一度額をこつんと当ててきた。

「…………うん」

「……そっか」

 桃香が贈った花の飾りを身に付けてくれたことと同じくらいの満たされる気持ちがあったけれど、同時にスターマインの炸裂音に劣らないくらいの鼓動が自覚出来てしまいそっと離す。

 この前横抱きに抱き上げた時より触れる場所が多くて……桃香の感触と体温が伝わり過ぎていた。

「も、もうちょっとどきどき……じゃなくてときどき、よりもうちょっと多めに」

「ああ」

「もうちょっと、誰もいなさそうなところでだと」

「……ん」

「うれしい、かな」

「わかった」




「じゃあ、またあとで」

「まだ眠くないのか?」

 あの後、たっぷりと時間をかけてから再び歩き始めて。

 家が見える曲がり角まで来る頃には、早い日には窓辺で顔を合わせる時間帯に差し掛かっていた。

「いろいろと凄かったから、まだ」

「ん……」

「まだ、目が覚めちゃってる気がするの」

「そうか」

「だから、後でおやすみなさいしようね?」

 桃香も同じだったか、と心の中で呟いてから歩いていると、さっきとは逆に桃香の姿が後ろに遅れた。

「桃香?」

「忘れちゃうところだったかも」

「ん?」

 桃香が荷物の中から、今日最初に買った紙袋を取り出していた。

 午後のおやつと夕食が足りない分の補填だったベビーカステラの。

「はやくん、もうちょっとだけ入るよね?」

「まあ、一つくらいなら」

 頷いた隼人に嬉しそうな顔をして最後の一個を紙袋からピックに刺して取り出した。

「あのね」

「ん?」

「あのカステラ屋さん、おいしい以外にももう一つ話題なんだよ」

 流れが掴めない隼人に、桃香がにっこりと笑って告げる。

「袋に一つだけ、ハート形のが入ってるんだって」

「え!?」

「はい、どうぞ」




「わたしから、はやくんに」



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