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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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60.待機時間も二人でなら

「はい、はやくん?」

 駅前広場の片隅で。

 ちょっとだけ並んでキッチンカーで買ったベビーカステラをパステルブルーのピックに刺して桃香が促してくる。

「……」

「どしたの?」

 当たり前のことだけれど、普段より二歳……いや、三歳くらいは大人でも通じる格好に相当心を揺らされたものの……桃香は桃香だったと再確認する。

 やや子供っぽい仕草が多くて童顔なので辛うじて相応を上回れるくらいだけれど。

 とりあえず家から各駅でとはいえ二桁数の駅離れているここなら大丈夫だろうというのと、このまま落下してはカステラに申し訳ない気持ちと、何より桃香は諦めないだろうから「あーん」モードを継続される方が拙いので、諦めて口に入れる。

「あ、うま……」

 下調べしていた桃香が「有名なんだよ?」と教えてくれたが確かに美味で普通に感想が出た。

「そう? よかった」

 満足そうな声の後、桃香が続ける。

「あと、さすがにお祭りの時はできなかったもんね?」

 したかったのか、そうか、まあ桃香だものな……と心の中で頷いていると、二つ目が差し出される。

 いや、まだ食べてるから……と桃香の手からピックごと取って、桃香の口の方にお返しをした。

「えへ」

 こちらは何の迷いもなく、無邪気に嬉しそうに頬張る姿。

 口を動かしながらの表情とジェスチャーでこちらも美味しいんだな、というのがとてもよく伝わる。

「ただ、問題は……」

「?」

「口がとても乾くこと、だな」

「!」

 うんうん、と首を縦に振る桃香を微笑ましく見ながら、何か良い飲み物はと辺りを見回しながら思案した。




「冷たい」

 折角だからとちょっとだけ贅沢にカットフルーツまで入ったサングリアをソーダ割とロックでテイクアウトしたりもする。もちろん、ノンアルコールで。

 暑さは割と平気そうにしている桃香だけれど、透明な容器を手にしたときには気持ちよさそうに一度持ち替えて冷たくなった手を首筋に当てて目を細めていた。

 風通しは普段より全然良さそうだけどな……と思いながら目が吸い寄せられて、慌てて意識して綺麗なうなじから外す。

「今日は比較的ましだけど」

「うん」

「何だかんだ、暑いもんな」

「そうだよね」

 店の外に出て、少し歩いて人の流れから外れたところで、桃香に手招きされる。

「はやくんはやくん」

「ん?」

「お裾分け」

 気持ち屈んだ隼人の頬に、桃香のカップが押し付けられた。

「つめたっ」

 思わず、反射で口にしてしまうものの……有難い冷たさではあった。

「でしょ?」

 それが表情で伝わっているのかにっこりと笑ってから、桃香がカップを引っ込める。

「お返しは……」

「うん」

「した方が良いか?」

「じゃあ、ちょっとだけ」

 乾杯する要領で、桃香の頬にもソフトにタッチしてから。

「えへへ……つめたい」

「だよな」

 当たり前、と確認しながらも可笑しさに笑い合って、それぞれ一口果実の味を喉に通してから再度並んで人の流れに乗って歩き始める。

「あとは、夕方に腹に入れるもの、か?」

「うん……やっぱり焼きそば?」

「たこ焼きも捨てがたい」

「あ、それもいいよね」

 定番もいいけど、外すのもいいかな……なんて話しながら。

「色々見てこようね」

「それなりに歩くことになるけど、大丈夫か?」

 少し視線を下にして、案じていることを伝えると桃香は問題ないと頷く。

「うん、平気」

「じゃあ、行くか」

「はーい」

 普段ならここで……というタイミングでもう見なくても高さのわかる桃香の手を探す、も軽く躱されて。

「ね?」

「うん?」

「してる人は、多いね」

「……ん」

 桃香の指摘に少し見回しただけでも、自分達だけにはならなさそうだと思えたので。

 肘のすぐ下あたりに触れた桃香に頷く。

「じゃあ、いくね」

 左腕の辺りが桃香の情報で溢れる……感触や、温もり、香りで。

「えへ」

「……楽しそうだな」

 腕に抱き着かれて色々な感情が生じるものの、至る所は充足感で。

「うん、たのしい」

「そっか」

「お揃いでしょ?」

 そんな桃香の笑顔に「大体このくらいな」ともう一度冷えたカップを押し付けてから、改めて行こうと告げるのだった。




「このくらいでいいかな?」

「ああ」

「はやくん、足りる?」

「充分だよ」

 お約束のたこ焼き焼きそばを一パックずつに見た目で選んだトルネードポテトを二本。屋台の並びを反対側までゆっくり見物した後、会場の入り口に戻りながらそんな風に選んできた。

 桃香の言う通りもう少し食べても、という気持ちでもあるけれど……。

「あと、カステラもまだ半分あるし」

「あ、そうだったね」

 ならそういうことで、となったところで別のことを確認する。

「時間は少し早いけど」

 余裕をもって空いている間に、というにも更にもうちょっと早い気がする時刻だった。

「ゆっくりしちゃおうか?」

「暇にはならないか?」

「はやくんといれば大丈夫、ちょうど一つ話したいことあるし」

「ん、そうか」

 内容は気になるけれど席についてしまえばすぐわかるか、と譲り受けたチケットを出して有料観覧席の受付に進んだ。




「思った以上に……」

「良い席、だね……」

 プレゼントされただけでなく当初の予定よりグレードアップまでされた席は隼人が当初考えていた「桃香に大変な思いをさせずゆっくり花火見物を」という用途には必要どころか充分が過ぎた。

 でも、最上級ではなく学生が頑張ればこのくらいは、というくらいの席で居辛さを覚えるほどでもなく……つまり程良く配慮されていた。

「貰い物……じゃない気がする」

「今度、お姉ちゃんの家に行ったらふたりでお礼言わないと」

「そうだな」

 それは至極当然、と思いつつも、一応まだ誤解ということになる悠の父の隼人たちへの認識を補強するのではないか、という気もする。

 まあ二人きりでこういう場所に来る時点で大概であるのは自分でもわかっているのだけれど。

「今は有難く花火を楽しもうか」

「そう、だね」

 頷き合ってから、大体悠の家があるあたりに向かって感謝の念を飛ばしていた。




「ええと、それで、桃香」

「うん」

「話したいことって、何?」

 屋台の食べ物が冷めないか、という気持ちもあったけれど流石に食べ始めるには早すぎるので早々に尋ねた。

「お話したい、ってよりは相談、かな?」

「ん……そうなのか」

 思わず背を伸ばした隼人に桃香が慌てて両手を振る。

「あ、そ、そういうのじゃないよ?」

「そうなのか?」

 桃香がアプリのカレンダーを起動して隼人に見せてくる……若干曜日並びに違和感を覚えたところで気付いたことは。

「来月?」

「うん」

 にこりと笑って、人差し指を立てる。

「次は、どこに遊びに行くか、決めようよ」

「ああ……」

 確かに、今日が済んでしまうとかなり久しぶりに先の予定がない状態になってしまうんだな……と思い至る。

「ね?」

 桃香の表情にもそれは寂しいから……と書いてある気がした。

「それは、良いかもな」

「でしょ!」

 一転、ぱっと明るくなる表情は気の早い打ち上げ花火だった。




「九月か」

「ちょっと早めの週がいいかもね」

「ん、確かに」

 夏休み明け一発目のテストを終えれば準備が始まり再来月の頭には学園祭が控えている。

 休日返上まではいかないだろうけれど、そこそこその辺りは忙しくなるかもしれないという予想だった。

「でも、あまり早いと間が開かなさすぎるな」

 何せ、来週には新学期であるので。

「じゃあ、真ん中で」

「そうしようか」

 まず、時期が決定する。

「その頃はまだ暑いから……外じゃない方が?」

「そうだな」

 夏祭りに花火ともう外であること前提の外出先ばかりだけど可能なら涼しいところが良かったというのはどうしてもある。

「じゃあ、このあたりかな」

 桃香がブックマークを付けていたところを開いて吟味を始める。

「はやくんは、行きたいところある?」

「すぐには出ないのと……桃香の行きたいところを聞いてみたい気もする」

 水族館も花火大会もどちらかといえば隼人発案だったので、桃香からの発想を聞いてみたい気持ちはあった。

「うーんとね、このお店でデザート食べてみたい、っていうのは結構あるんだよね」

「いいんじゃないか?」

「うん、でもそれだけだと……ちょっと、物足りないっていうか」

「映画でも併せるか?」

「気になる映画はないわけじゃないけど……これだ、っていうのも今はないんだよね」

「うーん」

 喫茶店で、というのは結構楽しみだが、片手落ち感も確かにあるな……と思っているところで少し強めの夕風が吹き抜けた。

「あ、気持ちいい……」

「だな」

 頷き合って目を細めて、話しているうちに結構暮れ始めたな……と薄明のグラデーションを見上げて。

「「あ」」

 同時に、声が出る。

「はやくん」

「桃香」

 二人同時に空の同じ方向を指差した。

「「一番星」」

 また声が重なったことに、顔を見合わせる。

「えへへ……」

「ははは……」

 思わず、笑ってしまいながら……一頻りそうした後で、桃香が囁いて来る。

「決まった、ね」

「ああ」

 プラネタリウムの紹介ページを開いてにっこりと笑う姿に、頷いた。





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