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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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59.桃の花

「よし」

 この夏二度目となる浴衣での外出前に、今回は多少遠出なのもありしっかりと帯を締める。

 そうしてから時計を確認すれば桃香との約束の一五分前。

 ゆったりと残りの準備を進めればそれで良いか……と思った時、部屋の近くの階段を上がってくる足音に気付いた。

「はやくん」

「桃香?」

「うん」

 着付けも前回特に問題なかったから今度は自宅でする、と言っていたけれど、今襖一枚隔てた隼人の部屋の前から桃香の声がした。

「今、開けてもだいじょうぶ?」

「ああ、丁度着替え終わったところだから」

 そう言って襖に手を掛けるが、桃香の声に制止される。

「ちょっと待って」

「うん?」

「このまま、わたしの部屋の方向いていてもらっても……いい?」

「……? ああ、わかった」

 何だろうとは思いながらも、言われるがままに回れ右して、その旨を伝えると襖が開けられて桃香の気配が部屋の中に入った。

「ちょっと、ごめんね」

 そのまま背中を押されてもう数歩部屋の奥へと押し込まれる。

 ちょっとだけ、待ってて……と言われ頷くと、衣擦れの音に交じって紙の包みを開く音と何か少し硬質なものを嵌め合わせる音がして……。

「えっと……いいよ」

「わかった」

 桃香の許しが出たので、そっと振り向くと。

「えへ……」

 はにかむ桃香と目が合った。

「!」

「どう、かな?」

 先日の夏祭りと、その時の写真のせいもあって完全にあの時の白地に金魚の浴衣を想像していたけれど、それとは逆といっていい藍色に小さな白い花の浴衣に落ち着いた水色の帯という姿だった。

 そして。

「あと、これ……ね?」

 背中を向けて首を傾げる動作で、それを示される。

 後ろに纏めた髪を留めているのは確かに見覚えのある白と薄紅色の花の細工の髪留めだった。

「これを付けたところは、ぜったいにはやくんに最初に見てもらわないと、って思って」

「ああ、そっか……」

 桃香がこちらの部屋に来た理由と、一つだけ正体のわからなかったカチッという音を理解した。

「うん、そうして貰えてよかった」

「えへ……」

「ん……」

「……?」

 もう一度、髪留めと桃香をじっと見つめてから口にする。

「贈ったものを身に付けて貰えているのは……こんなに嬉しいものなんだな」

 隼人のそんな言葉に、桃香はゆっくりと振り向いてから、微笑んだ。

「そういうもの、なの?」

「そういうものなんじゃ、ないか? ……俺も今、知ったところだけど」

「えへ……そっか」

 頷いた桃香が、指先で隼人の手を突きながら言う。

「でも、前にもお花の冠とかリボンとかは、もらったよ?」

「まあ……それはそう、なんだけどさ」

 突かれっぱなしも何なので、タイミングを見計らって桃香の手をソフトに捕まえながら言う。

「今の……だけじゃなくて、今日の桃香は、違うじゃないか」

「……どんな風に?」

「ん……」

 桃香の問いかけに一瞬だけは止まるものの、今くらいにはっきりそうされると……言葉にせざるを得ない。

「もう小さい女の子じゃなくて、綺麗で……とても女性らしいから、それに合うものを選べたのは嬉しいんだ」

「……ほんと?」

「ああ」

「そう思った?」

「思ったから言ってる」

「ありがと」

 こちらを見上げていた表情が、そのまま隼人の胸板に軽く衝突する。

「折角の髪が崩れるぞ……」

「ちょっとくらいなら、平気」

 だってこうしたくなるから、と甘えるような仕草を、勿論拒む理由はなかった。




「その、もしかしてだけど」

「うん」

 満足した、という風に顔を離した桃香に尋ねる。

「浴衣二種類準備してたのって……」

「あ、これはお母さんのお下がりで……こうしたら、はやくんをびっくりさせられるかな、って?」

「驚いた……うん、まあ、確かに」

「やった」

「ああ、あと……髪型、も、なのか?」

 正直、この前のお団子も良いものだけれど少々幼くも見える……とあの時はそう思ったけれど、今にして考えればそういう効果もあった気がする。

「だって……ね」

 身を寄せて爪先立ちをした桃香が囁く。

「さいきん、はやくん、格好よくて……ずるい、から」

「……」

「わたしも、もっと……好きになってもらわないと、って」

 そう言った桃香が、今度は少し身体を離して、見上げてきた。

「どう、かな?」

「驚いたとはさっき言った」

「むー……」

「綺麗とも言った」

「もー」

「遅れるから」

 普段通りのスピードでは歩けないんだから、と手荷物を持ちながら桃香を促す。

 先に、というか隼人が下になるように階段を下りるために桃香の横をすり抜けながら、呟くように伝える。

「そろそろ行くぞ、とっても素敵な女の子」

 多分、桃香は存分に色んな可愛い表情をしたんだろうな……と。

「はやくん、ずるい」

 後ろからきた言葉に苦笑いしつつ、変に格好をつけて顔を見ながら言わなかったことは後悔した。




 なぜ今回はあまり構ってもらえないのか? と不服顔のかぐやをそれぞれ一回ずつ撫でてから、両親に出掛ける旨を告げて玄関に。

 自分の草履を履いている間、後ろからの視線を感じていた手を差し出す。

「桃香」

「うん」

 正解だったようで嬉しそうに声を弾ませた桃香の手を取る、とそこにあまり頼ることなく先日よりスムーズに桃香は流石にこちらは前回と同じものを履き終えた。

「要らなかったか?」

「そんなことないよ」

 桃香を先導して玄関の戸を引き、二人で外に出た後、後ろ手で閉める。

「だって、花火デートでしょ?」

「間違いないな」

「じゃあ、大事なことだよ?」

 そうだな、と笑って頷いて。

 頷いたけど変更を申し出る。

「でも」

「ん?」

「こっちの気分……かもしれない」

 一瞬だけ離した後、桃香の手を開かせて指同士もしっかり絡ませる。

「こっちが、いいの?」

「……深い意味は無いけど」

 強いて言えば、前回よりもう少しそういう形を望んだ、だけ。

「うん、いいよ」

 頷いた桃香とゆっくりと駅まで向かう。

 何故かこういう時いつも店主と顔を合わせるリカーショップの前を隼人は軽く会釈し、桃香はにこりと笑って通り過ぎた。




「帰りは、少し混むかもな」

「そうだね」

 往路は幸い並んで座りながらそんな話をする。

 観覧席を押さえてあるため花火の間足を休めることは出来るので、早めに現地に入って街歩きも楽しもうか、というところだった。

 お互い、二人での時間が増えることには積極的だった。

「……」

 各駅停車で進んでいく電車が、陸橋や高いビルの陰に入る度、窓に映る桃香と髪飾りにふと目が行く。

「どしたの?」

「ん……」

 気付いてひそひそ声で聞いて来る桃香に、答える。

「やっぱり、桃だよな……って」

「うん」

 花弁の造形がこういう物ではよくある桜と明らかに異なるし、陳列されていた棚に桜と梅の飾りも並んでいたので間違いなく桃として作られている筈だった。

 そもそも隼人がこれと選んだ理由も色や形は勿論だったが、そのモチーフにもあったのだから。

「若干、珍しいとは思ってさ」

「確かに、桜や梅に比べたらレアだけど」

 まるで「わたしが桃代表です」という顔をして居住いを正した桃香が言う。

「そもそも桃はとっても縁起が良いものだし、魔除けだったりもするんだよ?」

「魔除け」

 前半部分は文句なしに桃香は隼人にとって幸運そのものであるところはあるのですんなり認めるが、後半は若干異論がある。

 さっきからちょくちょく男性のやや邪な視線を集めている所が気にはなっている隼人だった。

「まあ、いいか」

「?」

 桃泥棒なぞ自分が近寄らせなければ良いだけだと思い直して、それから唐突に看板娘モードの桃香が店の前を履き掃除している姿を思い出して、桃香版の魔除けはそれで良いかと勝手に結論する。

 ああ、それならイメージに合うじゃないか、と。

「ちょっとニヤニヤってしてた」

「……別になんでも」

 桃香の指がまた頬に刺さってくる。

「失礼なこと、考えてない?」

「ないない」

 微笑ましいと失礼は違うはずだ、と思いながら首を振ると桃香は少し考えた後、頷いて指を少し滑らせてから取り下げつつ……。

「今日はじょうずに剃れてるね」

「そりゃどうも」

「気合い、入れてくれたの?」

「まあ、そんなところ」

 そんな風に褒めてくれた。




「どうしたの?」

「いや……」

 そんな風にしながら到着した駅のホームの階段を、最初一段だけ桃香を先行させて……もう一度その後姿を目に入れる。

「お気に入り?」

「……そうだな」

「実はわたしも」

 そんな笑顔に笑い返して、改めて並んで歩調を合わせた。

 勿論、はぐれる対策は万全にして。




この夏出張先のラジオで聞いた「娘が浴衣でお洒落して花火大火に出掛けました」という嘆きの投稿が忘れられません。

多分青果店店主(44)

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