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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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06.イワトビペンギン

「わ」

「こんばんは」

 夜だけの会話が三日目になる日。

 子猫の声が聞こえそうな予感に窓を開ければ桃香の驚いたような声が聞こえた。

「わかった、の?」

「なんとなく」

 予感はしたのでそう答えたけれど、明らかにこの時間帯が近付いてからは時計を見る回数がやたら多かった。

「そっか」

少しだけ身を乗り出して声を出していた桃香が体を戻しつつ水色のパーカーのフードを被り直して笑う。

 昨日一昨日の被り物に比べて影になる部分が小さくて、唇がそうなったのがはっきりと見て取れて。

「……」

 湯上りから引いた熱が、ほんの少しぶり返すのは否定できなかった。

「? えっと、あのね」

「あ、ああ」

 それに全く気付かぬ様子で、桃香が報告を上げてくる。

「少しだけど、改善したかも」

「そっか」

 確かに幼稚園児がやるおばけよりは年頃の少女といった風にはなったと言えた。

「それはこうやったりしているから、ってことか?」

「そう、だね……慣らしというか、練習というか」

 あんまり気にしないで、と桃香は続ける。

「目標は、今月中にははやちゃんと学校で話せるようになる、かな?」

「そ、そうか」

 そうなったなら、クラスでの反応はどうなるのか……出来ればプラスであってほしいものだけれど、マイナスの可能性も否定できなく、ただこれ以上のマイナスというのも大差ないような気もした。

「ごめんね」

「え?」

「わたしがちょっと混乱……しちゃったから、あんまりクラスでうまくいってない、よね」

「いや……あれはこっちも不用意だった、から」

 桃香の立ち位置など、を考えれば。知らなかったこととはいえ。

「桃香は、かわ……」

「え?」

「……目を引く、から」

「……」

「……」

 お互いの視線を伺いながらの、ちょっとした合間。

 気恥ずかしさを打ち消したくて、別の話題にする。

「そういえば、明日明後日は雨予報だった」

「そうなの? 傘、持たないと……支度にも時間かかっちゃう」

「まあ、それもそうだけど」

 隼人は窓の外まで手を伸ばし、上を指さす。

「明日は、どうしようか」

「そっか、入ってきたら困るもんね……湿気は、うん」

 肩の辺りに零れている髪を指で遊びながら、桃香の溜息。

「あ、そうだ」

 唐突に胸の前でぽん、と手を合わせる。

「はやちゃんだって、スマホあるよね?」

「それは……あるけれど」

「連絡先、交換しちゃお?」

「……ああ」

 この三日で一番うきうきした声に促されて、机の上に放置していたそれを持ってきた。

持ってきた、ものの。

「はやちゃん?」

「ん……」

「交換、していいんだよね?」

「それは、もちろん、そうなんだけれど」

「……?」

 硬直したままの隼人に桃香は左に小首を傾げ、次いで右にもう少し大きく傾げる。

「しないの?」

 白と桃色のケースに入った自分のを差し出してくる桃香に、ついに観念する。

 机の上に放置していたのは今だけでなくて、高校生に連絡手段は必要だろうと持たされてからほぼ今まで。

「ごめん、全然全くわからないので」

「そうなの?」

「設定から何から、一切合切お願いします」

「はーい」

 少しずつ砕けた声で桃香が応じる。

「届きそう?」

「いけると思う」

 昔は随分遠く感じたけれど、今は二人ともが身を乗り出せば手は触れられないものの何かを渡すことは可能な距離になっていた。

 左手で窓枠を掴みつつ精一杯右手を伸ばして差し出した隼人に、桃香は実に楽しそうに、落とさないようにしなきゃね、と大切そうに受け取ったのだった。

 事実、購入三日で二階から落下は大惨事必須だった。




「わー、ホントにまっさら」

「だから、そう言ったんだって」

「えへ……ごめん」

 ゆったりとした笑みを浮かべている表情の一方で、指先は高速で画面を滑り続けていて。何だか妙に感心したくなる。

「じゃあ、わたしの連絡先登録しちゃうからね」

「良きように……願います」

「うん……いちばん、め」

 いつもなら会話を終えるくらいの時間になっていたが、上々な機嫌はそれを簡単に突破させる模様だった。

 することのない隼人は画面からの光にほんのりと明るくなる桃香を見ているしかできない。

「あ、はやちゃんの画像、はペンギンがいいかな? それともヒヨコ?」

「何で可愛い鳥類限定……」

「かわいいのじゃないとダメでーす」

 本当に、上機嫌だった。




「はい、じゃあこれ」

「ありがとう」

 桃香が体を出すのはやはり危なく感じるのでその分隼人が可能な限り腕を伸ばす。

 戻された液晶の画面に目を落とすと、早速桃香からのメッセージが送信されてきた。

『これからよろしくお願いします』

「ええ、と……」

「そっちも、練習、ね」

 思わず桃香を見て、口が動きそうになったところで人差し指二つで小さな×印を出される。

『こちらこそ』

 桃香の三分の一程度の速度で打ち込んだそれに対して「大変よくできました」という花丸のスタンプが三連続で返されてきた。

「……」

「えへ」

 初心者扱いのそれに渋い顔をして見せると、でも軽く流されて。逆に片手で携帯を揺らしながら提案される。

「もし、嫌じゃなかったらだけど、お代貰っちゃって……いい?」

「まあお礼はしたいけど」

 一体何を? と思えば。

「写真、撮っていい?」

「写真?」

 それって自分の? と人差し指を顔に向ければ桃香ははっきりと頷く。

「何の価値が……」

「わたしにはあったりするんだから」

 じゃあ、いいよね。

 態度をそう取られてしまえば、もとよりそこまで拒否するつもりもなかったので。

「あ、できたらもうちょっとだけ笑ってくれたらうれしいな」

「善処、してるつもりだけど」

「そう? それもはやちゃんらしいかも」

「ちょっと引っかかるけど、なら一思いに」

「はーい」

 それでも多分、学生証の証明写真よりは笑えていたと本人なりに思っている。

 相手は無人の機械なんかではなかったから……そこの差は天地なのに結果の方の差はそこまででもなさそうなのは反省点でもあった。

「今夜はラッキーかも」

「ん……じゃあ、それが逃げないうちに寝とこうか」

「大丈夫、保護かけたから」

 おやすみ、を互いに言って。

 窓を閉めカーテンを引いて、電灯を消して布団に潜り込もうとした時に、二回メッセージの告知が震えた。

『せっかくだから今日はこっちでもおやすみなさい』

 そんな言葉に添えられていたのはパジャマ姿のうさぎのスタンプ。

 今夜はラッキー、と言っていたさっきの桃香の言葉に賛成して。

『今度こそおやすみ』

 多少手間取りながらそう返した端末を、昨日までより手近に。すぐ手に取れる位置に置いてから枕に頭を預けた。



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