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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
69/225

58.家族+1

「かわいい」

「ああ」

「かわいいよ」

「そう、だな」

「すっごくかわいい……」

「……うん」

 隣にいる桃香がずっと興奮気味に隼人の腕を握って「かわいい」を繰り返している。

 そんな桃香の方が余程可愛い、とは思っているものの全く表に出さないのは、桃香が隼人の家に居ること自体は珍しくないものの今日は一階の居間にいるため。

「みて? あくびしてる」

「……してたな」

「かわいい」

「うん」

「ころころでちっちゃくて、かわいい」

 桃香は今、ケージの中で寝転がっている仔犬に夢中だった。




「あ、そういえば」

「ん?」

「この子、お名前は?」

「名前はまだない」

 それは猫か、と思いながらも桃香に説明、というか指摘する。

「昨日の夕方にお迎えしたばかりで」

「うん」

「さっき朝食食べたところなんだが」

 つまり、昨日の夜隼人から仔犬のことを聞きつけた桃香が早い時間から我慢できず訪れており、まだ決める暇も無かった、ということ。

「えへ……だって、ね?」

「いや、まあ、いいんだけどな」

「ありがと」

 基本、桃香に願われると聞いてしまう隼人が居るだけ。

「でも、ちょっといきなりだったね」

「……俺も知らなかったし」

 隼人にとってもサプライズだったのは本当だったので、居間の反対側で湯呑を持っている仕掛け人の母に目を遣る。

「この前の里帰りでブリーダーやっている親戚と盛り上がって」

「ああ……」

「それと、隼人が悠ちゃんのところにお邪魔した時、あちらの子と結構遊んで楽しかったとも聞いていたから、いい機会だと思って」

 隼人もそれなりだが、母はかなりの犬好きで実家では欠かさず飼い犬が居た記憶がある。

「ケルちゃんとはやくん、楽しそうだったもんね」

「ん、ああ、まあ」

 というか旅の思い出は桃香で埋め尽くされていて、母に話せる分がそのくらいしかないということ、でもある。

 勿論、マイケルとの散歩は楽しかったが。

「ええと、それで、名前だっけ?」

「あ、そだった」

 不明点がいくつか解消されたところで話題が最初に戻る。

「どうするの? 母さん」

「そうね……例えば、その親戚のお家だと家族全員でくじ引きして当たった人が決めていたみたいだけど」




「どしたの? はやくん」

「……いや」

 家族全員、で。

 四人分が準備された裏紙のあみだくじに桃の絵を描いた桃香にペンを渡されながら首を横に振る。

「何でもない」

「?」

 隼人としても隣で首を傾げている女の子が家族より大切な存在だということは否定できないし……いずれは、と思っていなくもない。

 一応口には出しただけで、何の文句も在りはしなかった。

「ただ、まあ、言えるのは」

「うん」

「この組み合わせでやると……」

 籤運が良いとは言えない吉野家の三人に比べ、綾瀬家の母娘は商店街の懸賞なんかでも有名なくらい引きが強く……。

「あ♪」

「ほら」

 もう最初からそうなると思っているので桃からのラインを目で追えば、当たりのマークへと吸い込まれる。

 命名権は桃香に委ねられた。




「えーっと、この子、女の子で良かったよね?」

「ああ」

 籤をやったテーブルから再度ケージの傍に二人で寄ると、丁度目が覚めたのかつぶらな瞳と目が合った。

「ええっと」

 その様子にまたかわいいと呟いた桃香が指の先端で軽く頭を撫でながら口にした。

「あなたのお名前だけど『かぐや』でいい?」

 その問いかけに少し置いてから、小さく鳴いて全身と同じ真っ白な毛の短い尻尾が振られた。

「決まり、かな?」

「えへ……うん」

 嬉しそうに頷く桃香の後ろから、母の声がした。

「この子、もしかして竹から産まれたの?」

 血統書あるだろ、と内心で突っ込みながら指摘する。

「いや……大本はそうかもだけど、どちらかというと白桃のブランド名から、だろ?」

「あ、わかっちゃった?」

 照れたように笑う桃香が、安直だった? と聞くが。

「いや、どうせ母さんが決めたら米の品種で父さんだったら文豪の名前が来るから構わなかったんじゃないかな?」

「あら……」

「む……」

 母の実家の愛犬命名パターンと父の傾向を良く知る隼人の言に二人とも図星だったらしく、濁すような声だけ出して明確な返答はなかった。

 勿論、桃香に対しての反対は端から無い。

「じゃあ、よろしくね……かぐや」

 嫌がられていないのを確認した桃香が、今度は手のひら全体で頭を撫でていた。




「え、えーっと、久しぶり」

「ああ、そうだな」

 その晩。

 向こうの窓から手を振る桃香に思わず苦笑いが出る。

 午後もしっかり入り浸った上に今日は夕食まで一緒した桃香は確実にこの夏の吉野家滞在時間の最長記録を更新していた。

 理由はシンプルにかぐやにベッタリだったことによるもので……夕方にはある程度慣れ始めたかぐやを膝に乗せて飽きずに撫で続けていた。

「桃香のとこは動物飼っていたことなかったもんな」

「うん」

 それなら多少夢中になるのも仕方は無いか、とは思う。

 それにまだ生後一ヶ月と少しのかぐやがぬいぐるみのように愛らしいとは隼人も思っては、いる。

「この調子だと、俺より桃香の方に懐きそうだな」

「……」

 隼人の軽口に少し考え事をする表情になった桃香が、手招きをする。

「はやくん」

「うん?」

「こっち、来て?」

 最近、というか夏の旅行以来雨の日を除けば一日の最後に少しだけ触れるのが二人の間でルールになりつつあるので、今日は早めに休むのか? と思いつつ向こうの窓枠に飛び移る。

「あの……ごめんね」

 すると、桃香が珍しく遠慮がちに隼人の手に触りながらそう言った。

「何で?」

「その、わたしばっかり、かぐやのこと独り占めしてた、から」

「……別に、仔犬が初めての桃香が可愛がるのは普通だと思ってる」

「……本当に?」

「本当だって」

「でも、ちょっと、ご機嫌斜め……」

 それについては自覚があったので、否定が追い付かない。

「夢中になっている桃香は可愛いと思ったよ」

 嘘じゃないことを言って、後半部分で誤魔化そうとしたものの……前半が良くなかった。

「あ、えっと……」

「……」

「はやくんといっしょだったんだから、その……もっと、はやくんのことも……」

「言わなくていいよ……」

 桃香の言葉にされると情けなさが倍増する気がした。

 もう部屋に戻ろうかとも思うけれど、触れられている手を振り解いたらそれこそもっと情けない、と思い止まる。

 そんな桃香の手が、桃香の方から離されて……大人げ無かったよな、と窓の外を向くけれど。

「はやくん」

 桃香の声に、呼ばれる。

「こっち」

 声の方を向けば、ベッドに腰掛けた桃香が手招きをしていた。

「え?」

「その、ええと……」

「……」

「かぐやにしてたのと同じこと、はやくんにも……って思って」

 太ももの辺りをぽんぽん、と手で示す桃香に思わず間抜けに聞き返す。

「頭を乗せろ、と?」

「…………うん」

 言いにくそうにしながらもしっかりと頷いた桃香に思わずこんな言葉が出た。

「そんな短い丈の……でか?」

「あ」

 言ってから、何を言っているんだと頭の中の自分を叩き倒す。

 こんな時間に窓から女の子の部屋に完全に入るのは駄目だろうとか、女の子の座っているベッドに近付くのは駄目だろうとか、もっと他に拒む要素はあるだろうによりによってそんな言葉じゃ桃香の肌に目を惹かれているのが明らか過ぎるだろう……と。

「え、えっと、じゃあ……これで」

 そしてそんな問題提起だと、桃香がブランケットを膝に掛けることであっさり解決してしまう。

「その、さっきお茶こぼしちゃって……もう寝る前だから楽なのはいてたんだけど」

「わざわざ説明まではしなくても……いい」

「そ、そうだね」

 両頬を軽くペチペチとしてから、桃香が隼人に向き直る。

「はやくん……どうぞ?」

「……」

 大いに迷う、けれど拒むのは最初に大コケし、体裁等を取り払って言えば正直その提案には魅力が有り過ぎた。

「……わかった」

「うん」

 一瞬だけ、タッチアンドゴーの要領で……と思いながら左肩をベッドに付け、そのまま左耳を下に……桃香の顔を見ないように、しながらそっと桃香に頭を預けて。

「えいっ」

 そして、頭をすぐに離そうとする前に桃香の手に捕まった。

「桃香?」

「はやくんにも、って言ったでしょ?」

 桃香の指先に髪を搔き混ぜられ、かと思えば整えるように指を通され、あやすように撫でられる。

 意識をそちらから逃がそうとしても、今度は布地一枚向こうのどこまでも柔らかい感触に沈みそうになる。

 あの肌理の細かい、すべすべの肌に直接来られたらどれほど危険なのだろうか。

「えへ……」

 顔は見えないものの、あのくすぐったくなる笑い方だろうな……とか考える。

 抵抗どころか配慮も遠慮も一瞬で溶かされてしまっていた。

「はやくん、かわいい」

「……そんなことはない」

「ううん、かわいい」

「男なんだが」

「かわいいものはかわいいもん」

 正直心臓には少々悪いのだが、でもそのくらいの負荷が無ければ時間帯のせいもあってこのまま眠ってしまいかねなかった。

「今度は、耳かきも準備しておくね」

「今度!?」

 思わず、思い切り動揺する。

「だって、楽しいから」

「……楽しいのか」

「うん、とっても」

「そうなのか」

 桃香がそんな風に言ってくれるなら、いっそのこともっと先にわかっていれば、例えばあの旅行前に知っていればこんな体勢のまま溺れてしまえたのかな……等と考えながら。

 桃香のベッドサイドに置かれた目覚まし時計とそれが示す時刻を必死に意識することでこのまま流され切ってしまうことだけは何とか耐え切るのだった。




 そして翌日。




「はやくん、はやくん」

 早くも膝にかぐやを乗せる光景が様になり始めている桃香に手招きされる。

「一緒なら……」

 そう言うと隼人の手を捕まえて、隼人の手に自分の手を重ねて眠っているかぐやを撫でる。

「これなら、いい?」

「……まあ、うん」

 ああ、これは敵わない奴だ……と思う隼人に桃香が次は耳打ちする。

「はやくんの番の時は、ちゃんと空けておくからね」

「……ぐっ」

「ね?」




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