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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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57.二日間限定男所帯故

「はやくん」

「お」

 アルバイトを終え店舗の裏にある玄関に帰宅し、大分馴染んで愛車と呼んでも良いくらいにはなりつつある自転車に鍵をかけていると隣の家から声が掛けられた。

 こちらも住居の入り口は後ろにある桃香がサンダルを引っかけながら出てきて手を振ってくれている。

「おかえりなさい」

「ん……ただいま」

 冷静に考えれば隣の家なので正確ではないのかもしれないけれど、ずっと昔からこういう時にはそう言っている二人だった。

「あとは、お疲れ様……で、いいんだよね?」

「ああ、うん、まあ」

 タイミングを失って別段言わずにいて、そのままとなってしまっていたが、流石にわかってしまうか……と頷く。

「まあ、ちょっと……アルバイトを、単発系を幾つか」

「うん」

 小さく頷いた桃香が、こちらも少し小さくなった声で続ける。

「はやくんが出かけていくの多いのはちょっとだけ寂しいけど……」

「……一応、毎晩しっかり帰ってきてるだろ」

 そして必ず顔を合わせるようにはしている。

「うん、そうだけど」

 何より、バイトを入れてない日の午前か午後は一緒に隼人の部屋で過ごしてはいる……確かに、ほぼずっと一緒にいた旅行の日に比べてしまえば少なくもあるかもしれないけれど。

「えっと……その」

 ただ、桃香の言いたいことは別にあるようだった。

「ちょっとは……ちょっとだけは」

「うん」

「わたしのため、だったりすると……あ、えっと」

 両手の指先を突き合わせながらの、うれしいかな……という呟きに、近付いて軽く髪を梳くった。

「一応、それもある」

 八割五分を「一応」とか「それも」と言うのかな? と心の中で苦笑いしながら腕を擦る。

 地味に嬉しい上半身への筋力増強等も半分くらいは桃香に男らしく見てもらいたいという面につながるので、先程の比率はもうちょい高くなるだろうか?

「そ、そうなんだ」

「ああ」

 頷いてから、口にする。

「折角桃香と出掛けたりするなら心置きなく行きたいし……その、少しはプレゼントとかも、したいから」

 口にしてから、どう考えても「一応、それもある」程度じゃないと自白したようなものだと気付いたが、遅かった。

「はやくん」

「あ、ああ」

「ありがとう……」

 にこりと笑った桃香が、その後少し言いにくそうにしながら話題を変えた。

「あと、もう一つ、なんだけど」

「うん?」

「はやくんが、その……里帰りしてないのは、そのせい?」

 ああ、そのことか……と思いつつ、やたらと空いていた今日の帰り道と、色の良い時給を思い出す。

「まあ、バイトも入ってたけど……意図的に、入れたというか」

 あともう一つ。

 夏休み前の母との一悶着も思い出す。

「じいちゃんばあちゃんも……伯父さんたちも皆いい人、なんだけど」

「うん」

「やっぱりその……もうそうそう簡単にそちらに行く訳じゃない、と言いたい気持ちはあった……と思う」

 勿論今度からも必要な時に応じて顔は見せに行くけれどこちらに戻って最初の一回くらいは……という気持ちを口にすると、桃香がそっと手を握ってくれた。

「はやくんは、優しいね」

「……どうだろうな、ただの我が儘かもしれない」

「ちゃんと考えてそうしてるんだったら、それでいいと思うよ?」

 手を握ってくれただけでなくて、頑張って爪先を伸ばしてもう片方の手を隼人の頭に届かせてくれる。

 普段より強情さが足りていない隼人は黙ってそのまま撫でられた。

「あ、でも……」

「ん?」

「はやくんがこっちにいてくれて、それがうれしくて言ってるから、わたしも我が儘かな?」

 ダメだよね、と言いながら笑う桃香の顔に、笑ってしまいながら返す。

「いや……俺も、こっちに居たいのも、本当のことだし」

「そうなの?」

「ああ」

「どうして?」

 わかっていないのではなくて、この顔の桃香はそのふりで聞いているんだな……とわかってしまったので。

 回答は桃香の額を軽く押すだけに留める。

「どうしてだろうな」

「……ふふっ」

 不満そうな顔を予想したのに、桃香は笑ったままだった。

「はやくん」

「ん?」

 さっき隼人の頭に手を届かせた時のような動作で、桃香の表情が近付いた。

「いじっぱり」

「……ああ、そうだよ」

 それへの反応を極力表には出さず、簡潔に頷いて答えた。




「じゃあ、父さんと晩御飯にするから」

 単身里帰りをした母が居ない夕食も珍しい、と思いながら口にすると桃香に呼び止められる。

「あ、待って待って」

「ん?」

 一度屋内に引っ込んだ桃香がすぐに紙袋を下げて現れた。

「はい、これ」

「ん?」

「放っておいたら二日とも勝龍楼さんに行っちゃうから見張っておいて、って頼まれてて」

「……母さんに?」

「うん! あ、あとわたしもそうするかなって思った」

 秒で頷いた桃香に、完全に読まれてるよ父さん……と屋内で店仕舞いをしているであろう父に呼びかける。

 隼人も近所の中華料理店で労働後の勢いのまま野菜炒め定食にラーメンまで付ける気満々だったが。

「だから、これで今日は我慢してね?」

 紙袋の中の二つのタッパーにはそれぞれ。

「筑前煮と鯵の南蛮漬け、だよ」

 夜食と朝のお茶漬け作るのにお米だけは準備してるよね? と桃香にまで母が居ない時の生活パターンを看破されて肩が下がる。

「普通に美味しそうだけど……桃香が?」

「うん、ちょっとだけお母さんの手も借りたけど」

「……そっか」

 ありがとう、の八割くらいまで言ったところで。

「あ……」

 それなりに動いたところに嗅いでしまった食欲をそそる香りに、盛大に腹の虫が主張をしてしまった。

「ふふっ」

「なんだよ」

「おとこのこ」

 楽しそうに、こちらは頭と違って労せず届く腹の辺りを軽く突かれた。

 ついでに引き締まっててすごい、等と褒められて……それについては悪い気はしない。

「いっぱい作っちゃったからちょっと入れすぎたかも、って思ったけど大丈夫そうだね」

「ん……まあ、頂くよ」

「味はそれなりだと思うけど……」

「大丈夫、だろ」

 無意識のうちに好い判定をしている自覚はあるけれど、それを客観で差し引いたとしても桃香が作ってくれたものに今のところ外れは無かったので。

「今日もきっと美味しい」

「……えへ」

 桃香にあべこべにありがとう、と言われてしまう。

「あ、それと、明日は見なかったことにするつもりだから……遠慮なく行っちゃってね?」

「ははは……」

 たまにお家じゃないご飯食べたいときもあるもんね? という桃香に出来た発言だなぁ、と思いながら、また夜に……と手を振った隼人に桃香が手を振り返してくれた後、笑い合う。




「じゃあ、いただきます」

「うん、美味しく食べてね」


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