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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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番外08.後編

「はい、出来たよ」

 何故わざわざ耳元で……と心臓を揺すられながら姿見の前に進まされる。

 白地に鮮やかな大輪の牡丹、は先程着付けされる前に見たのである程度把握はしていたのだけれど、編み直されサイドでリングにされたお下げに浴衣に合わせた色合いのリボンが四本飾られており……悠が言うだけの手並みで自分の姿が纏められていた。

「これが……私?」

 言ってから何というベタな台詞を、と後悔するも。

 仕掛け人の方はそんなことには構わず真矢の手を引いた。

「さ、お祭り会場にリベンジだ」




「あ、そういえば」

「はい」

 またしてもあれよあれよと乗り込まされた後部座席で、行きと同じく共通項である桃香たちの話題を出していたところで悠が指を鳴らした。

「この前桃香に真矢ちゃん用って写真撮られたこともあったけど」

「ああ、はい」

「どうだった?」

 お洒落なカフェの店内でフルーツサングリアを掲げて微笑むサマードレス姿の写真は厳重に保護を掛けた上でバックアップも確保済みだった。

「すばらしかったです」

 あまりの美しさに既読後一〇分以上見惚れてフリーズしてしまい桃香に余計な心配までさせてしまっていた。

「そうか、ならよかった」

「はい、ありがとうございました」

「でも」

 さっき夏祭り会場から連れ出された時と同じ種類の笑みを浮かべられる。

「折角なのでお祭りに戻ったら二人での写真も撮ってみようか?」

「へ?」

「気に入ってもらえると嬉しいんだけれど」

 気に入らないわけがないです! の前に流石に疑問が飛び出した。

「いいん、ですか?」

「それは勿論、こっちから提案しているんだもの」

「いえ、そういう意味ではなくて……」

 桃香の友達というだけで流石に好意が過ぎる……ということをどう説明したものか、と口の中で迷っている、と。

「いいんだよ」

 今度はストレートな笑顔を向けられる。

「え?」

「お祭りに一人で残されてどうしようかと思っているときに相手をしてもらっているんだもの、このくらい当たり前」

「そう……なんですか」

「ああ、だから遠慮なんてしてないで楽しんで?」

「は、はい」

「そう、その方が私も嬉しいんだ」




「はい、真矢ちゃん」

 鮮やかに撃ち落としたクマのぬいぐるみを手渡される。

 得意げな笑顔の後ろで射的屋のお姉さんが「今日は厄日や……」などと頭を抱えて呟いていた。

「お腹は、空いていないかい?」

「いえ、まだです」

「そっか、じゃあ金魚すくいなんかどうかな?」

「はい、お供します」

「よし」

 先ほど車内で言われたことを意識し、可能な限り素直に楽しんでいる……ところに後ろから声が掛けられた。

「なるほど」

「!」

「桃香や隼人に悪いちょっかい掛けていないかが心配でしたが」

 真矢にも聞き覚えのある声だった。

 特にというか、悠の姿を見ている時限定での。

「戸浦さんと一緒だったんですね」




 真矢自身はしたこともするつもりも一切ないけれど、例えばドラマなんかで浮気現場を押さえられたならこんな心境にもなるんだろうか。

 何て心の中で冷や汗を流しながら振り返られずに居ると、一歩先に振り向いた悠が呆気に取られたような気配がした。

「?」

 罪悪感より、そちらの方が気になって声のした方を向けば。

「……可愛い」

 一学年上の先輩に対してそれは、と考えもしたけれどそれより先に口から勝手にそんな感想が出ていた。

「ありがとうございます、戸浦さん」

 そう言って小ぶりの団扇の裏で笑った彩は全くイメージにない白地に空色の花柄の浴衣にサイドを編んだ髪型、そして大きな花と水引細工の髪飾りを留めていた。

 正直、彩のファンたちがこの姿を見たなら論点となっている執事服かメイド服かは後者が圧倒するのでは、というくらいのものだった。

「悠姉?」

「……」

「照れ屋の隼人だってもうちょっとまともな反応しますよ?」

 ああ、やっぱり吉野君はお二人の間ではそういう扱いなんだ……と妙な同情を抱いていればその間に悠が言葉を絞り出していた。

「全く、何なんだ今日の彩は……」

「そうですね……桃香たちがお友達と夏祭りに行かなかったとしたら、の計画の話覚えています?」

「ああ、確か敢えて最初に桃香を普通の格好で行かせた後、密かに残念がっている隼人の前から攫ってバリッバリに可愛い浴衣姿にして戻す、だったっけ?」

「ええ、その通りです」

 一つ頷いた後。

「桃香ほどには適してないですが、どうです?」

「……桃香とは比べなくていい」

「はい、失礼しました」

「なかなか……やるじゃないか」

「お褒めに預かり光栄です」

 彩が祭りの灯りに彩られながらにこりと微笑んだ。




 ……微笑んだ、直後。




「では、満足しましたので」

「おいっ!」

「ああ、勿体ない……」

 悠の制止も真矢の嘆きも聞こえぬ、という風に髪飾りを外し手荷物に手早く丁寧に収納し。

「柄では、無いんですよ」

 小さな花飾りのついたゴムも取って三つ編みも解いてしまう。

 少し癖の残った髪もそれはそれで、とは真矢は思ったが。

「私は満足していないんだが?」

「別に悠姉を満足させるためにしてませんので」

「じゃあ何のためだ!」

「呆気に取られた顔を見たかったから、ですかね?」

 そんな遣り取りを聞きつつ、この二人の傍にいるのは完全に邪魔だ……と決意する。

「では私、友達と合流しますので……」

「いや、待って」

「そうですよ」

「私が誘った以上、最後まで付き合ってもらうよ、真矢ちゃん」

「ええ、悠姉の御守りの労を労わねばなりません」

「……おい」

 さり気無く離脱を試みるが、敢え無く捕まる。

「そういえば彩」

「何です、悠姉」

「真矢ちゃん、桃香とほぼ背格好同じ」

「なるほど」

 真矢の腕を掴んだ悠の反対側に彩が回る。

「確かにフィットする感じがしますね」

「だろ?」

「はいいいいいいいぃ!?」

 両脇を美人に挟まれロックされてしまう。

「じゃ、折角なのでこのまま回ろうか」

「確か金魚すくい、でしたね?」

「……勝負だな?」

「受けて立ちますとも」

 これは一体何の試練かご褒美か……そう思いながら、悠の思うがままに夏祭りを引き回される真矢だった。




 そして。




「あの……」

「何でしょう、戸浦さん」

 折角だから顔は見ていくか、の流れから桃香や隼人たちと合流し、打ち上げ花火を待っている間にタイミングを見て彩にこっそりと問いかけていた。

「今日の、って……単に桃香の夏祭り計画の没案、って訳ではないですよね?」

「あら……」

 一つ瞬きをした彩は団扇の陰で真矢に耳打ちをした。

「実はですね」

「はい」

「たまには紺や黒以外の可愛い色合いの浴衣も着てみろとか言いやがったんですよね、あの人」

「!?」

 普段の印象と全く違う言葉遣いに目を白黒させる真矢に、澄ました顔で元に戻る。

「内緒でお願いしますね?」

「も、もちろん」

「まあ、そんな訳ですので」

「は、はい……」

「妙なことに巻き込んだようで済みませんでした」




 更にその後。




「どうせ、そんな事を言ってたんだろう? 彩の奴」

「あ、あはは……」

 祭りの後、元の服装に戻るために再訪した悠の部屋で「わかっているんだからな?」と言いたげな悠に約束なので黙秘を貫く。

「折角素材が良いのだから偶にはそういうお洒落もしろとどれだけ言って来たと思って……」

 腕組みしながら立腹する、校舎の前では絶対に見れなかった姿をそれでも絵になるから美人はすごい、と思いつつ。

 畳んだ浴衣を手渡した後、髪に手を伸ばした真矢が制止される。

「そのリボンはプレゼント」

「そう、なんですか?」

「付き合ってくれたことへのお礼……で、大事にしてくれたら嬉しいかな」

「はい、大切にします」

「うん、ありがとう」

 微笑みを一つくれた後で。

「あと、ごめんね」

「え?」

「何だか妙なことに巻き込んでしまったみたいで」

 先ほど彩の口からもきいたような下りに思わず笑ってしまいながら。

 ああ、今日のでさらにお二人を見ていきたいとなってしまった、と思う真矢だった。





戸浦真矢、着替え(させられ)る(高校一年夏)

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