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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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55.誰と?

「あと、多分自分と間違えたので浴衣で背格好は似ていると思います」

「了解。連絡網に回すから」

 事務所で八百屋と和菓子屋のおじさんに事情を説明し、祭りの各所に居る運営役員に迷子情報を回してもらう。

「いや、何だか昨日に続いて働かせたみたいで悪かったね……折角、遊んでいたところだったんじゃないかい?」

 折角、のところで二人の目線がお約束のように離れた席で人形等を使って相手をしている桃香に向けられた。

「別嬪さんになったと思うだろう?」

「ええ、思います」

 一般的にそう言えると思うのであくまで普通に首肯する。

 今日の浴衣姿も先日までのお洒落なお出かけ着も制服姿も……そのことはもう認めるしかできないが。

 ただ、おじさん方のご希望のリアクションをするかどうかとは別の話。

「クラスの皆と回ってた時だったんでちょっと驚いたけど、大丈夫ですよ」

 クラスの皆、に重点を置いて口にした。




「おにいちゃんは、こっち」

 あとはちょっとだけ待っていれば迎えに来てくれるからね、と告げに言ったところそのまま幼い声と指に桃香の反対側の自分の隣に座るよう指定された。

 実はそのまま桃香と遊んでいる所を微笑ましいなとのんびり眺めているつもりだったが。

「こっち、だって」

 桃香にもにこにこと手招きされてこれは仕方ないな、と指示されたパイプ椅子に腰かける。

 小さなお客様は夏祭りの運営事務所にいたおばさま方に大歓迎されて、テーブルの上には追加の景品用の玩具も一つ開けてもらったのか、小さなプラスチック製の台所用品が広げられていた。

「おままごと?」

「うん!」

 おにいちゃんはパパやってね! と元気よく指定され。

「……わかった」

 少々の気恥ずかしさに襲われつつも頷きながら、それよりこっちがこんなインパクト大なことになってたら母さん大丈夫だろうか……と横目で見れば遠目でこちらを見ているおばさま方にまあまあと宥められつつ成長した息子とその幼馴染を弄られつつ、の模様だった。

 居てくれなかったらおばさま方の猛威がこちらに飛んでくるのは確実に思えたので、母には悪いと思いつつも、触らぬ神に祟りなしとばかりにそのまま防波堤をしてもらっておくことにした。

「はい、じゃあママがお料理しててね」

「はーい」

 桃香が小さすぎる包丁を指先で持ってエア野菜を刻み始める、鼻歌まで歌っているところがご丁寧だった。

「パパ、かいしゃから帰ってきて」

 家、自営業だけど将来どうしようかな、あの店父さんの謎人脈があって成り立ってるもんな……なんて思いながらこちらも虚空にあるドアを開ける。

「ただいま……」

「……えーっと、おかえり、なさい」

 もう配役上そうなるのはわかっていただろうに、目が合うといつもと勝手が違う状況にお互い動作も言葉もぎこちなくなる。

 所用から戻った隼人を店先で見つけたときは、自然に笑って小さく手を振ってくれるのに。

「……き、今日も、お疲れさま」

「あ、ああ……」

 それでも桃香のエプロンをたたむ真似は普段もやる仕草のためか高クオリティだった。

「あれー?」

 そんな風に内心では感心していたのだが、ご所望とは違ったのか幼い声に疑問を呈される。

「おかえりなさいのチューはしないの?」




「……え、えーっとね」

「必ずする、とは限らないんじゃないかな?」

 たっぷり一分は固まった後、二人で弁明を始める、ものの。

「えー、ママがだいすきなひとにはするんだよ、って言ってた!」

「そ、そうなの……かな?」

「なかよし……なんだね」

「うん、りおのパパとママすっごいなかよし」

 幼い無邪気さは大分手強い。

 あと、好きも仲良しも否定はしたくない気持ちもあるから。

「「……」」

 どう、しよう? と互いに視線で尋ね合う。

 ややあって、桃香が思い付いた、と口を開いた。

「でも、今はちょっとだけ遠いから……こう」

 桃香の人差し指が伸びてきて、隼人の頬を突いて、ね? と笑いかけた。

 この座った位置のままでも二人で頑張れば届く気もしたが、間違っても口にしない。

「んー、まあいっか」

 ギリギリではあるものの及第点は貰えたようなので「よかった」「ナイス」と目で伝え合う。

「あ、でもねでもね」

 けれど一難去ってまた一難。

「パパとママ、おかえりなさいのときのほかにもいっぱい、ぎゅーとかもしてるよ」

「そ、そうか……」

「ほんとになかよし、なんだね……」

 これは別の意味でも早めに迎えに来て頂けた方が……とまだ見ぬご両親に呼びかけたところ。

 焦り気味のノックが事務所の扉を揺らした。




「よかった、ね」

「ああ」

 後ろ手に閉めた扉のガラス部分からの光で、先に外に出て振り向いた桃香の笑顔が照らされた。

 あの後、美春(髪型と背丈の情報から考えてそう思われる)に事情を聴いて駆け付けたというご両親にひたすらお礼を言われた後、事務所に詰めていた大人たちからも称賛されて今回の件は無事に収まった。

 それなら、早々に皆のところに戻ろうか……と再度集合のメッセージをそれぞれ男子女子のグループに送信して出てきたところだった。

「りおちゃん、かわいかった」

「ちょっとだけ、注文が厳しかったけどな」

「あはは……そうかも」

 二歩分ほどをすぐに追いついて、手を繋いで敷地内では少しだけ高い位置にあった社務所から三段だけ降りて境内に出る。

 集合するのは改めて鳥居のところなので大分ゆっくり目に戻っても良いだろう、といったところだった。

「あとは」

「ん?」

「はやくん、小さな子の相手するの上手だなぁ、って思った」

「そう、か?」

「うん」

 話し掛け方とか肩車するのが慣れていたところで、そう思った。という桃香に頬を掻きながら返す。

「まあ、向こうの親戚にも年下の女の子は結構いて、相手してたりもしたからかな」

 問題は女子ばかり産まれる家系過ぎて男子が少なかったせいで、六年も空白が生じてしまったことだった。

 今更言っても仕様がないとは、隼人も思っているが。

 そんな隼人の裾を軽く引いてから、桃香が囁いた。

「すてきなパパ、だったよ」

 ふわっと笑った桃香の表情は心が温かくなるものだったし、褒められたことは素直に嬉しかったものの……思うことは、あった。

「はやくん?」

「……」

「えっと、どうした、の?」

 足も動きも止めると、不思議そうな桃香に見上げられる。

 何のことは無くてきっと桃香は偶々口にしただけだからそのまま流してしまえ……とも考えたけれど、自分だけがこの複雑で悶々とした気持ちを味わうのも不公平だという衝動で……。

 一瞬辺りを見回し境内の隅など誰も気にしていないのを確かめてから、少し腰を屈め桃香の普段より露わになっている耳元に口を寄せた。

「ひゃっ」

 その身を縮める仕草と自分の息遣いへの反応にちょっとした満足感を覚えたその勢いで、それでも少しは桃香の緊張が緩むのを待って口にする。

「パパとかいうけど」

「う、うん……」

「基本俺一人じゃ、なれないと思うんだが」

「……~っ!!!?」

 今まで何度か桃香の頬を染めさせてきた自覚はあるけれど……。

 ここまでの激しい沸騰は無かったな、と自分への何を言ってるんだという冷静さを誤魔化す感想を心の中で述べた。

「えっと、えっと……ええと」

 珍しく。

 顔を逸らしたいのか覆いたいのか少し離れたいのか、解こうとする手を逆にしっかりと握り、力の差で桃香が諦めるまで抑えた。

「はやくん、すごいこと……言っちゃってるよ」

「……きっかけは、桃香だけどな」

「そ、そうなの?」

「ああ、そうだ」

「うー……」

 意地が悪いのは自認しつつ、責任をきっちり折半して押し付ける。

 桃香も発端なのは自分で分かったのか抵抗をやめた。

「それで、桃香はどういうつもり……だったんだ?」

「どういうつもり……って」

「だって、好きな女の子にそういうこと言われたら……さ? 色々と考えてしまうだろ?」

「う~っ」

「例えば、誰となるか……とか」

「!」

 すぐ近くで覗く桃香の表情が様々に変わって、最終的に真っ赤なりんご飴になりながらその呟きに収束する。

「……いじわる」

「ん」

 自覚はしていることを桃香にも言われてしまい、流石にこれ以上は今日この後にも、今後にも触るか……と思い直して、少しなら離していいよという感じに手の力をそっと触れているだけ、くらいのものに緩める。

「えっと……」

「ごめん、気になったからって意地が悪すぎた」

「……うん、ほんとにいじわるだった」

 そっと隼人の手から抜けた桃香が、隼人の前に出て……正面衝突気味に軽く接触する。

 桃香の旋毛が顎の本当に真下に来る。

「でも……その……すっっごくはずかしかった、けど」

「ん……」

「いや、っていうわけじゃなかったかも」

 抗議するように当てられた手が、それでも柔らかく浴衣の胸辺りの生地を握った。

 そうなのか? と少し驚いていると左の鎖骨に浴衣越しながらも桃香の吐息と唇が触れた感覚がした。

「あと、その、パパ……の件は」

「……ああ」

「今、わたしから言えるのは……」




「さすがにおさななじみ、卒業してからにしないとね」


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