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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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番外08.前編

「どうしたものかなぁ……」

 手帳に書いた今日の部分の予定に溜息を吐く。

 「夏祭り?」と書いたそれはクエスチョンマークに現れている通り未定で……そして直前になった今も迷っている。

 誘ってくれたのは今年度残念ながらクラスが違うものの中学校から仲の良い女子五人組、そこはもうよくぞと感謝の気持ち。

 ただ、そこに話の流れでそのクラスの男子五人も来る、とのことで……何だか知らないうちに眩しく充実の青春時代になってしまってはいませんか? とまずここで少々気が引ける。

 後は、その男子の内訳も全員知り合いなら問題はないのだけれど……。

 先ずは吉野隼人。

 こちらは全然問題ない。何度か話したこともあるし、本人たちは全く一切認めないものの友達の彼氏なのでそれに応じた距離感で行けばいいというか、あのいちゃつきっぷりを間近で見るのもまた一興、といったところ。

 次いで柳倉友也。

 こちらも優しそうなイケメンで、先日大人数でファミレスに押し掛けた際に少し話もしているので、普通にしていれば全く問題ないと思われる。

 問題はここから。

 結城勝利、中学校が一緒で同じクラスになったこともあるがまともに話したこともないし、何より見た目が整っているのは間違いないが鋭利すぎてちょっと怖い、正直苦手なタイプ。

 そして名前と顔しか知らない、というレベルのバスケ部の男子が二人。

「うーん……」

 会話の流れを悪くさせないかだとか、変に気を使わせて雰囲気を損ねないか等々がどうしても気にかかって行きたい気持ちを鈍らせる。

「どうしたものかなぁ……」

 そんな訳で、真矢の言葉と考えは堂々巡りを繰り返すのだった。




 で、結局。

「来ちゃった……」

 ただ、これは祭りの雰囲気を味わうのとたこ焼き食べたかっただけだし……等と自分に言い訳しつつ、目的の品の屋台が無いかと周囲を見ながら歩いていく、と。

「……!?」

 前方に見知った気がする男子の後頭部を発見し、その隣に少々色素の薄い髪色の少女を見出す。

 身長差から言ってもほぼ間違いないな、と注視すれば丁度人並みの切れ目に差し掛かって、ゆっくりと歩いている二人はしっかりと手を繋いでいるのがわかった。

 あれはやっぱり付き合っている……としか見えない、と率直な感想を抱いていると。

「あわわわ……」

 転びかけた桃香を隼人が抱き止め、あまつさえ髪を撫でている様を目撃することになってしまった。

 その際の見たこともない隼人の表情を含めて二人はもう恋人同士で差し支えないのでは? と思ってしまい……あれを間近で見せられたら面白いどころかこちらの心が耐えられない、と結論する。

 それと同時に、慣れているとはいえあの二人と集団行動するつもりの花梨や美春たち凄いなぁ……と妙な感心もしていた。

 ちなみに後日花梨にその旨伝えたところ「一学期の間にゆっくりとお熱になっていったからかしらね?」と流石に最初からフルスロットルではなかったためじっくりと慣らされたのだ、と解説をされた。




 ともあれ、一緒に遊びに行くのは別の機会にしよう、と結論付けた。

 そんな真矢の肩が突然叩かれ……。

「……?」

 もしかして琴美や絵里奈あたりかな? と想像しながら振り返ると……。

「やっぱり、戸浦さんか」

「!!!!!????!!!」

 突然視界に大写しになったにこやかな美人に、先程の盗み見を超える衝撃を心臓に叩き込まれる。

「お、お、皇子様?」

 時折桃香を遊びに連れて行くのに現れる近くの女子高の麗しの先輩だった。

「こんにちは、私の伝書鳩さん」

 うっとりするくらいの微笑みとともに、でも今日は桃香と隼人はお友達とだから探さなくて大丈夫だよ? と片目を瞑られると、今度は心臓が破裂するかと思った。

「というか、さっき見つけたは見つけたからね?」

 全くあの二人は……と呟きながらその綺麗にピンと伸びた指先があろうことか自分の肩に回され、お下げの髪をもう片方の手で遊ばれる。

「こんな風、だったっけ?」

 再現VTRをまさか自分が、それも憧れの美人相手にさせられて気絶寸前。

「し、刺激が……」

「ん?」

「刺激が強すぎますぅ……」

「ああ、御免ね」

 ぱっと離された手を名残惜しい……とはとても思えなかった。

 あのままだと本気で失神するところだった、とは思うしそうなった場合この方に介抱されてしまうのかと考えると、それはそれで畏れ多くてうっかり気も失えない。

「とりあえず、ちょっと落ち着こうか」

 そう言って手を引かれる……が全く落ち着ける気がしなかった。

 でも、失礼をしてはいけないの一心で、気をしっかり持てと自分を鼓舞しつつ、エスコートされるまま商店街の裏手を流れる川沿いのベンチへと誘われるのだった。




「なるほど、そういうわけだったのか」

 手渡されたちょっと古いデザインのキンキンに冷えた缶ジュースを一口飲んでから頷く。

 聞かれるがまま現在の状況と、合流を断念するに至った心境を洗い浚い話していた。

「じゃあ、折角なので」

「はい?」

「私と回ろうか、真矢ちゃん」

「はいいいいいいいぃ!?」

 名前を認知されていたというほんのわずかの喜びも、麗しい笑顔に見惚れたくなる気持ちも、それ以上の衝撃が吹き飛ばした。

「おや、私じゃ役不足かな?」

「……冗談でもそんなことはおっしゃらないでください」

 他のファンに知れた日には袋叩きでは済まない気がする。

「と、いうか……その」

 皇子様、の呼び名を補強する、常に付かず離れずの存在がいらっしゃるじゃないですか……と口にする。

 見た目の派手さでは少々劣るものの確り見ればかなりの美人で、こちらもファンが多く常に二人のプライベートでのお召し物は古風なメイド服派と執事服派が争いを繰り広げているあの人が。

「んぅ……」

 それを聞いた悠が柳の眉を顰めて本当に珍しい苦めの表情をした。

「彩……が、なぁ」

「?」

 そういえば悠の迫力に負けて他に気を回す余力が無くて気付いていなかったが、その姿が見えない。

 というかストッパー役が不在のため幸か不幸かあそこまで強烈なコミュニケーションが発生していたのか、と納得する。

「ちょっと聞いてもらっていいかい? 真矢ちゃん」

「わ、私で良ければ」

「うん……ありがとう」

 肩にかかった緑の黒髪を指先でくるくると遊びながら話し始める。

 全く癖のないサラサラの髪だった。

「まあ、桃香たちと合流するかは置いておいたとしても、二人で夏祭りには行こうと提案したんだ」

「はい」

「まあ、大人数ならともかく、二人で約束したなら……」

「はい」

「それなりの格好、ってあると思わないかい?」

 立ち上がり白抜きの菖蒲柄の浴衣の袖を大きく広げる……首を傾けたせいで流れた髪にはいつもの緑のリボンに加えて白い飾り紐が奇麗に編まれていた。

 どちらのモデルさんですか、と言いたくもなるがそれすら陳腐なように思えるくらいだった。

「ええと……とってもお綺麗、です」

「うん、ありがとう」

 にっこり笑って称賛も当然、と受け止めるのも許されるな、というくらいに。

「なのに彩の奴……あんな普通の洋服で来て」

「そうだったんですね」

「ああ、おまけにそのことを言ったら『じゃあ帰ります』なんて言って本当に居なくなるし……」

 そういう事情だったんですね……と言いながら頭の隅で考える。

 皇子様のお付きの方、で通じてしまうくらいなあの人がそこのところでそんな手抜かりをするものかな? と。

 ただ、そんなシンキングタイムはあまり許してもらえなくて。

「そういうわけで、良かったら真矢ちゃんが相手をしてくれると嬉しい」

「そ、そんな畏れ多い……」

 それに。

「私こそ、普通の格好ですよ?」

 多少飾りは付いているものの普通のシャツにデニムの。

 言ってから、隼人と桃香に心を折られる前から合流するつもりはあまりなかったのかな、と自分の心を整理する。

「ん? ああ、それは全く……」

 再び悠がにこりと笑う、がその笑顔は普段よくファンの女子に見せているものとはちょっと色が違う。

「問題ないよ?」

 言うなれば獲物を見つけた、笑みの形だった。




「このお屋敷は……?」

「私の家」

 あれよあれよと高級そうなセダンに乗せられて、次に降りたところは木々の中に佇む豪奢な洋館の前だった。

「おや? 悠、その方は?」

 かけられた声に、真矢は心の底から驚く……女性じゃない皇子様(?)がいらっしゃる!?

「ああ、私の下の兄様」

「で、ですよね」

 ん? ということはもう一人こんな超絶美形がいらっしゃる!?

 という内心の驚愕を他所に話は進んでいく。

「こちらは桃香たちのお友達の戸浦真矢ちゃんで……私とは今日とても仲良くなる予定」

「そうか……御免ね、強引な妹で」

「い、いえそんなことは」

 半端ないオーラの少し年上の美男美女に挟まれるのがこんなに心臓に悪いとは……。

 とりあえず私なんかに気軽に微笑まないで下さいと心の中で懇願する。

「悪い娘ではないので、よろしくね」

 手を振って去っていく後姿を思わず目で追って行くと、ノーガードだった手を掴まれ屋内に招かれる。

「さ、本題はここからだよ」




「真矢ちゃんは、割と桃香に体系近い?」

「前、一緒に洋服観に行ったときにそんな感じでした」

 気持ちスレンダーかな? と抱き着き魔の絵里奈に「ちょっとだけふっくらが物足りない」と言われたことを別表現で言われる。

「じゃあ、私が中等部の時の物で良いか」

 正直総額幾らになるのかわからない衣装箪笥から白地に牡丹の浴衣が取り出される。

「い、いえ……私には、似合わないです」

「いいや、そんなことはない」

 顎に指を添えられて、本日何度目かの鼓動の危機を迎えることになった。

「絶対に似合うし、自信が持てないなら持てるくらいにしてあげるから」

「……」

「私に、任せて」

 そんな言葉と笑顔で迫られたら、考える前に頷かざるを得なかった。




「じゃ、真矢ちゃん」

「はい」

「脱いで?」

「え?」

「あ、それとも脱ぐところから手伝うかい?」

「はいいいいいいいぃ!?」

 ただ、それまでに心臓が幾つあれば足りるのかは未知数だった。




 戸浦真矢、着替え(させられ)る(高校一年夏)

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