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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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54.ちいさな手

「……ん?」

「?」

 談笑しながら祭りの中を歩いている最中、袖を引かれた気がして。

 それで反射的に桃香の方を見たけれど、水風船やぬいぐるみを抱えた桃香の手は塞がっていて……それで、おかしいぞ、首を傾げる。

 そんな隼人に不思議そうな表情を桃香もしていた。

 でも、そんな最中にもう一度確かに袖を引っ張られ、そちらを見ると桃香基準で判断していた高さの視線は空振りをした。

「え?」

「あれ?」

 そのまま視線を下げた隼人とそれを追いかけていた桃香がほぼ同時に気付いて驚きの声が出た。

「……」

 隼人の袖を握っていたちっちゃな手の主は幼稚園児くらいの小さな女の子で、今にも泣きだしそうな表情で隼人を見上げていた。

「おーい、隼人に綾瀬さん」

「はぐれたいのかもしれないけど、どうしたのー?」

 そんな立ち止まった二人に気付いた皆が少し戻って来て、一斉に異変に気付く。

「はい?」

「吉野君、その子」

「一体どうしたの?」

 察するに迷子であったであろうところに、大人数に囲まれてしまったその子はもう泣きだしそう、といった声で隼人の袖を握ったままこう言った。

「パパ……」

 隼人は勿論、その場の全員が固まった。




「いや、わかってる、わかってはいるんだよ?」

「ただまあ、何って言うか」

「普段が普段だからよ」

 早々に花梨から泣かせそうと員数外宣告(特に見た目が少々厳つい勝利と蓮)をされて追い払われた隼人以外の男子が、少し離れた場所で最初の驚愕を突破して可笑しそうに話していた。

「衝撃の光景と発言だったね」

「全くだぜ」

「何せ、隼人に対して、だもんな」

「生半可にありそうなところが……また何とも」

 どこをどうあっても有り得ないだろう、と突っ込みたいがそこまで届く声をまだ袖を握られたままの隼人は出すわけにいかず、内心で苦虫を嚙み潰した顔をする。

「それにしても、桃香の百面相は面白かったよね」

「あんな一瞬でいろんな顔するとは思わなかった」

 そんな男子と隼人の間に居る、早々に適性が無いと判明して下がった美春と琴美も笑いを堪え切れていなかった。

 女の子の方に気を取られていた隼人は、桃香があの時どんな表情だったかはわからないため、それは実に見て見たかったとも思ったけれど。

「吉野君が……パパ、だもんね」

「乙女心が複雑になるわー……そりゃあね」

「って、何考えてるのよ、琴美~」

「あんたこそ何を考えてるの」

 軽くどつき合いを始める二人の会話は、聞くに堪えなかった。

 それに比べて。

「そっか、りおちゃん、っていうんだ~」

「ぼくはペンペンっていうんだよ」

「わたしはニャンニャンだよ~」

 目線の高さに屈んで先程の射的で巻き上げ……もとい射落としたペンギンと猫のぬいぐるみで奮闘する桃香と絵里奈の姿には実に癒されるものがあった。

「そっかー、お店みるまでは、パパいたんだねー?」

「何屋さんだったか、りおちゃん、ペンペンにおしえてー」

 両手で抱えたペンギンの羽根をパタパタさせている様がもう微笑ましくて……と思っている所を花梨の冷静な声に引き戻される。

「お面の屋台に気を取られていたらはぐれた……ということのようね」

「お面は興味ないから見落としていたかもしれないけれど、近くにそれっぽいところは無いね」

「びっくりしてお父さん探しているうちに更にわからない場所まで来てしまったのかもしれないわね」

 デレデレの顔から良く戻したわね……という突っ込みに、してません、と答えながら考えを巡らせる。

「探し回るよりは、夏祭りの運営事務所、が良いかな」

「私も同意見」

 頷いた花梨が、隼人に確認する。

「吉野君、そちらにお知り合いは?」

「まあ、それは地元だから誰かしら知ってる人はいると思うよ」

「じゃあ、お願いするわね」

 そう言って屈んだ花梨が絵里奈から猫を引き継いで話し掛ける。

「りおちゃんりおちゃん、このお兄さんがりおちゃんのパパが来てくれるところまでつれていってくれるって」

 桃香や絵里奈と違う声質の花梨の精一杯の声だった。

 続いて隼人も目線の高さを合わせて、柔らかい声を意識して

「りおちゃん、お兄さんと、来てくれるかな?」

「…………うん」

「ニャンニャンもいっしょだから、手をつないでもらっても、いい?」

 花梨から更にパスされた三毛を揺らしながら、こちらともはぐれると大変だからともう片方の手を出すと、しばらく置いて小さな手に人差し指と中指を握られた。

「おにいちゃん」

「うん?」

「ペンペンは、こないの?」

「!」

 ぬいぐるみ、の向こうに屈んでいるままだった桃香と目が合った。

 一つ頷いた桃香がまたしてもぬいぐるみの羽根をばたつかせながら話し掛けた。

「ペンペンも、いくよ~」

「わ♪」

「そうだよねー、ペンペンも行かないと、ニャンニャン一人じゃ大変だもんね~」

 普段より大きめな声で、誰に向かってかといえば周囲に言い聞かせている感のある言い方で桃香も同行することになり、その途端。

「りお、ペンペンともつなぐっ!」

「えっ!?」

 桃香の手が捕まえられていた。

「ぁ……」

「……ん」

 何なら二時間前に直接繋いでいたのに、今は小さいとはいえ人一人を介しているのに。

 六年ぶりに繋いだあの日のような、でも種類の違う慣れない行為へのぎこちなさを軽く目配せをしながら感じてしまった。

「ニャンニャン、いかないの?」

「あ、ご、ごめん……」

 慌てて発した言葉が、素の声だったことにもう一度慌てて、急いで繕う。

「行こう! りおちゃん」

「うん!」

「ペンペン、も……」

「……うん」

 隼人に促された桃香は浴衣姿のせいを差し引いてもゆっくりと立ち上がって、もう一度黙ったまま隼人を見る。

「「……」」

 お互い、何とも言えない半端な笑顔で頷き合った。

 そういった後、再度声を戻して花梨に確認する。

「じゃあ、ちょっと神社のところの運営事務所、行ってくるので」

「ええ、よろしくね」

 「もうダメ、面白過ぎるこの自称幼馴染……」と横から抱き着きながら笑い転げる絵里奈の顔を「落ち着きなさいよ」と押し返しながらも、口元を多少震わせながらも涼やかな態度は崩さずに花梨が頷いた。

「何かあれば都度メッセージ入れるから……また後で合流しましょう」

「了解です」

 返事を返した後、二人を促して歩き始めた隼人の背中側で花梨が手を叩いているのが聞こえた。

「はい、あの二人だけに任せておかないわよ……ほら、絵里奈、いい加減にして」

「あ、ごめんごめん……それじゃあ、私達は」

「ピンクの作務衣の女の子を探している人がいないか、だね」

「もしかすれば隼人に似た背格好で浴衣姿かもしれない」

「ま、祭りの日にチビッ子泣かせたままにゃしておけないしな」

「おー、結城君良いこと言うじゃない」

 何だかんだ頼もしさのあるクラスメイトの会話を聞きながら、神社までの最短距離を普段の半分のスピードで歩き始めた。




 何せ流れで引き継いだため不思議な猫の役をその場しのぎの連続でグダグダでこなしつつも周囲に目を配りつつ……歩いていくと桃香、もといこちらも謎のペンギンの声に呼ばれる。

「ニャンニャン、歩くのはやいはやい」

「あ、ごめん」

 八割素、二割戻り切れていない声で言って歩調を緩める。

 探し物に焦っていた気持ちを反省して、自分の腰くらいにある顔を覗くと今は楽しげではあったものの経緯を考えれば桃香に指摘されたことを含めてそのうち疲れてしまうだろうな、と思った。

「りおちゃん、りおちゃん」

「ニャンニャン?」

「りおちゃんも、おともだちと、あれ作ったりした?」

 昨日隼人が商店街に飾り付けた近辺の幼稚園からの紙細工を指差すと、嬉しそうに頷いた。

「りお、ちょーちんつくった!」

「そっかぁ、じゃあ、りおちゃんのがどこにあるか探しながら行こう」

「うん!」

 元気なお返事を確認してから、作務衣だから良いだろうと判断して肩の上に小さな体を担ぎ上げた。

「わぁー!」

「じゃあ、行くぞー!」

 頭の上に乗せた猫を小さな手がホールドするのを確認してから、桃香の方を向いて行こうか、と切り出そうとした。

「……ふふっ」

「……な、んだよ?」

「ううん、なんでも」

 日もしっかり暮れて祭りの灯りに照らされているから、では説明できない普段と違う笑顔に行こうとした足が止まる。

「どうしたの?」

「……何でもない」

「じゃあ、行こう?」

 あべこべに促されて。

 触れている箇所こそないもののいつもの位置に来てくれた桃香と再び喧騒の中を歩き始めた。




「さすがに石段は危ないか」

「うん、そうだね」

 首尾よく「はまだりお」と元気な字で書かれた飾りも発見して。

 神社の下まで辿り着いた。

「りおちゃん、だいじょうぶかな?」

「うん!」

 鳥居の手前で肩車から下に下ろして、今度は自然に間に挟んで三人で手を繋いだ。

「行くよ?」

「よいしょー!」

「そうそう、その調子」

「ゆっくりでいいからね」

 一段一段ゆっくりと上がる歩調に合わせて、入れ違いで降りていく人が避けてくれているのに軽く頭を下げながら。

 踏み外しとサンダルに気をつけて石段を登り切り、今は夏祭りの運営事務所になっている社務所の扉をノックして、中から返事があったのを確認してから引き開ける。




 つい先程は。

 花梨に知っている人がいるだろう、とは言ったものの。

「隼人?」

 ピンポイントで手伝いに駆り出されていた家族と行き当たる。

「あ、母さん」

「ももちゃんも居たの……」

 隼人と桃香の間に不自然にある空間に気付いたのか、目線が下がる。

「……ね!?」

 過去トップテンには入るであろう動揺した表情をする母の手に持ったお盆の中で、お茶の入ったカップが倒れていく様をスローモーションのように眺めることになった。





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