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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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53.出店巡り

「歩いてるだけで」

「ん」

「楽しいね」

 出店や飾り、音や人波といった雰囲気を味わいながらにこにこしている桃香に頷く。

 隼人も勿論楽しんではいるが、時折見知った顔から「おやまぁ」な温かい視線が飛んでくるのが気にはなっている。

 全く気にする様子がない桃香は気付いていないのか大物なのか。

 時折品定めするように気になる出店の前で少し歩調を緩めて覗きながら歩いている。

「……寄るのは合流した後な」

「うん、その参考にするためだよ」

「ん……ただ、足元気をつけてな」

「え?」

 聞き返した桃香の足元から、そのタイミングを狙ったかのように草履のつま先がマンホールの段差に引っ掛かったかのような音がした。

「きゃ」

「!」

 ほんの一瞬宙に浮いた桃香の身体の進行方向に空いていた方の手を体ごと差しこんでホールドする。

「大丈夫か?」

「う、うん」

 頷いた桃香が両足を確かめるように動かしたのを確認してから、抱き止めていた方の手を外す。

「こっちも、大丈夫そうだな」

 肩と胸の境辺りで受け止めることになった桃香の前髪付近も問題ないかとチェックするついでに触れて、そのまま安堵のためそっと撫でてしまい……そこまでいってから、慌てて手を引っ込める。

「す、すまん……」

「大丈夫だけど……人のいる所じゃダメなんじゃなかったっけ?」

「……む」

 しっかり覚えていたか、と苦笑いしそうになるが……桃香がくすっと笑顔で続ける。

「でも、今のはとっても頼りになって格好よかったから……」

 おあいこ、かな? と隼人に囁いた後、繋ぎ直した手を二度、きゅっと握る。

「ありがと、はやくん」




 そんなこともありつつ。

 徐々に賑わいが増す方向に進んで、集合場所に決めていた神社の鳥居と、あと馴染みのある人影を見つけたところで桃香に声を掛ける。

「桃香」

「うん?」

「友也君たちもう来てるから……」

 手、離すぞ。と告げると抵抗するように少しの間黙って、隼人の手をぎゅうと握った後。

「うん、わかった」

 そう言って手を解いた。

 それでも並んで歩く距離は変わらないので……いっそそのままでもよかったのか? 等と思いもした。




「やあ、綾瀬さん。隼人も」

「こんにちは」

「や」

「おーっす」

 視界に入ってから普段より少し時間をかけて辿り着いた鳥居の下には友也と蓮、誠人が先着していた。

「やっぱり二人は浴衣だったか」

「いい感じだよね」

「ありがとう」

 さっきまでより年齢がちょっとだけ上がった感のある声色だな、と思いながら桃香の受け答えを聞いていると、友也の肘が二の腕に刺さって来た。

「ところで、もう僕たちは全然気にしないので手を繋いだままでもよかったんだよ? 二人とも」

 うんうん、と頷く誠人と俺見えなかったんだけど? と不満を口にする蓮。

「え? どうしてわかったの?」

 あそこから見えたの? と素直に驚いた桃香に、一寸溜息が出る。

「あの人混みで手元なんか見える訳ないんだから」

 カマかけに決まってるじゃないか……と言うものの言葉に続いて桃香の顔には完全に出てしまっていた。

「まあ、はぐれたくなかったのと、悪い虫対策だよ」

 後転倒対策……は桃香の名誉のため心の中に仕舞っておく。

 普段よりずっとぶっきらぼうに言った隼人に友也が成程成程、とにっこり笑い、誠人は素直じゃないんだね、と素朴に口にしていた。

「あー、でも確かに」

「うん?」

「隼人なら綾瀬に声かけようものなら日本刀でも持って成敗してきそう」

「ね、はやくん和服似合うんだよ」

 蓮の感想に噛み合っているのかいないのか桃香が乗っかかる。

 これに三人して苦笑いした後、話題は現実的な他に移る。

「後は、勝利と女性陣か」

「俺ならいるぜ」

「おや」

 だから「かつとし」だっつーの、と言いながら背後の石段を下駄の良い音と共に作務衣姿の勝利が腕組みして下りてきた。

「……学帽学ランで大正辺りの漫画に出てきそう」

「あー、葉っぱとか銜えて」

「うん、わかるかも」

 さっきの流れが残った隼人と蓮、桃香の感想になんじゃそりゃ、と呆れつつも勝利が石段の上を振り返って続ける。

「ちょっとこじんまりとはしてるけど、なかなか小奇麗でいい感じだった」

 あとは女子がやたら多かったな、との言葉に桃香が補足する。

「縁結びのご利益、でちょっと噂だったりするからかな」

「へぇ……」

 到着したままの流れで桃香と並んでいた隼人に勝利のみならず他の三人の視線が向く。

「吉野たちも昔からよく来てたのか?」

「今は無いけど境内にはちょっとした遊具も置いてあったから」

「ほー」

 二度ほど頷いてからひと言。

「霊験あらたか、なようで」

「そうだね」

「間違いない」

「だな」




「たぶん、なんだけど」

「「「「?」」」」

「花梨ちゃんが充分余裕ある時間きめるんだけど、美春ちゃんか絵里奈ちゃんが狂わせるんだよね」

「「「「あー」」」」

 残りの女子遅いね? 支度に時間かかるんじゃね? と集合時間数分前になった会話に桃香が立てた仮説に男子一同が頷く。

 大いに在り得ると思わせられる、とても説得力に満ち溢れたロジックだった。

「おーい」

「ももかー! と男子~!」

「何か一纏めにされたぞ」

「そうだねぇ」

 そのタイミングを狙っていたかのように、少し早めのペースでいつもの四人が見慣れない浴衣姿で現れた。

 朝顔、紫陽花、蝶、蘭と周りが一気に華やぎ、女子が桃香一人の時より更に周囲の視線を集める感があった。

「お待たせしてごめんなさいね」

「いやいや、時間ぴったりなんで」

 僅かに息を上らせて謝る花梨の謎の雰囲気というか仄かな色香に思わず男子一同整列して問題ない、と首を振る。

 一方。

「やっぱ桃香もその浴衣に合う~」

「うん、いい感じ」

「ありがと、美春ちゃん琴美ちゃん」

「と・こ・ろ・で」

「ちゃーんと吉野君には褒めてもらった?」

「…………うん」

 小さく頷いて頬にも金魚を泳がせた桃香に、美春たちが隼人に殺到する。

「やるじゃん」

「偉い」

「果報者~」

 ぱんぱん、と思うまま肩やら二の腕を叩かれ……ているうちに妙に重い拳と肘鉄が混じり始めるのに気付く。

「流石に痛いんだけど、蓮君に友也君」

「ちっ、バレたか」

「ごめんごめん、つい、ね?」

 わざと特濃の渋い顔をして見せる隼人に笑いが沸いた後、花梨が手を叩く。

「あまりここに大人数で停滞すると迷惑ね」

「確かに」

「適度にばらけつつ周っていこうか」

「丁度見つけ易い人が二人いるしね」

 琴美が人混みでも完全に頭が出る隼人と友也の間にポジショニングして両手で示した。

「じゃ、綿あめ!」

「チョコバナナ!」

 先陣を切った美春と絵里奈に続きながら。

「りんご飴、かしら」

「あ、わたしも」

 細長い列になって、夕方に差し掛かり人の増え始めた喧騒に分け入っていった。




「おいしー」

「あ、桃香、私も一口」

「いいよー」

 目的の甘味を入手して、それぞれにシェアしながら華やかに楽しんでいる女子たちの、自分ら連れ立ってますよ? というくらいの距離感の隣で。

「じゃ、僕らはカンパーイ」

「おー」

「うーぃ」

 王冠を外したコーラとビー玉を押しこんだラムネの瓶で乾杯する。

 ついさっきまで氷水の中に沈めてあった炭酸の喉越しは少しだけ蒸す外気の中では格別だった。

「くー……」

「たまらねぇな」

「吉野君と結城君ちょっとオジサンだ」

「っせーな、尾谷」

 同級生で頭を空にして楽しむのもいいな、なんて感想を抱きながら。

「じゃあ、小腹を満たしつつ遊んでこう」

「おー」

 再び動き出そうとする隊列の中で、少し大きめに声を出す。

「あ、ちょっと待って欲しいかな」

「はやくん?」

「どしたの?」

 当然近くだったのと、頼むなら選択肢は……ということでラムネの瓶を桃香に預かってもらい、鮮魚店のおじさんに声を掛ける。

「一回、お願いします」

「おお、隼人くん……やっていくかい?」

「ええ」

 小銭と入れ替わりに和紙の紐の釣竿を貰い、普段は氷が満載されている大きな水槽に浮かんでいる水風船に狙いを定める。

 手早く白地に桃色と水色のラインのものを釣り上げると、間髪入れず紐が持つうちに黒字に白と赤の二個目も手中に収めた。

 これは参ったな……と頭を掻くおじさんに小さく会釈してからグループに戻って、桃香から瓶を戻してもらう入れ替わりに白い水風船を渡す。

「わ、ありがと」

「お祭りらしいだろ?」

「うん」

 両手にりんご飴と水風船を装備した桃香はまさにそう、と言った感が強まった。

「わーお」

「ヒューヒュー」

 桃香を挟んで突き始める琴美と絵里奈、の一方で。

 まあ今更よね、と呟いた花梨と、それと同時に勝利も水槽の方に進み出た。

「私も夏祭りらしさを増そうかしら?」

「奇遇だな、委員長」

「学校の外でそれは止めてよ」

 悪い、と素直に謝る勝利。そんな二人にその後、友也や琴美も続き……。

 五分後、バションバションとゴムと水の音をひたすらさせる不思議な集団が誕生することになった。




「そこのお兄ちゃんたち」

 そんなこんなしつつ、歩いていると唐突に声が掛けられる。

「可愛い彼女に良いトコロ、見せてかない?」

 いかにも祭り会場です、という法被に鉢巻のお姉さんが隼人たちを見てコルク銃を掲げていた。

「いや、別に」

「わたしたち、そういうわけじゃ……」

 一番手近に居た隼人と桃香が応じるものの。

「嘘やん?」

「本当です」

 背中からは「まーた始まったよ」という視線が向けられるのがわかる、というか実際に聞こえて声から美春、絵里奈、蓮と思われた。

「お姉さん、この道五年でそういうのわかるセンサー搭載したんやけど」

 当たってるよなー、という声は流しつつ。

 昔父に補助されながらやっとキャラメルを落とした記憶がふと浮かんで……懐の財布に手を伸ばした。

「……落とせたら、格好いいですかね?」

「そりゃあ、お姉さんが保証する」

 おや? となっている背中側の皆の反応を感じつつ、千円札を取り出す。

 五発分のコルクを受け取ってから、桃香に水風船を預けつつ尋ねた。

「右上のペンギンで良いか?」

「うん」

 確認してから、一射目を真っ直ぐ撃って弾道を把握した後、二射目を端に当てることで標的の向きを変え、立ち位置を変えた三射目を背中に当てて目標を達成した。

「嘘やん……」

「すごっ」

「吉野君、かっこいー」

 小さな歓声と拍手が収まった後、誠人の声が聞こえた。

「吉野、大丈夫なのかい?」

「え? 何が?」

「だってこれ、弾というか、丸みを帯びてる物体、だよね?」

「……完全に球体ではないから問題ない、はず」

 と言いつつ残りの弾丸でとりあえず地味に好みな錠剤タイプのラムネ菓子でも狙うか、と放ったところさっきまでが嘘のように明後日の方向に飛んで行った。

「あれ?」

「ちょっと、亀井君―!?」

「ごっ、ごめん!」

「いい? 吉野君? これは完全な丸じゃないから大丈夫よ」

「えーっと、ほら、なんつったっけ? これ」

「円錐台、な」

「それだ、結城君ナイス!」

 何だか妙なことで心が一つになってしまっているかもしれない、とか思いながら一息ついて最後の球……ではなく弾を込める。

「あのお兄ちゃん、何なん?」

「そういう苦手意識があるんです、彼」

 屋台のお姉さんと花梨の会話を聞きながら、見事にラムネ菓子も弾き倒した。

「じゃあ、桃香」

「うん、ありがとうね」

 デフォルメされたペンギンを抱いて笑ってくれた桃香に確かな満足感を覚えつつ、希望者にラムネをシェアしながら、またしても隼人に続いて参戦した花梨と琴美、勝利の射撃を見物した。

 そして桃香のみならず美春と絵里奈も物を抱えるほどになってお姉さんが冷や汗を流し始めたところでこちらを競技終了とした。

 次はどうしようか? と最早男女が奇麗に混じった団体行動になったグループの最後尾で歩き始めると、桃香が軽く袖を引いて来た。

 少しだけ立ち止まる形になり、すぐ前を歩いている花梨と絵里奈の後姿が充分離れたところで桃香の袖に隠した囁きが聞こえた。

「かっこよかったよ、はやくん」

「ん」

 頷いて、もう一度達成感に浸りつつ、少し足早に皆を追いかける。




 その様に商品の補充を終えたお姉さんが三度「嘘やん」と呟いていた。






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