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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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51.明日は夏祭り

「あ、そうか」

 おかしな話かもしれないが、目覚めて見慣れた天井を認識した時、そう思った。

 今日も色々あるとはいえ、昨日までの非日常ほどではないんだな、と。

 そのまま流れるように桃香はもう起きただろうか……いや、まだ寝てるだろう、なんて寝たふりの寝顔を思い出しつつ考えている頭を軽く壁に当てて、自分にいい加減目を覚ませと伝える。

 言い出しっぺの癖をして迂闊に桃香の髪や頭に触れてしまいそうだった。




「ちょっと走ってくる」

 軽く身支度を整えスマホを持って、台所の母に声を掛ける。

「……マイケルもいないんだった」

 相当楽しんだんだな、俺……なんてひとり言を分析していると事情を知らない母に聞かれる。

「留学生のお友達?」

 妙なところまで生真面目な母らしい疑問に、答える。

「悠姉さんのところの犬、旅行中に……まあ、気に入られた」

「大型犬は運動量多いものね」

「何でそこまでわかるの?」

「あそこのお家は代々セントバーナードでしょ?」

 本当に昔馴染みなんだな、と再確認して納得した後、玄関で愛用の運動靴を引っかけて足首を軽く回す。

 早朝の外の空気を吸いながら軽く身体をほぐしつつ、やっぱりこっちは少し暑いな、と襟元を扇ぎつつ呟いて。

 頭の中を引き締める意味も込めて、早めのペースで走ってこようと決めた。




「おはようございます」

「おや、おはよう」

 意識して負荷をかけて今日はこのくらいか、と家の方まで戻ってくると隣の青果店前に見慣れたトラックが停められ、前掛けをした青果店のおじさん……つまり桃香の父が大汗をかきながら段ボールやらプラスチックのケースやらを荷下ろし中だった。

「ちょっとだけど、手伝います」

「いや悪いから……」

 タオルで汗をぬぐった後、一旦手を横に振ったおじさんは荷台を改めて見て少し迷った後、こう言った。

「いや、やっぱり頼んでいいかい?」

「勿論です」

 新しい軍手を渡されてそれを身に付けつつパイナップルの絵が描かれた段ボールを持ち上げながら聞く。

「やっぱり、今日は入荷多いんですよね?」

「そりゃあ、明日が明日だからね……冷やしてカットすると大人気さ」

 よっこいせ、とスイカの段ボールを持ったおじさんと外と中を互い違いに行ったり来たりを繰り返す。

 当然のように話題は夏祭りの件になり、そして。

「桃香、とは……」

 若干複雑そうな声のおじさんに、ここは堂々としないとな、俺……と意識して返す。

「ええと、お借りします」

「……うん」

「…………クラスの友達とも一緒ですけど」

「…………そうか」

 事実だけれど少々言い訳がましいか、とも思いつつ一応本当のことなので付け足すと、おじさんは不承不承、と言った感じで頷いた。

 そんな話し声に気付いたのか奥からおばさんも顔を出す。

「あら、隼人くん、ありがとうね」

「いえ、このくらい全然」

 ほんのりいい匂いのするバナナの箱を置いてからトラックの方に戻っていく……その後ろから入れ違ったおじさんとの話が聞こえる。

「お父さん、まだ渋い顔をしているの?」

「いや、だって、なぁ?」

「……隼人くんよりいい子、居ないと思うんだけど」

「……ぐっ」

「それは認めるんでしょ?」

 人並みより耳がいい自信はあるものの。

 絶対、絶対に聞こえなかったことにしよう、と走ったことや力仕事以外の汗を主に背中に流しながら、今度のグレープフルーツの箱は夏らしい爽やかな香りがするなぁ、と持ち上げる。

「これで最後、ですね」

「うん、ありがとうね」

 にこりと笑ってくれたおばさんが、次に溜息を吐いた。

「隼人くんは立派になって帰って来たのに、家のお嬢さまときたら……」

 やっぱり、まだ寝てるのか……と心の中で苦笑いしていると、丁度奥の扉から当人の声が聞こえてきた。

「もお、おかあさんたら、わたし、ちゃんとおきたしあとでおてつだいする、よ」

「……半分以上寝てるじゃないか」

 寝ぼけ眼、としか言いようのない顔に幼稚園児か、と言いたくなる言葉遣いだった。

「はや、くん?」

「おはよう」

 出来るだけ普通に、と意識しながら声を掛けると、さっきより半オクターブ上がった桃香の声が店内に響いた。

「はやくん!? なんで?!」

 わたし寝起きー! と、どったんばったんと派手な音をさせながら真っ赤な顔で奥に引っ込んで行く様をどこかで見たことあるなと見送りながら、おじさんがトラックを裏に回すのに不在で良かった、なんて思う。

「隼人くん」

「はい」

 とてもにこやかに提案される。

「これから毎朝桃香起こすのお願いしていい?」

「……とりあえず、勘弁してください」

 全く完璧に変更の余地なく拒否すると数年後に差し障りがあるんじゃないか、などと一瞬で考えを巡らせ言葉を濁す。

 あらまあ、と意味有り気に笑った後、それはそうとして、と聞かれた。

「旅行中も酷かったでしょ? あの子」

「いえ、一日除いて割と普通に起きてましたよ」

「その一日は隼人くんが起こしてくれたの?」

「……廊下で姉さんたちとどうしようか相談してたら起きてました」

 多分そうだったんだろうな、ということで嘘ではない答えの筈だった。

「え、えーっと、おはよー」

 速攻で顔を洗って上着を羽織って荒ぶっていた髪を纏めたんだな、という格好で顔を出した桃香に応える。

「ああ、おはよう」

「なんだかすごく……何か言いたそう」

「ちゃんと起きて偉いじゃないか」

「もー!」

 そんな桃香に軽く手を振って。

 朝ごはん食べていく? というお誘いは丁重に辞退して隣の我が家に戻るのだった。




 朝食後、宿題はすでに片付けていたので自主勉強と読書をしていればすぐに昼食の時間になった。

 それまでに二度、窓の外から手を振ってきた桃香に振り返したりもしたが。

 ともあれ、午後になり商店街の祭り準備に参加する時間となる。

 少しだけ久しぶりの我が家での昼食だからと母が出してくれた好物の天ざる蕎麦は美味しかった。




「んーむ?」

 馴染みの和菓子屋さんの窓に映った段ボールを抱えている自分の姿を見て若干苦笑いをする。

 雰囲気作りだから、と羽織らされた法被にねじり鉢巻きがもう浮かれている感が出て何とも言えない。

 目が合ったおばあさんには「いいじゃない」と褒められたが幼稚園児のおめかしに対するそれだった。

「じゃあ、隼人君はこっち側をよろしく」

「はい」

 理髪店のおじさんの指示で脚立に上って飾りつけを。

 メイン会場の神社周辺の設営は練達のベテラン勢に任せて隼人たちのような臨時招集組はそういう役目が回されていた。

 このまま飾っていくと家と桃香のところも通るな、などと思いながら箱を開けると懐かしい幼稚園の名前と子供たちが紙で作った提灯や水風船の工作が紐に繋がれて出てくる。

 いかにも地元の夏祭りでこれはこれでいいな、と口元を緩めながらも黙々と手を動かすことにする。

 軽く汗は流れるけれど、悪い気分ではなかった。




 しばらく作業をこなしながら進んでいくうちに。

 誰も見ないだろうけれど結び目の小奇麗さにもこだわりが出始めて軽く没頭するような状態だった。

 やり始めたら妙に拘る時がある性分なのは自覚していて、そこまでではない暑さも気にならないくらいにはなって来ていた。

 そんなタイミングでも。

「!」

 そろそろ青果店に近づいてきているな、とは思っていたが声が聞こえて周囲を見渡すと道路の反対側の脚立のところに見慣れた桃香の後姿を発見する。

 向こう側を担当していたのと飾りを補充に来ていたおじさん方二人と二言三言談笑した後、今朝とは違って髪も服装もきっちり看板娘モードを決めた桃香がお盆を片手に隼人の方にやって来てくれる。

「はやくんも、どうぞ」

「ん、ありがとう」

 脚立から降りて、輪切りのレモンが浮かんだグラスを有難く受け取って口をつけると思った以上に喉が渇いていたのか三分の二ほどを一気に飲んでしまう。

「おいし……」

「よかった」

 にっこり笑った桃香が小首を傾げて尋ねてくる。

「おかわり、持ってくる?」

「いや、そこまではいいよ」

 ここで特別に世話を焼かれるのも、という気持ちもあって辞退する。

 別にいいのに、という桃香も意図は伝わっているのか悪戯っぽく口にした。

「はやくんだけだったら、冷たいデザートもつけちゃうんだけどね」

「気持ちは貰っとくよ」

「うん」

 あまり占有するのも、との建前でグラスの中身を飲み干して桃香に渡す。

「ありがとな」

「ううん、はやくんこそおつかれさま」

 そう言った後、何かを思いついたように隼人の傍らの脚立に一段だけ登って、高低差を減らして耳打ちする。

「残りも、がんばってね」

 楽しげな顔と歩調で手を振って店の中に戻っていく。




 もう十二分に特別扱い、だった。


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