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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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05.白いおばけ

「疲れた」

 帰宅し食事と入浴を済ませて布団に寝転べばそんな今日一日に対するシンプルな感想が口をついた。

 そしてその次に頭を支配したのは今朝方夢に見た子供のころと、悠と彩の言葉、目下の悩み……つまりは全て桃香のこと。

 変わってない、とは言われてもその確信を自分で得られているわけではなく。

 ともすれば自分はとんでもない勘違いをしていないか、なんて弱気の虫が心の内に出てきそうだった。




 そんなタイミングで。

「……?」

 窓の外で、子猫の鳴き声が聞こえた。

 正確には猫の鳴き声を誰かが真似ているような、そんな声だった。

「今のは」

 慌てて跳ね起き、西側のカーテンを開け、早鐘の心音で期待した隣の窓を見れば……でもしっかりと閉じられたまま。

 再び谷底に落ちそうになる感触を心臓の当たりで味わったところで、ふと気付く。

 テープで窓に貼られた、二つ折りのメモ用紙に。




 果たして。

 桃香から以外は考えにくい、アザラシやペンギンの絵柄が付いたメモ用紙にはシンプルなメッセージが三行綴られていた。




「昨日からごめんなさい

 もうちょっと時間がほしいの

 あと、おかえりなさい」




 正座をして読んだ隼人はまたしても思考の沼に嵌る。

 喜ばしくはないような、でも嬉しくはあるような、しかし結局桃香からは避けられてもいるようで、さりとて無視という訳ではないようで。

「……」

 でも、一番大事だったものを他ならぬ自分のせいで無くしたんじゃないかという不安に潰されそうで。

 流石に目に塩辛いものが浮かびそうになって。




 このままいっそずっと目を閉じてしまおうか、と思ったところで。

「……!」

 さっきの猫の鳴き声が二度、それからもう一度間を置いて聞こえた。

 ずっと昔、夜に大きな声で名前を呼んだらいけないかな、という話になったときに「じゃあ、もも、ネコちゃんの声でする」なんて言っていた表情が蘇った。




「はい?」

 そんなことを思い出しながら、さっきと同じ動作を行って窓の外を見た隼人は、次いで呆気にとられる。

 桃香の部屋の、今度は開けられている白いレースカーテンの奥に。

「もも、ちゃん?」

「……ん」

 タオルケットを被った、こちらも白い塊が居た。

「こ、こんばん……は」

「……うん」

 白い塊からはみ出しているのはミルクティー色の細波で、たしかにそれは桃香のもので。

 小さな声も間違いはなくて。

「あの、ね……もう、読んだ?」

「まあ、時間はあったから」

 だよね……と呟いた桃香はしばし黙った後、改めて切り出した。

「いそいで伝えたかったのは……あの通り、なんだけど」

「うん」

 頷いて桃香の続きを促す。そんな行為をとても懐かしく感じた。

「ちゃんとこれは直接言わないと、って思ったから」

「……何て?」

 さっきまでの思考の残滓でネガティブに引かれそうになった心の中が次いで和らぐ。

「えへ……」

 直接姿は見えないけれど、桃香の方から流れてくる空気はとても柔らかだったから。




「おかえりなさい、はやちゃん」

 一番好きな笑い方の笑顔が伝わってきた。

「遅くなったけど、ただいま」

「うん……おかえり、おかえりなさい」

 やっぱり直接言えてよかった、なんて声が聞こえた気がした。




「え、ええとじゃあ……もう遅いから」

 しばらくの、もう心地の悪さは何処にもない時間の後、桃香が再び切り出した。

「ちょっと待った」

「うん?」

 白いタオルケットの下から薄桃色の刺繡がある袖口と指先を出してカーテンを掴んだ桃香を引き留める。

「学校では、話し掛けない方が、良いんだっけ?」

「……」

 塊が縦に頷いた。

「まだ、その、いろんな準備が」

「……準備?」

 何の? と思わず聞きたくなる。

「女の子にはいろいろあるから……」

「そっか」

 それを言われると男子にはもう何も言えない。

「あ、でも、その、ずっとダメっていうんじゃなくって……大丈夫になったら、たくさん、話し掛けてほしいよ」

「大丈夫になったら?」

「それは……いろいろのうちだから、ダメ」

 質問権の停止を宣言されたので、あとは会話を再開した時に戻る。

「わかった、じゃあ……今日はもう遅いから」

「……うん」

 そして、全く同じタイミングで。

「お話ししてよかった」

「話せてよかった」

 現状の気持ちが重なった。

「はは……」

「えへ……」

 完全に解れた心で、抜けた棘を吐き出してしまう。

「あと、嫌われていないみたいでよかった」

「……!」

 タオルケットが床に落ちる音がしたのは、桃香が立ち上がったから。

「そんなことないよ! ぜったい」

「あ、ああ……」

「そんなこと、絶対ないんだよ……」

 そこまで言った後、隼人の視線が自分の瞳と合っているのに気付いたのか慌てて白い化けの皮を被り直す。

「でも、やっぱり、はやちゃんは……悪いかも」

「え? ご、ごめん?」

「あ、ううん、そういう意味じゃなくて……」

 今度は両手を出して掌を慌てて振る。

「うう……でも、わたし、そろそろ、限界」

「ん、昔から夜は弱かったもんな」

 何度肩や腕やらを枕にされたことか、とまた思い出に笑うと桃香は若干不満そうにこう答えた。

「言いたいことはまだあるけど…………いったん、それでいいです」

「じゃあ、おやすみ」

「……うん、おやすみ」

 レースのカーテンを引こうとする細い指先が、ふと止まってもう一度最初の位置に戻る。

「ね、はやちゃん」

「?」




「おやすみなさいが言えるのも、うれしいね」

 ふわりとそう言って、さっきの倍速でカーテンと窓が閉められる。




「……変わってないけど、変わってる」

 そう呟いて隼人が窓を閉めたのは。閉めることができたのは、それから優に五分は過ぎた後だった。



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