番外06.
その週末は何の予定もしていない週末だった。
もしかすれば、あわよくば、この夏休みは何かが……ということはあったけれど、結局のところ何も起きはしなかった。
かといって家に、部屋に閉じこもってはいたい気分ではなくて、ふらりと長い散歩に出た途上で思い付いたことが一つあった。
なので、その思い付きに従って若干うろ覚えながらもそちらに足を向けることにした。
二回ほど地図のアプリに頼りながらも小一時間歩けば見覚えのある鳥居と石段の下に辿り着いた。
意を決してそちらに向かうと、丁度境内の方から地元と思しきおばさまが三名、こちらに向かって下りてきた。
会釈をしてすれ違おうとしたところ、目が合って「あらまあ」と話しかけられる。
「お嬢さん、遠くからいらしたの?」
「あ、はい……歩いて来れる程度ですが」
来ることが出来たには出来ただけで帰りは前回のようにバスで、とは決めているけれどそう答える。
「やっぱり、この神社の噂を聞いて……?」
「え、ええ」
小さく頷けば、女性三人組のおばさまたちは姦しく盛り上がる。
「ここも随分有名になってきたものね」
「お嬢さん、噂は本物なのよ」
「本にしか興味なくて女性とお付き合いした経験もない冴えないお兄さんのところに突然美人のお手伝いさんが現れたりとか」
「この神社にお参りして帰ったら将来の旦那さんが実家のお店の前で雨宿りしていたりとか」
「お守りを買った途端に今まで何も言ってくれなかった男性からプロポーズされたりもあったみたい」
「は、はあ……」
それはまた随分と凄い話ですね……と内心で苦笑いする。
「お嬢さんも、しっかり願掛けをしていくといいわ」
「あ、いえ……結果報告、ですから」
「あら、そういうことなのね」
「しっかりお礼なさっていくと良いわ」
そんなこと言われて曖昧に笑ってから、もう一度会釈してその場を離れる。
お礼と言われたけれど、一体何を? と口の中で呟く。
あさましいと言われればそれまでだけれど、お礼を言えるようなことは一つも起きなくて……むしろ、今は先程聞かされた話と自分を比べて「何故私だけ」という気持ちだけが胸を占めていた。
何も知らず……そう、何も知らずに新しい学校生活の中で隣のクラスの長身の彼の横顔に惹かれてしまい、彼に親しい相手がいることを惹かれ切った後で知っただけ。
そしてそれをどうしても抑え切れず、一抹の望みに縋っただけ。
神様もそんなことでは困るだろうけれど……疑いたくも、恨めしくも、なる気持ち。
「あら、またあの二人一緒に出掛けてる」
「本当に、昔から仲良いわよねぇ」
石段を一歩登った時、背中側から聞こえた声に何気なく振り返ってしまい……。
「……!」
慌てて正面を向き直す。
そうか、ここが彼の地元だったのか……昔からこうだったのか。
そう思いながら、もう一度だけ肩越しに後ろを見て、通りがかっただけでこちらには来ていないことを確認して当初の予定通り石段を上って行く。
その過程で、ふと気付いたことがあって……賽銭箱の前で財布を開きながら、この神社にいらっしゃるであろう神様に心の中で謝る。
御利益は、間違いないんですね……と。
そして、今少しだけ軽くなった胸の底に沈んでいるものが晴れた時には、今度こそ私にも分け与えてはくれませんか、と願いながら五円玉をそっと投じた。