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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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番外05.3+1

「みんな……あたしは、もう、ダメみたい」

「みはるー!」

「まだ駄目だって決まってないよ!」

「ほら、一緒に行くんでしょ?」

「っ……皆!」

 四人分の手がノートや参考書の広げられたテーブル炬燵の上で重ねられる。

「そうだよね! 全員で志望校受かって……桃香の王子様見るまでは止まれないんだよね!!」




 冬休み初日。

 全員が模試の結果でC判定をもらい、面談では志望校を少し下げたらどうだとも言われた結果、とりあえず集まって勉強をしようという割と真っ当な結論に至ってはいた。

 動機が若干不純と言えば不純だが、あの進学校に分類される高校に受かったなら金星だし親も教師も文句はなかろうというのが今挑んでいる目標のハードルの高さの塩梅だった。

「こんなに長時間ノートに向かっているなんてはじめて……」

「私はあるにはあるんだけどね……」

「真矢は自分の趣味の時でしょ……」

「とりあえず、疲れたときはチョコ食べようか」

 頭使ったなら糖分補給は大事だよね、と絵里奈がバックから出した徳用パッケージからそれぞれ一つずつ摘まむ。

「あ、おいしい……」

「沁みる……」

「いいよね……チョコ」

 小休止したところで。

「あ、そういえば真矢、この前借りた漫画の新刊、出てたよね?」

「右の棚の二段目」

「琴美、次は私も読みたい」

「ちょいちょいちょい」

 ふらりと本棚に立ち上がる琴美、場所を示した後そのまま前の刊を持ってベッドに転がる真矢、クッションを抱いて待機モードに入る絵里奈、に美春が突っ込んだ。

「当初の目的、忘れてるでしょ?」

「はっ!?」

「私は何を」

「というか、さっき真っ先に折れかけたの美春だよね」

 絵里奈の指摘に、美春は雄々しく立ち上がって主張する。

 さっき社会の参考資料で観た民衆を導く女神ってこんなんだっけ?

「だからこそ、今度はあたしが皆を助ける番なのよ」

「そっか……美春!」

「絵里奈!」

「私が間違ってた」

「ありがとう、美春」

「みんな!!」

 広いとは言いにくい部屋で四人がっしりと抱擁を交わす。

「……」

「……」

「ここで茶番ね、って言ってくれる花梨が居ない」

「一番柔らかくて抱き心地がいい桃香も居ない」

 やれやれ、とばかりに正気に戻りスクラムを解いてそれぞれ自分の位置へ復帰する。

「あの二人は余裕の判定でいいよねー」

「私達と違って普段からやってるからだとは思う」

「……ぐうの音も出ないわ」




 一応は一五分ほど黙々と問題集を解いた後。

「そういえばさー」

「うんー?」

 集中力も切れ始めたところで美春がポロリと何の気なしに口にした。

「桃香の王子さまってどんな人なんだろ?」

「「「!」」」

 ただの軽口ならともかく、俄然興味の湧く話題にしまったと思ったときにはもう遅かった。

「そりゃ……やっぱり、爽やかなイケメンなんじゃないの?」

 指先でペンを回しながら琴美が言った。

「小学生のころから女の子メロメロにしちゃうんだから案外ちょっと年上の甘い言葉囁くタイプなんじゃない?」

 そう言って絵里奈はチョコレートをもう一つ口に入れた。

「そこはほら、あの方を男子にしたみたいな本物の王子様タイプかもしれないじゃない」

 時折桃香を迎えにやってくる美形の上級生を思い浮かべているのか両手を合わせてうっとりと真矢が呟いた。

「そうだよねー、そこらの男子を全く相手にしないんだからすっごいハイスペックなんだろうね」

「つまり、こういうこと?」

 美春の呟きに真矢がノートの余白にさらさらとそれこそさっき棚から出しかけた少女漫画から出て来たような涼し気な男子像を描き始める。

「ふむふむ」

 美術部の本領で絵里奈が周囲に真っ赤な薔薇を咲かせ、吹き出しを付け「Je t‘aime」などと書き込み、実際に琴美が喉の辺りを押さえて作った低めの声でボイスを再現した。

「迎えに来たよ、ボクのスイートピーチ」




「……ぷっ」

「やっば……」

「え? こんな人居るの?」

「ないないないない、さすがにいない」

 四人して腹を抱えて涙が出るくらいに笑い転げた。

「あー、おっかしい」

「笑いすぎてお腹痛い」

「絵里奈、生きてー」

「うん、頑張るー」

 大波が去って、どうにか呼吸も落ち着き始めたところで美春がぽつりとつぶやいた。

「あ、もしかして」

「お? 新説キタ?」

「勝てるの? これに勝てるの?」

 指差された余白の王子を横目で見て笑いを堪えながら、発表する。

「ふつーの男の子だけど」

「だけど?」

「超大規模な果樹園の跡取り」

 一瞬他の三人が固まり、そして手やら首を横に振る。

「……いやいやいやいや」

「さすがに桃香が桃好きだからってそれは」

「何よー、ちょっとはあるかもとか思ったでしょー」

「割と有り得そうなところだから嫌なのよ」

「まあでも、いくらなんでもそんな理由であそこまで惚れないでしょ」

「だよね」




「あー、そんなこと言ってたら本当に見たくなってきた」

「その人も勿論だけど、あれだけ乙女な顔してる桃香が本人前にしたらどうなるのかもみたい」

「わかる……きっと甘くて可愛い」

「イチャイチャしてるの拝みたい……」

 真矢、琴美、絵里奈に美春が続いた。

「でも、そもそも高校に上がればやってくるわけじゃないんじゃ?」

「桃香と同じとこに進学するのが近道なのは間違いないでしょ」

「ま、四人で受ければその日調子のいい一人くらい受かるんじゃない?」

「うわー……後ろ向き」

 まあ、つまり、と美春が確認する。

「例え他が落ちようとも残った者は桃香が再会して幸せになるところまで……応援する」

「ああ、こういうこと?」

 真矢がさっき余白に落書きした隣のページにでかでかと筆ペンで書き記した。

「桃『援』の誓い、ってね」

「お、いいじゃない」

「誓っちゃおう誓っちゃおう」

 それぞれメロンソーダ、ゼロコーラ、レモンティーとブラックコーヒーのペットボトルを手に取って掲げる。

「ちゃんと写メ撮って共有だよ」

「なかなかくっつかないなら責任持って煽ること」

「オッケー」

「そんじゃ桃香と桃香の王子さまに」

 かんぱーい、と唱和した。




「あ、そういえば」

「何よ、真矢」

「……元ネタって三人で誓ってるんだよね」

「え? 何? まさか一人だけ落ちるの?」

「うわー、成績的にはあたしじゃん」

「美春……あんたの分まで桃香の恋人、堪能するからね」

「やーめーろー」

 結果は、全員受かるが一人だけ別のクラス、だった。




 美春たち、誓う(中学校三年生冬)

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