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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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49.夕暮れの衝動

「このくらいでいいかな?」

「ああ、いいと思う」

 庭先に置いた古びた色合いの金盥に注いでいた水を止めた桃香に頷いて、隼人は抱えていた桃香の家から送られてきた西瓜をその中に下ろす。

 小ぶりながらもずっしりとした重さの縞模様が水の中でくるくると回った後落ち着いた。

「じゃあ、あとはこれも」

「いぇーい」

 悠と彩がトマトにキュウリ、あとはラムネと保護者に感謝するために買ってきたビールの瓶もそこに浮かべたり沈めたりをした。

「晩ごはんの時のお楽しみ、増えたね」

「ああ」

 笑う桃香と二人で屈んで指先を冷たい水に触れさせながらしばし涼を楽しんだ後、同じタイミングで立ち上がる。

「じゃあ、姉さんたち」

「わたしたち、ちょっとお散歩に行ってくるね」

 そんな風に二人に告げる。

「あれ? マイケルはさっき連れて行ってきてくれたんじゃなかったっけ?」

 わざとらしく、わかっているだろうに聞いてくる悠には構わず。

「夕食の支度までには帰るから」

「下準備は先にしてあるのでゆっくりで大丈夫ですよ」

「うん、ありがとう」

 そのまま敷地の外に続く小さな門へと足を向けた。




「どこか目的の場所はあるんだっけ?」

 通りに出て、帽子を直していた桃香に改めて尋ねる。

「えっと、ね」

「うん」

「そんなに遠いわけじゃないところなんだけどね」

 思い出せるかな、と呟いた桃香に手を繋ぎ直しながら告げる。

「ゆっくり、回ろうか」

 今はまだ、もしかして、くらいの気持ちだけれど。

 桃香の行きたい場所には心当たりがあった。




「んー……」

 他愛もない話をしながら小一時間。

 難しい声を出して首を捻っている桃香に、話し掛けた。

「俺の記憶なんだけど」

「?」

「たしか、もう少し姉さんの別荘に近かったと思う」

 そんな隼人の話した内容ではなくて話題に桃香は驚いたようだった。

「はやくん、わかっちゃったの?」

「何となくだけどな……さっきからずっと、同じ距離くらいのところを周っているだろ?」

「うん」

 頷いた桃香が、続けて言った。

「行ってどうするんだろう、って思うんだけどね」

「ん」

「でも、そこではやくんと……えっと、何って言えばいいのかな」

 表現できる言葉を探している、それは隼人も同じだった。

「いいよ、桃香」

「はやくん?」

「もう少し探してみよう」

 今度は隼人の方から桃香の手を引いて。

 周囲を見回しながらもう少し別荘側のルートを辿り始めた。




「ちょっと、わかんないね」

「割と変わっている所も多そうだからな」

 もうしばらく回って、随分と影が長くなり鳴いている蝉も日暮がメインになりつつある時間帯になっていた。

 探していた場所は、一度しか行ったことが無く、それも偶然に着いた所だったので見つけるのに難儀をしていた……そもそもこの周囲に来るのも六年ぶりだったので。

「そろそろ、帰ろっか」

 長くなった二人分の影を見下ろしながら桃香が呟いた。

「いいのか?」

「うん」

 ほんの僅かに残念そうだ口調だったけれど、僅かだけな声色だった。

「でも、ちょっとだけ……」

「ん?」

「そこの公園で、休んでいこ?」

「わかった」




「確かこのくらいの大きな木だったと思う」

「そうかもしれない」

 けれどこんな公園ではなかったな、と隼人が指摘すると桃香も頷いた。

「びっくりするくらい道沿いだったけど、こんなに開けてはいなかったよね」

「ちょっと情けないくらいだった……よ」

 思い出し苦笑いをしている隼人の手が軽く引かれる。

「そこのベンチなんか、どう?」

「ああ」

 提案に頷いてから桃香を先に座らせる。

 麦藁帽子を膝に乗せた桃香の隣に腰を下ろすとすかさず桃香が隙間を半分に詰めてきた。

「暑くないか?」

「わたしはぜんぜん……はやくんは大丈夫?」

 暑いかそうでないかで言えば前者寄りではあったけれど、桃香が近い方が嬉しかった。

「桃香がいいならこれで」

「じゃあ、このくらいがいいな」

「わかった」

 それを待っていたかのように少し強めの夕風が吹いて、涼しさに二人で目を細めた後、桃香が口を開いた。

「本当はね」

「うん」

「あの場所じゃなくても……はやくんが覚えていてくれたらそれでいいかな、って」

「……覚えてるよ、そりゃあ」

 桃香の泣き顔の中でも特に印象に強いものの一つだったから。

「たしか、一年生の時だったよね」

「ああ……俺がカブト虫だったかを捕まえるとか言い出して」

「わたしも、それを見たいって言っちゃったんだよね」

 その時の桃香の顔がまだ思い出せるな、と呟くと桃香がわたしも同じ、と頷いた。

「なかなか捕まえられなくて少し木の多い方に入っていったら」

「ヘビが居て、わたしがおどろいて転んで……足を捻挫しちゃって」

「俺が何とかしなくちゃって思って桃香のことを」

「背負ってもらちゃったんだけど」

「……情けないことに途中で力尽きたんだよな」

 溜息を吐いた隼人の膝に手を添えて桃香がそんなことなかったよ、と言ってくれた。

「でも、あっさり見つけてもらえて」

「実は、結構近くまで帰って来られてはいたんだったよな」

「うん……でもわたし、暗くなるし帰れなくなるんじゃないかなって怖くなって」

 泣いちゃったんだよね……と口にした桃香の頭をそっと撫でた。

「そうそう、こんな風に、はやくん……優しかった」

「実は……」

「……?」

「俺も少し泣きそうだった……けど、桃香が居たから」

 隼人がそう言うと、桃香が軽く身体を預けるように寄り添ってきた。

「ありがとう」

「当たり前だろ?」

「そう言ってくれるはやくんが、うれしいよ」

「……」

「あの時から……あの時までよりもっとずっと、はやくんのお隣にいたくなるようになっちゃったんだよ」

 そして桃香の額が、隼人の肩に当てられた。

「そんなことを、思い出してたの」

「そっか」

「うん」

 周囲の音が消えたように感じているのは本当にそうなのだろうか、それとも桃香の言葉以外入らなくなってしまっているからだろうか。

「またあんなことがあったら……優しくしてくれる?」

 そんな囁きに、心を揺らされる。

「……」

「はやくん?」

「どう、だろうな」

「え?」

 桃香をいじらしく思う気持ちも無論あったけれど、もう一つ衝動に似た激しいものもあった。

「そもそも……そんな怪我なんかさせないようにするし」

 桃香が寄りかかっていた方の手を桃香の背中に回す。

「じっとしててな」

「ええっ?」

 そしてもう片方の手を桃香の膝の下に入れて、そのまま抱き上げた。

「きゃ……」

「もう、桃香を連れ帰ることくらい簡単になってるんだけど」




「えっと……その……」

 昨日クリームソーダに乗っていたサクランボか、それとも今日帰ったら割るスイカの中身か。

 そんな色に染まってうろたえている桃香の顔を至近距離で見下ろす。

「えっと……えっと」

 隼人の顔と自分の状況を交互に見た後、何とか言葉を絞り出した。

「重く、ない?」

「全然、とは言わないけれど」

 重量よりは触れている部分の感触の方が問題になるくらいだった。

「言った通り、このまま余裕で連れて帰れるくらい」

「そ、そうなんだ」

 よかった……と呟いてから、所在無さげに彷徨っていた手が軽く隼人の胸板に触れる。

「ちからもち」

「一応、少しは大人になったからな」

「うん、ほんとだね」

 桃香の驚きと緊張が少し解けたのが伝わった。

「ほんとに……このまま帰るの?」

「……」

「……どう、するの?」

「誰にも見られないなら、それも良いかな」

 夕闇、まではいかない時間ではあり、公園はともかく通りにも出るので難しそうだと思われたし、桃香もそう思ったようだった。

「じゃあ、もうちょっとだけ……」

「ん」




「ね、はやくん」

「うん?」

 互いに色々な気持ちが落ち着けるくらいの時間の後、桃香が内緒話の声量で呼びかけた。

「上手く言えないんだけど……ちょっとだけ、怒ってた?」

「ん……」

 少し置いてから、返す。

「前にも言ったというか……桃香に言われたんだけど」

「わたし?」

「どうやら俺は昔の自分に嫉妬しているらしいから」

「……あ」

 そっか……と呟いた桃香が少しして口を開く。

「はやくん、一回下ろして?」

「わかった」

 一回? とは思ったもののそっと桃香の身体をベンチに戻す。

「さっきはいきなりでびっくりしたよ」

「……それは、悪かった」

「だから」

 にこりと笑った桃香が両手を隼人に差し出した。

「優しく、もう一回抱っこして?」




「こう、か?」

「うん♪」

 一分も間を開けず、再び桃香を腕に収める。

 違いは今度は隼人の両肩に回された桃香の腕と、それによって若干下になる桃香の背中に回した隼人の腕のポジション。

 それと。

「えへ……」

 さっき以上に近い桃香の表情。

「どうした?」

「優しくもいいけど……ちょっとだけ強引なはやくんもよかったな、って」

「……どっちだよ」

「どっちも好き、ってこと」

「!」

「ね?」

 ふわりとした微笑みに、さっきいきなり抱き上げたときの桃香の表情くらい熱を持ってしまう。

「それじゃ、ダメ?」

「……そう、だな」

 少し考えて、優しい言葉に溶けそうになって……でも、と止まる。

「やっぱり、もっと桃香の気持ちを貰えるようにしたい」

「そう……なの?」

「桃香が前よりずっと可愛くなっているんだから、そうじゃないと釣り合わないだろ」

「!」

 瞬いた桃香が、尋ねてくる。

「ほんと?」

「本当」

「ほんとに、そう思ってくれてるの?」

「このことに嘘はつかない」

 言い切ると、桃香はくすぐったそうに笑って。

 それから今日一番隼人の近くに寄って、一番小さな声で囁いた。

「ありがとう、昔よりずっとかっこいいはやくん」





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