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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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47.別荘での夜に

「これは眠そうだなぁ」

「うん、相当来ている」

「七割寝てるな」

「もう八割で良いと思う」

 反対側のソファーで心地よさそうに目を細めながら彩にドライヤーを当てられている桃香を眺めながら悠と隼人は感想を述べていた。

 さながら癒し系の動物の動画を見ているような気分だった。

「はい、いいですよ、桃香」

「うん……ありがとぉ」

 夕食の片付けの後、しっかりと辺りが暗くなるのを待って大袋で買ってきた花火を楽しんだ後そのままリビングでのんびりとした時間を過ごしていたが、桃香の限界が見えて今日は早めに休もう、となったところだった。

「この状態の桃香を隼人の膝に寝かせたらどうなるだろう?」

「普通に寝るだけだと思うよ」

 軽く苦笑いしながら、揺れながら立ち上がった桃香に合わせて隼人も席を立った。

「こっちも準備してお風呂を済ませるよ」

 ゲストハウスとしても使うことがあるというこちらの別荘はそこまで大きくないものの浴室は二つあって今回は男女別で使用していた。

「じゃあ、このまま桃香を送っていってくださいね」

「一応そのつもり」

 普段は雰囲気だけだが今は歩き方までほわんほわんしている桃香を一人で部屋まで行かせるのは憚られた。

「隼人」

「何?」

「寝かしつけのためなら特別に桃香の部屋に入室を許可する」

 物々しい雰囲気を出して組んだ指の上に顎を乗せた悠に苦笑いで答える。

「今の桃香なら横になったら三秒だよ」

 実際、今の悠の発言にもほとんど反応を示していなかった。

「じゃあ……おやすみ、おねえちゃん」

「うん、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 小さく手を上げた後、殆ど開いて無い目で揺れながら部屋に戻ろうとする桃香……を流石に見かねてリビングから見えなくなったところで手を繋ぐ。

「えへ……」

 湯上りの肌の暖かさにくすぐられながらも難所の階段も無事突破し、桃香の部屋のドアを引き開ける。

「……ありがと」

「いいよ」

 手を離して桃香を部屋の中へと促すが、桃香の足は静止したままで。

「ん」

 少し俯くようにして、隼人に頭を差し出した。

「折角綺麗にしてもらったところだろ?」

「いいの」

 遮るようなタイミングで言われて、そこは眠そうだけどはっきりしているんだな、と思いながら要求通り頭を撫でる。

「おやすみ、はやくん」

「おやすみ、桃香」

 部屋の中に入った桃香が振り返って、扉を閉める動作を一度止める。

「今日はプレゼント、ありがとう……すっごく、うれしかったよ」

「ああ」

「また明日ね」

 ふわりと笑って、ゆっくりと閉め切るまでを見ながら。

 思ったことは桃香が眠りに落ちるまでも一緒にいたならそれも魅力的な時間なんだろうな、ということ。

 勿論、どれだけ距離感が近い仲でもそうするためには今よりもっとつけなければいけないけじめ、は理解しているつもりだった。

「……」

 でもそんな風に考えたくせに、着替えを取りに戻った自室で心の中で今度は昼寝から目覚めたときに目の前にいた桃香を思い出している。

 そっと桃香のいてくれた辺りのシーツに触れながら、どうあっても好きなんだよなと自分に呆れながら……廊下に出て桃香のいる部屋の扉を見ながら、もう一度おやすみと呼びかけた。




「案外普通に帰ってきましたね」

「帰って来たな」

 で。

 着替えを持って一階に戻れば「ふーん」という顔つきの二人が待っていた。

「いや、どうしろと」

 まさか幼稚園児だったころのように手を繋いで同じベッドで寝てろ……という訳にもいかないだろ、と思いながら。

 思ったところで午後の桃香の大胆さならやりかねない、とも考えたが。

「言った通り、もう少し桃香を愛でてから戻って来ても目を瞑ったのになぁ、ってだけ」

 口の前に指を立てて片目を閉じて見せる悠に苦笑いする……確かに悠なら片方だけ瞑って、その上で残りの目でしっかり見てくる気がする。

「そういうのは例えしたとしてもしたとわからないようにするものじゃないかな? それにそういうのは恋人同士がするものだろうし」

「ほう?」

「へぇ?」

 唇をニヤリと上げた悠と目を細めた彩に、口走ってしまった後半が余計だったと後悔するがもう遅い。

「あんなに仲睦まじくして、桃香に可愛い顔をさせているのに、か?」

「一昨日の夜からずっと、隼人と居られると桃香の幸せオーラが留まるところを知りませんからね」

「というか、今日もしっかり桃香を途中で連れ去っていったよな」

「その後、ご機嫌で隼人の腕に抱き着いて帰ってきましたよね、桃香」

 極上の微笑みを浮かべる悠とそれを受けて頷いた彩の二人の言葉が次に重なる。

「「むしろあれで恋人じゃないなんて誰も信じない」でしょう」

「……」

 悠と彩の性格上、示し合わせたというよりは素で息が合ったのだろうけれど。

「花梨に聞いてもまーだ学校じゃ『幼馴染でーす』とか言ってるらしいけど、ちょっとばかり無理があるんじゃないか?」

 また結城君辺りに怒られるぞ、と悪い笑みを浮かべる悠に言い返す。

「いや、嘘でもないし、本当のことだから」

「ふぅん?」

「隼人?」

 そんな桃香とも両親ともクラスメイトとも違う近しい存在に、そうだから言える本音が零れ出た。

 少しだけ背筋を伸ばして二人を見返す。

「ずっと昔から一緒にいて、そこで多少の好意を貰っていたからってだけで桃香は俺のだって、そんなの言いたくない……そんなの、男らしくないじゃないか」




「……」

 あの後。

 強引に二人の間に座らされて「すっかり素敵な男性になりましたね」と頭を撫でてくる彩と「前に言っていた考えとはそれか」と深く頷いた後「やはり隼人になら桃香を任せられるな」と派手に遠慮抜きの力で背中を叩いて来る悠から逃げ出し、頭から冷たくしたシャワーを浴びていた。

 桃香は誰のものでもないだろ……何て呟くがその瞬間自分の欲している所と完全に矛盾しているのに気付いて軽く浴室の壁に額を当てる。

 益体も無いことを考えながら、ただ、ほんの少しほっとしている自分も自覚する。

 今の隼人たち二人が桃香が良いと言ってくれているものの、少しだけこれで良いのかとも思っていたんだな、と……あの二人がああしてくれたことで気持ちが少しだけ軽くなっていた。

 遠回しに肯定を求めていたんだな、と。




 烏の行水、よりはほんのちょっとだけ長い入浴を済ませた隼人は浴室に逃げる前に悠に頼まれたことに従って階段を三階まで登っていた。

 悠と彩はどちらかが入浴でどちらかが準備なのか幸い姿が見えなかった。

 目的の部屋の前に着いて、軽くノックをする。

「はい?」

「隼人ですが、お風呂終わりました」

「ああ、了解」

 用件を伝えて部屋に戻ろうとしたところ、ドアが開かれて夜の廊下が一気に明るくなった。

「ちょっとだけ待ってもらっていいかな?」

「……? はい」

 年相応かやや上な見かけをしている自分の父と同い年の筈だが、下手すれば三十代半ばにも見える容姿の悠の父が顔を出していた。

 見た目が若作りなのもあるが駅に迎えに現れたときや庭でのバーベキューの時に盛り上がっていた印象も作用はしている、兎に角陽気な小父さんだった。

「どうだい? こっちに来て楽しめてる?」

「それは……もう」

 結構色々とあった筈だが思い出が桃香の楽しそうな顔でしか出力されず一人でこっそり焦る。

「まあ、あんなに可愛い彼女が居たら当然かな」

「いえ、その、特に……そういうわけじゃないです」

 母の交友周りからそういう風に見られている気はしていたがここまで直接切り込んでくる人は初めてだった。

「え? そうなのかい?」

「ええ、まあ、その……」

「オジサンでよければ相談に乗るよ?」

 これでも一時高校教師もしていたからね、と言いながら隼人の目の前に封筒が差し出された。

「大昔に彼女を泣かせてしまったお詫び……兼、若い二人への応援」

 完全に母親と瓜二つな悠だけれど、目の前のウィンクは父親譲りなのだな、とわかるものだった……あと、人の話をわざと聞いていない時があるな、というところも。

 促されて手に取って開ければ月末の花火大会の指定席チケットだった、当然ながら二人分の。

「これって……」

「仕事関係での貰い物、だから気にせずに使って」

 自分で入手しよう、と思っていたからわかるそれなりに高価な席。

 その旨を伝えて辞退しようとするも。

「その代金は取っておいて、別のことに使いなよ」

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「うん、そうしてくれるとこちらとしても嬉しいからね」

 彼女が学生の頃じゃないとできないデートなんかもあるから……と言われて引っかかる。

 悠にはすぐ上とそのまた上に年子で兄が居て、その一番上の兄さんが生まれたとき悠の母親は昔の法定で辛うじて成人で、確かそれなりの年の差があって……。

「おっと、そのチケットは口止めの見返りも兼ねないといけなかったかな」

 一応弁解するなら昔教師をしていたのは男子校だからね、とだけ言われて意味深に笑われる。

「まあ、良いものだよ、誰かを好きになるってのは」

 頑張って、と手を振られて部屋を辞した後。

 二階に降りて自室の隣の扉の前で。

「知っています」

 と随分時間差を付けて答えた。


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