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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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46.贈り物と貰うもの

「ちょっとだけ、びっくりしたよ」

 再度落ち合う場所と時間を決めた後。

 向かう方向を促しながら今度は直接桃香の手を包むと、そんな言葉を掛けられた。

「ずっとお姉ちゃんたちと行くのかなって思ってたのに、いきなりあんなこと言われたら」

「ん……」

「でも、はやくんと二人で回りたいな、ってちょっと思ってたから……」

 包んでいた桃香の手が軽く暴れて、指同士を絡めるようにして繋ぎ直された。

「やっぱり、うれしい、かな?」

 デートだもんね、と呟く桃香の言葉と同じことを思いながらも。

 観光地で二人きりになり……また浮かれ始めている気持ちで口にした。

「桃香さえよかったら」

「うん」

「姉さんたちみたいにしてみるか?」

「えと……」

 一瞬考えた桃香が、もう既に力を全く入れてなかった隼人の手を離して、もっと上の部分に遠慮がちに触れた後、ゆっくりと腕を絡めた。

 一度その形になってしまえば、もう簡単には離れないくらいにしっかりと。

「こう?」

「ああ」

「えへ……」

 呟くような甘い吐息が耳と心にくすぐったかった。

 昨日後ろから目隠しされた時と同じように桃香の柔らかさが気になったが……そこは隼人の方の胸に仕舞う。

「デート、だね」

「……今からもう少しそれっぽくするけれど」

「え!?」

 照れ隠しも兼ねて、桃香を驚かせるように言った。

 少々素気がなさ過ぎたかな、と言ってから反省しつつ。

「ね、はやくん」

「ああ」

「どこに、行くの?」

 並んで歩きながらも行きかう人を避けられる位置取りをしながら、覚えしていた場所を目指していた。

「ちょっと、買いたいものが」

「買いたいもの?」

 不思議そうな声に頷く。

「二人じゃないと買えないもの?」

「そう、だな……」

 少し考えてから、思うところを口に出す。

「場合によっては俺一人だったり……逆にあの二人に手伝って貰ったりというのもあるかもしれないけれど」

 丁度到着して、さすがに組んでいた腕は外して目的の店内に入れば、明るさを押さえた古めの建屋の中で商品を飾った棚が照明で煌めいていた。

「今回はきちんと桃香に聞いてから、と思った」

「そうなの……?」

「桃香に身に着けてもらうものの贈り物だから、きちんと桃香の好みに合うものにしたい」

「え!?」

 思わず立ち止まった桃香の反応を敢えて無視して、促すように手を引いて目的の棚まで真っ直ぐに向かった。

「これ、なんだけど」

「わ……」

 気になっていたものを示せば、桃香は驚きの表情で口元を押さえた。

 その反応に自分の考えを確信しながら告げる。

「桃香のためのものだと思うし、とても似合うと思うんだ」




「ああ……」

 別荘に帰り、部屋に戻り。

 思わずベッドに突っ伏しながら吐いた息に、さっきからずっと胸の中に溜まっていた熱が籠っていた。

『ずっと大切に、するね』

 頬を染めながら包みを抱いた桃香の笑顔が鮮やか過ぎるくらいに閉じた瞼の裏に蘇る。

 思わず抱き締められたらと思うくらい、何かを叫びたくなるくらいの愛らしい表情を自分がさせることが出来たという気持ちが暴れている……桃香の笑顔に比べて現実的な話になるが夏休みのアルバイトを行って本当に良かった。

 そんな考えが結びついて……三か月分が云々と聞くモノ、をもし桃香に贈れたなら、に想像が飛んで自分で自分の頭を叩く。

 普段と違う環境と距離と、昨日事故で開いた白いドレスの広告にやられてしまっているとは思っている。

 これは危ない、いけない、と考えるものの……果たして一体何が、なのだろうか。




 そうしているうちにいろんな考えがこんがらがって……ただ、その中で一番意味の大きな言葉を口にしていた。

「桃香」

「はい」

「!?」

 ある筈がない返事に驚いて目を開けて……寝落ちていたのか? とほんの一瞬だけ困惑するものの、それ以上の驚きがそんなものを吹き飛ばした。

「おはよ、はやくん」

 隼人と同じベッドに頬を預けて、ミルクティー色をした髪の細波の中で目を細めて微笑んでいる顔が息遣いさえわかる距離に。

「俺、寝てた?」

「うん、とっても気持ちよさそうだったよ……これで」

「これで?」

「前に、わたしが寝顔見られちゃったの、おあいこかな」

 そんなこともあったな、と寝起きと桃香に見惚れていることの二重で呆けている頭が思い出す。

 併せて水族館の帰りにもたれかかられたことも思い出すが、あの時は二人の高さの差と髪に埋もれて表情までは良く見えなかった、ので触れなかった。

「あと、今朝さいしょにおはようって言えなかったのも、少しだけ残念じゃなくなるかも」

 それは良かった、と返しながらも果たしてそのことはどのくらい意味のある事なんだろうか……と考えるが、あまり回っていない頭は桃香が嬉しそうなら良いのかと分析を放棄していた。

「桃香は」

「うん」

「何でここに?」

「えっとね……さっきのお礼をもう一回言いたかったのと、はやくんのど乾いてないかな? って思ってお邪魔しようとしたら、ね」

「ん」

 首と視線をずらせば机の上にはグラスが二つ汗をかいていた。

「すぐに返事はなかったけど……わたしの名前呼ばれたから、入っちゃった」

「そうか……いや、そうじゃない」

「?」

「俺、桃香のこと呼んだ?」

「うん、二回も」

 桃香がその回数分の指を立てた。

「お部屋に呼んでくれたときと、ついさっき」

「……」

 果たしてこれは失態なのか、何なのだろうか。

「うれしかったよ」

「……そう、か」

「どんな夢、みてたの?」

 くすぐったくなる笑い方が、また心の深い場所に届く。

「夢だったかどうかはよくわからないし覚えてないけど……」

「けど?」

「きっと、桃香のことを考えていたんだろうな」

 無性に触れたくなって、桃香が二人のちょうど中間位置でシーツの上に預けていた手に指を伸ばすけれど。

 いつもならそのまま受け入れてくれるかむしろ桃香の方から迎えてくれるのに今はさっと引っ込められた。

「桃香?」

「……」

 意味有り気な表情をされて、少し迷うもののその表情そのものに指を伸ばした。

 人差し指と中指でそっと桃香の頬に触れるとそれが正解だと教えてくれるように桃香も自分から隼人の指に甘えるように目を細めて頬ずりをした。




「ところで、なんだけど」

「うん」

 咳払いして、意識していつもの自分の声に戻して尋ねる。

「俺、どのくらい寝てた?」

「えっと……わたしが来てから、五分くらい」

「……その間桃香はそうしてたのか?」

「うん」

 頷いた桃香は両膝を床に付いて胸から上をベッドに預けるような体勢をしていた。

「膝、痛くなるだろ」

「だいじょうぶだよ」

「でも、良くはない」

 自分も上半身を起こしながら、促して桃香をベッドに腰掛けさせる。

 その後で隼人本人は椅子の方に移ろうとしたが桃香の手がそっと太ももの方を押さえてきた。

「こっち」

「ん……」

 隣にいるように、と促されたことには頷いて。

「でも折角桃香が持ってきてくれたから」

 グラスを取って、一つは桃香に渡す。

「ありがと」

「いや、持ってきてくれた桃香にこそお礼言わないといけないんだけど」

「まあまあ」

 溶けかけで大分角の取れた氷が浮かんでいる麦茶が七分ほど。

「ん……」

「こう?」

 そんなお互いのグラスに互いに目が行って、何となく軽くガラスの音を二人でさせた。

「えへ……」

「はは……」

 それが無性に楽しいことのように感じられて何度目か二人で笑い合った。

「このまま、もうちょっとのんびりする?」

「そうしようか……ああ、でも、頼まれてたことがあったんだ」

 悠に、大好評につき、と言われていた。

「ケルちゃんのお散歩?」

 そこで切るのか、と思いながらも首を縦に振った。

「わたしも最初だけ一緒に行っていい?」

「最初だけか……」

「だって、今朝帰ってくるときとかもすごいスピードだったよ」

 確かに比較的軽めとはいえしっかりスピードも出て、悪くない感覚だったと思う。

「思いっきり行ってもらって、帰りに合流ね」

「ん、了解」

 そうしたら、と桃香が続ける。

「みんなで、カレー作りだね」

「……相談次第だけど辛めのがいいな」

「夏だしそういうのもおいしいよね」

 うんうん、と頷く桃香にもう一つ理由を述べる。

「日中はちょっと甘いものを食べ過ぎたから」

「……お散歩、もうちょっとがんばろうっと」

 そんな桃香の呟きに、必要ないのにと思いながら。

 もう一口、まだ冷たい麦茶を飲んだ。


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