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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
51/225

45.白と緑と赤色の

「お邪魔するね」

 朝食の後、部屋で少し休んでいると軽く木製のドアを叩く音が聞こえた。

 このドアとノックの向こう側に桃香が居るのにも少し慣れ始めたな、と思いながら迎えに行けばその桃香はいつもと違って緩めの三つ編みを肩から下げていた。

「どうかな?」

 その髪を軽く指先で掬うように持ち上げた先は薄桃色のリボンが飾られていた。

「ちょっと驚いた」

「そう?」

「そこまで違う髪型は初めてじゃないか?」

「そう、かも……ちゃんと」

「勿論、似合ってる」

 隼人の場合、桃香が女の子らしい髪型をしていたなら無条件でそう言ってしまうとは思いながらも口から出していた。

「うん、ありがとう」

 満足そうな桃香の顔に安堵しながらも、もう少し褒め様があっただろうという声が内心でする……じゃあ具体的には? とその声に聞き返しても所詮は語彙にも経験にも乏しい隼人自身なので碌な答えが返ってこないのだが。

「じゃ、座ってね?」

 そんな葛藤をしていたため、桃香の言葉には素直に従って椅子に腰かける。

 立ったままの桃香とは普段の身長差が逆になった。

「んー」

「どうした?」

「普段はやくんからはこんな風に見えてるのかな?」

 ちょんちょんと旋毛の辺りをソフトに突かれながら、くすぐったさに耐えながら返す。

「桃香は基本こっち見てるからこのアングルには滅多にならないよ」

「そ、そう?」

「ああ」

「そっかぁ」

 はにかんだ桃香が何かを納得したかのように頷いて、ポケットからチューブを取り出した。

「じゃ、日焼け止めするね」

 そう言った後、あっ、と言い直す。

「お散歩行く前にしてあげなくちゃダメだったね」

「あれは散歩ってより長距離走だったけど……朝だし日陰も多かったからそこまでじゃなかったよ」

「そっか……じゃあ、あらためて、するよ?」

 人差し指の先に白いクリームを少量出して宣言する。

「えへへ……」

「ん」

 額、鼻先、両方の頬と都合四度触れられた後、一旦後ろを向かされ首筋にも。

 触られた隼人の方がそうなるだろうに桃香の方がくすぐったそうに笑っていた。

「おでこ、失礼しまーす」

 こんな風に馴染ませてね、と説明されながら。

「残りは、どうしよっか?」

「……自分でする」

 桃香の柔らかな手付き自体は心地よかったけれど、別の意味で駄目だと思い残りは自分で行う。

「……どうした?」

「えっとね」

 その様子を見ていた桃香が、終えるのを待って口を開く。

「はやくん、右手出して?」

「ん?」

 言われるままに日焼け止めを延ばしていた手を差し出せばその指先にクリームを乗せられた。

「もう少し塗っておいた方がいいのか?」

「……ううん」

 三つ編みを揺らしながら首を振った桃香がベッドに腰掛けて隼人に背中を向けて視線だけを一瞬寄越す。

「わたしも、今日は首の後ろ出てるから、お願いしていい?」

「え?」

「ね?」

 見せている肌に朱を差しながら、強めに促される。

「いい、のか?」

「はやくんなら」

 珍しい早口気味に言われて、もう一回迷ったもののそっと手を伸ばした。

「えっと、いくぞ?」

「うん……」

 身体を縮ませながらも首を縦に振った桃香のその首筋になるだけ直接触らぬように指を伸ばした。

「くすぐっ……た、いね」

「俺もさっきはそうだった」

「あ、そ、そだね」

 ひゃああ……と本当に桃香以外誰もいない環境なら嗜虐心に身を任せそうになる小さな悲鳴を上げる桃香に尋ねる。

「止めるか?」

「やだ」

「ん……」

「それに」

「それに?」

「日焼け止めはしっかりしないと、だよ」

 その反応でよくもまあそう言えるものだ、と妙に感心していると、突然ドアがノックされる。

「桃香? もこちら?」

 大きくはないものの聞き取り易い彩の声に、隼人は椅子からひっくり返りそうになるのを堪え、桃香は何時にない素早さでベッドの上を隼人から離れる方にスライドしていた。

「ど、どうぞ」

「そろそろ出かける頃合いですが……」

 そう言って顔を覗かせた彩の表情にはこう書いてある、「一体何をしてたんです?」と。

「はやくん、日焼け止め持ってないっていうから……」

「ああ、ケアは大事ですね」

「うん、でしょ?」

 印籠のように突き出して見せたチューブを持って、桃香がベッドから立つ。

「お出かけ、準備してくるね」

 彩に言って、隼人を見て、隣の部屋に小走りには至らないスピードですり抜け足早に去っていった。

「隼人」

「はい」

「私の使っている日焼け止めはスプレータイプですが」

「そ、そうなんだ」

「ええ、そういうのもあります」

「……」

「……便利ですよ?」

 顔色一つ変えず、いつもの澄ました表情で隼人を見てくる。

「やっぱり桃香に借りる」

「おやおや」

 桃香はきっとがっかりしてしまうから、という口の中の言い訳。

 まあ、二人の問題ですが……と彩が言う。

「隼人と桃香のお気に召すように、どうぞ」




「さーて、どこから回ろうか」

「悠姉のお気に召すまま、でどうぞ」

 黒髪とリボンを靡かせながら辺りを見回しながら行き先を吟味する悠にいつもの調子で彩が応じた。

「きれいな街だから、お散歩するだけでも楽しそう」

「よし、じゃあ、あっち」

 昨日のように隣にいた彩の手を組んで歩き始めた悠の後姿を見て、隼人と桃香は顔を見合わせる。

「わたしたちは……どうしよっか?」

「……繋いでないとはぐれるほどではない、かな」

 はっきりと聞かれると迷いが生じてしまった隼人に、桃香が提案する。

「じゃあ、ちょっとやってみたいことがあるんだけど」

 いいかな? と首を傾げられる、と頷いてしまう。

「えへ……」

 肩から掛けていたボディバッグの紐を桃香がそっと持っていた。

「これで、どうかな?」

「いいんじゃないか?」

「うん」

 小走りまではいかないペースで悠たちを追いかける。

「はやくん、はやくん」

「ん?」

「わたしは大丈夫だけど、はやくんは、手、さみしくない?」

「……今のところは」

 にこにこと見上げられている視線を感じながら答えた。

「さみしくなったら、いつでも言ってね?」

「……覚えとく」

「うん」




「あー、涼しい」

「最高だなぁ……」

 たっぷり二時間以上は散策を楽しんだ後、入ったカフェの店内は弱冷房とはいえ天国のようだった。

「この季節ですからね」

 あまり表情に出さない彩も明らかに涼しさに一息吐いていて、隼人は思わずお冷を一気に飲み干していて……丁度ポットの前に座っていた桃香がすぐに次を注いでくれていた。

「ありがとう」

「ううん」

 そしてそんな隼人以外の女性陣もそれぞれに冷たい水に喉を潤していた。

「何を頼もうか?」

「正直、飲み物だけで良さそうですが」

 昼食には遅い時間に差し掛かりつつあるが、幾つか食べ歩きも楽しんだのであまりそういう感じではない、というところだった。

「はやくんも?」

 男の子なのに? なんて風に桃香が聞いて来るが。

「そうだよ」

「朝の量がすごかったものなぁ」

 頷いた隼人の向かいで悠が可笑しそうに、そしてからかうように言った。

「え? そう、だった?」

「あー、えっと、まあ、うん」

 悠の指摘に本気で驚いた顔をした後、桃香は隼人を伺うように見てきて……何とか濁そうとするが、最終的に頷く。

 卵二個分の目玉焼きはまあそうとして、厚切りのベーコンが五枚とたっぷりのサラダ、そして。

「あんな若奥様感満開の桃香に見つめられたら、ご飯お茶碗三杯は軽く完食してしまいますよね、隼人」

 円形のテーブルで桃香と反対の斜向かいの彩の言葉に、わざと言語化せずにいた今朝の感想を刺激されてやっと涼め始めていた顔の熱がぶり返す。

「軽くではなかったよ……」

 せめて、そこは否定できる個所を見つけて絞り出したが。

「えっと、ごめん、ね……いっぱい食べてくれるとうれしかったから」

「勿論、嫌でもなかったよ」

「ほんと?」

「うん」

 桃香を軽く落ち着かせた後、提案する。

「冷たい飲み物だけでも、早く頼まない?」

「まあ、そうしましょうか」

「うんうん」

 一言言って満足したのか、彩も首肯したものの。

 今度は悠がメニューの写真を楽し気に見せてくる。

「ところで、こんな飲み物もあるみたいだけれど?」

「……わ」

 どう見ても二人分であろうトロピカルドリンクの写真に桃香がまた少し頬を染める。

 本当に実在するのか、と隼人はハート形に曲げられたストローにある意味感心した。

「ちょっとソーダ系飲みたい気分だから、遠慮しておくよ」

 正直、いつかは悠は煽ってくると思っていた事例なので予め備えていた桃香が炭酸を飲めないことを利用する答えでガードする。

 複雑と安堵が四対六、といった顔をしている桃香には内心でやるにしても今じゃあないだろうと呟いた。

「えー、実物見たい」

「……やるなら姉さんたちでどうぞ」

「私はしませんよ」

 隼人より素早く、それこそ秒で拒否した彩に、悠は桃香に泣きついた。

「桃香、二人が冷たい」

「えーっと、外、暑かったからちょうどいいよね」

「……ちぇー」

 普段のお嬢さまは何処へやら、といった感じで唇を尖らせた悠にあることに気付いて隼人が声を掛ける。

「姉さん、後ろ後ろ」

「ん?」

 丁度、件のジュースをもった女給さんが奥の席に向かって歩いていくところを目撃する形になった。

「よかったね、姉さん」

「よかったですね」

「……わーい、やったぁ」

 棒読みで喜んだ悠は、珍しく遂に諦めた様子だった。




「わぁ……」

「これはなかなかですね」

 そんなこんなで注文した飲み物が届いて。

 見た目の面でも満足感の高い様に小さく感嘆の声を漏らして……思わず各々が自分の分を写真に収める。

 隼人も涼やかなメロンフロートを何枚か撮って、出来栄えを確認した。

「あ、そうだ」

 お姉ちゃん、と桃香に呼ばれて悠が応える。

「どうした? 桃香」

「一緒に旅行に行くよ、って話したら真矢ちゃんが一枚お写真、って頼まれちゃって」

「おやおや」

 一気に機嫌を直した悠がカットフルーツのたっぷり入ったノンアルコールサングリアを片手に微笑みを浮かべる。

「こんな感じ?」

「うんうん、とってもいいね」

「相変わらずそういうのは得意ですね」

「彩、五月蠅い」

 苦笑いしつつ、桃香が送信を終わるのを待って、声を掛ける。

「桃香」

「うん?」

「よかったら、アイスのところ少し食べるか?」

「いいの?」

 頷きながら細いスプーンを手渡しながら。

 横から飛んでくる「ふーん、普通に渡すんだ」という二人分の視線は受け流す。

 流しながらも、二人に対して口を開いた。

「姉さんたち」

「うん?」

「どうしました?」

「後で帰る前に……桃香と二人で少し行きたいところあるんだけど」

 良いかな? と聞いた隼人の視界の端で、スプーンを口にした桃香が三度フロートに乗せられたサクランボと同じ色の頬をしていた。


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