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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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44.Good morning

「んぁ……」

 目が覚めて最初に気付いたのは自分が起きたということで、目に入って来る部屋が違うことで今現在避暑旅行中だと思い出す。

 すっきりとした目覚めと、想定より明るい窓の外に結構寝たのかな、と思いながら手探りで探し当てて目の前に持ってきた画面の時計表示は六時前。

 普段に比べれば寝坊気味、といったところだった。

 悠の意向で食事の準備諸々も自分達で行うことになっているので、さっと着替えて下に降り、段取りを確認することにした。

「ももか、は……」

 まだ静けさそのものの隣の部屋のドアを見ながら一応起こすべきか迷う……と再会した日に見た無防備な寝顔を思い出してしまう。

 可能ならまた、あの愛らしく穏やかな顔を今度はもっとしっかり見てみたいという望みは否定できなかった、が。

 流石にそれは良くない、けれど今はどうしたものか……部屋の外から声だけかければいいじゃないか、と考えを進めてノック抜きで扉に声を掛ける。

 起こさない程度で、起きていたら聞こえるくらいで。

「桃香?」

 その後、かなりゆっくり心の中でテンカウントしたが特に様子が変わることはなく、一旦下を覗いてからでもよいかと階段の方に向かった。




「おや、おはよう」

「おはよう、隼人」

 一階に降り、まだ誰も起きてはいないかな? と思ったところで悠と彩がいつもと比べれば若干ラフな格好で連れ立って現れた。

「姉さんたちも、おはよう」

「そっちも今起きたところですか?」

「うん、まあ」

「よく寝られたか?」

「おかげさまで」

 話しながら、自然に三人とも階段に目を遣る。

「桃香は?」

「まだ部屋は静かだったけど」

「昨日は随分とはしゃいでいたからもう少し寝かせてあげても良いかもしれないですね」

 彩の言葉に隼人と悠も頷く。

 桃香は比較的よく眠る、というのが小さい頃から知る人間の間では共通認識だった。

「朝食の準備はもう少し後で始めるとしましょうか」

 とりあえず手分けしてカーテンと窓を開けていると悠が隼人の後ろに近付いて話を振ってくる。

「隼人的には」

「うん?」

「やっぱり桃香は自分で起こしたかったりするか?」

「……必要に駆られない限りしません」

 桃香の寝姿はきっと可愛いとは思うが、それとこれは別の話。

「じゃあ、食事の準備は私達に任せて……ちょっと頼みたい仕事があるんだけど」

 良いか? と聞かれ、正直台所の仕事となると火力と配膳くらいしか自信のない隼人はそちらが良いかと頷いた。

「じゃ、こっち」

「隼人」

 玄関の方に手招きした悠に付いて行こうとする隼人の背中に彩が声を掛けた。

「ちょっとハードだけれど頑張って」

「そうなの?」

「まあ、隼人なら大丈夫だと思いますけれど」

「むしろ適任だから心配するな」

 悠に気持ち手荒く肩を叩かれて、朝の空気の中に連れ出された。




「マイケル」

 玄関を出た後、はい、と隼人にリードを手渡しながら控えていた愛犬のセントバーナードに悠が話しかける。

「このお兄さんが好きなだけ散歩してくれるって」

「好きなだけ?」

「いやあ、広くて涼しいところ連れてきたらこの子もテンション高くて、さ?」

 昨日の夕方彩と散歩に出かけたけど散々引っ張りまわされて大変だったんだ、と悪気なく悠が説明する。

「ここは隼人選手の出番ではなかろうか、とね?」

 悠に一撫でされたマイケルが素直に隼人の方に従う姿勢を見せてくれる。

 昨日軽く桃香と一緒に遊んだけれどその時の印象通り人懐っこい子のようだった。

「犬もランニングも好きだろ?」

「まあ、それは」

「それじゃ、よーいドン」

 言われながら、今朝も日課のランニングはさぼらずに済みそうだ、と下からくる期待の視線を感じつつ思う。

「いってきます」

「うん、頼んだ」

 悠に告げた後、今回の相方に改めて言った。

「よろしく、マイケル」




「おかえり~」

 時間にしてはそこまでではないものの長距離走のタイムならそれなりを狙えるんじゃないかと思うくらいのペースで駆けて戻ってくれば敷地の門の傍に立っていた桃香が大きく手を振って迎えてくれた。

「ただいま、とあと」

「?」

「おはよう」

「うん……おはよう」

 途端に小さな声になった桃香に首を傾げると、すぐにその理由が言葉で届いた。

「わたしが起きるのが遅かったのがわるいんだけど」

「?」

「一番さいしょに、言いたかったな」

「ああ……」

 残念そうな言葉を表現するように手首の辺りを摘まむように触られながら、取り敢えず戻ろうと促して並んで歩き始める。

「明日はそうなるようにしよう、か」

「えっと、それって……」

 ただ、桃香がすぐに立ち止まる。

「はやくんが、起こしてくれるってこと?」

「……!」

 隼人もすぐにそれに続くことになる。

 逆に足は止まっているのだけれど。

「いや、眠っている女の子の部屋に入るのは、駄目だろ」

「う、うん……だよね」

 桃香が大きくオーバーに何度か頷いた後、別の懸念を表明する。

「でも、わたし、はやくんよりさきに起きれる自信ないんだけど」

「まあ、そうなるんだけど……」

 家族の方針で徹底的に早寝早起きが染みついていることの自覚で苦笑する。

「桃香が起きるまで部屋で待ってる、ことにする」

「……はやくんが、はやくんの部屋で、だよね」

「当たり前だろ……」

「ね、念のため……念のための確認だから」

 ソフトに自分の頬を両手で挟む音をさせた桃香が決意の表情で口にした。

「明日は、がんばるね」

「ああ、応援する」

「えっと……ありがと?」

 話が纏まったところで改めて戻ろうか、と促そうとした瞬間声が近付いて来た。

「お、隼人ありがとう、おかえり」

「! た、ただいま」

 唇の端辺りを一瞬楽しそうな形にしてから、悠が笑う。

「お、マイケルも満足そうだ……どこまで行って来たんだ?」

「昨日の湖まで」

「え? そんなに遠くまで?」

「そりゃあこのやんちゃ坊主もお腹いっぱいだろう」

 隼人からリードを受け取ると、そのまま水を飲ませてくる、と庭の方に向かって行っていく背中が言ってくる。

「隼人もシャワー浴びておいで」

「……そう、するか」

 言われて滝とは言わないまでも小雨の日の窓ガラスくらいには額を中心に流れているのを思い出す。

「玄関から、そのままお風呂行っていいよ?」

「ん?」

「タオルは、わたしが準備しておくね」

 随分甲斐甲斐しく言ってくれる……と硬めの言葉で思うのは内心の照れ隠しで、面映ゆくて仕方ないのを自覚する。

 シャワーヘッドからお湯が出るようになるまで、冷たい水で顔を洗った方がよさそうだ、と思った。

「あと、朝ごはんの卵、だけど」

「うん?」

「目玉焼きとスクランブルエッグが選べるようになっています」

 悪戯っぽく、どうしますか? と聞いて来る桃香の様はさっきから思い浮かべてしまっている妄想に薪をくべる声色だった。

 目玉焼きは無理でも温泉卵くらいはどうにかなってしまうかもしれない、いやそんなわけはないか……と自分の発熱と冷静さの失い具合を分析する。

「目玉焼きで」

「はやくんは、ケチャップでよかったよね?」

 よく知っているな、という言葉を返答代わりに口にしかけて思い止まる。

 じわじわと上がっている外気温を簡単に抜き去りそうな勢いでテンションが上がり始めている桃香ならそのケチャップで何かとんでもないものを描きかねない。

「いや、塩で」

「好みかわったの?」

「今は汗かいた後だからな」

「そっか」

 今限定の宗旨替えを納得させつつ。

「あ、食べ盛りの男の子なはやくんにはベーコンも付けちゃうね?」

「それはありがとう」

「えへ、どういたしまして」

 玄関に戻って、スリッパの音も上機嫌に「あ、でもその前にタオル」と奥に小走りに引っ込んでいった桃香の後姿を見ながら。

 現時点でもこの旅行に来てよかった、と改めて思うのだった。


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