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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
5/225

04.王子さま(?)と皇子様。とお世話役

「あのー、花梨?」

「あら真矢まや

 隼人が諸々の、それはもう諸々の事情から立ち直れずいる教室の入り口から別クラスの友人と思しき女子からの声がかかる。

「桃香ちゃん探してるんだけど……帰っちゃった?」

 この場には不在だがある意味最も渦中の人物の名前に収まりかけのざわめきが小さく再燃する。

「……何か、あったの?」

「まあ色々と……とりあえず今度ゆっくり説明するけど、何かあった?」

「皇子様が呼んでほしいって、校門のところに」

 誰だ? という疑問符と、ああという納得が6:4で教室を支配する。おそらく後者が桃香と同じ中学出身だと思われた。

 一方隼人は圧し掛かっていた空気の重さが別の話題に緩んだことを感じ、だが同時に桃香を呼び出すという行為に神経が尖り始めるのを自覚した。

「ああ、悠先輩ね」

 それでも花梨の呟いた名前は確かに覚えがあり、そして納得もできるものだった。

 しかし、同時にそれは新たな嵐を予感させる存在でもあり。

「ああ、あとね」

「うん?」

「一緒に吉野隼人君? も呼んでって言われてるの」

 その予感は嘆く間すらなく、的中した。

「ほーら、吉野君桃香関係者じゃない」

「え? つまり公認なの?」

一年二組の言葉の嵐が、今度は比較的女子を中心として三度目の荒れ模様を迎えることになった。




「あの……」

「はい」

「僕も帰っていたということに今からでも……」

「駄目です」

 見た目は比較的大人しそうな部類である花梨(そして多分桃香も)の友人にきっぱりと却下され、観念して向かった校門には黄色い歓声が咲き乱れていた。

 その中心にいる人物はと言えば悠然とした笑みを絶やさず、順番に話し掛けてくる女子たちに丁寧に対応し、そしてそれが終われば遠巻きに見ていた数名にも歩み寄って話し掛けていた。

 曰く。

「佐藤さん、小畑さん。この前は美味しいマドレーヌをありがとう」

「えっ!」

「覚えていて……くれたんですね!」

「勿論。今度機会があればまたお願いしても?」

「は、はい!」

「もっと美味しいのを焼いてきます!」

「楽しみに待っているね」

 そう言って高めの身長をしっかりと膝を曲げて下ろし、手を順番に握って笑いかけていき……更には手の甲に口づける念の入れ様である。

 そうしていたかと思えば「浦川原さんはやっぱり赤が似合うね」などと別の女子のリボンを褒め、髪を指で梳いていた。

 普通であれば歯やら空気やらが浮きそうなものだが、本人は大真面目な上、とてつもない美人で所作も完璧なためむしろそうあるべき、と逆に周囲を塗り替えている感があった。

「吉野君」

「はい」

「皇子様とはどのようなご関係で?」

「……母親同士が仲のいい、ただの幼馴染です」

 その関係自体も、その年上の幼馴染も嫌いではないのだが、どうにも強烈過ぎて。

 今日の今までの疲労も含めてぐったりと答える。

「おっ! 隼人、こっちだこっち!」

 そんな隼人を認めたのかまるで映画のワンシーンの様に、さっきより年相応さを見せた笑顔で手を振ってくる。

 それに対して周りの女子はうっとりと見惚れる者七割、若干敵意のある誰何の視線を隼人に向けてくる者三割。

 そんな視線の集中砲火に、今日は悪い意味で慣れてしまっていた。麻痺とも言える。

「見えていますよ、悠姉さん」

 100メートル先からでも目立っているから、と溜息をついたところで。

「まさかの名前呼び」

 隣から畏敬の念の眼差しと、強くなった悠の後ろからの視線に今日何度目かの自分の迂闊さを内心で嘆く羽目になるのだった。




「会いたかったぞ、隼人よ」

「姉さんは元気そうで何よりです」

「うんうん……わざわざ呼んでもらって済まなかったね、ありがとう」

「いえ、そんな」

 悠の満足そうな笑みと、威力抜群な謝意の表明に、義務は済んだと判断した。

 というか、モーセの如く悠との間は割れているが女子の間に入り込んで行く勇気はこれっぽっちも無く。

「じゃあ、僕はこれで」

 そそくさとその場を離れようとする隼人の進路に、すっと一人の少女が進み出た。

「待ちなさい、隼人」

「彩姉さんも来てたんだ」

 悠と比べて抑え気味ではあるもののこちらも静かに美人で、そして悠と同じ、この学校とは違う制服で身を包んでいる。

「悠姉を一人で来させて良かったのですか?」

「来てくれて嬉しいです」

「よろしい」

 悠に比べ遥かに常識人で唯一止めてくれる人の心配りに心からの、感謝が出た。

「ところで、このまま逃げても家に先回りされるだけですよ?」

「うっ……でも、ここではさすがに」

「なのできちんと場所を変えるように提案するので大人しく付いてきなさい」

 それに、と彩は言葉を繋げる。

「逃げようとする隼人を止めようとしたら悠姉はうっかり大きな声で隼人のことを呼びますよ、昔みたいに」

「それだけは……避けたい」

「じゃあ決まりですね」

 親しい間柄ならばわかる程度の小さな笑顔と、後ろからの満足そうな笑い声に、それぞれ別のベクトルで勝てないと思い知らされた。




「さて」

 三〇分後。隼人の身柄は悠の自室にあった。

 彩が淹れてくれた珈琲を満足気に味わいながら、少女にしては高めの背丈を完全に預けられるほどの椅子を回して微笑む。

「久しぶり、大きな弟」

 血の繋がった弟も二人居るが割合離れている為に隼人のことをたまにそう呼ぶ呼び方。

「一昨日は母さんたちが盛り上がってあんまりゆっくり話せなかったからな」

「ははは……引っ越しの荷物もあったから」

「ん」

 ところで、と悠が余所行きではしない別の笑い方をする。

「花の女子高生の部屋に居てその落ち着きはおかしくないか?」

「いや、そう言われても」

 確かにそうではあるのだが、悠の部屋はどちらかというと。

「相変わらず書斎みたいな部屋だし」

 それも映画のセットのような。両脇の壁にずらりと並んだ本棚には趣味の映画や演劇関連の書籍や映像作品が収められていて、悠の頭にも全て組み込まれてああいう立ち振る舞いとなっていった、という訳だった。

「はぁ……」

「おや?」

「何か?」

 そのやり取りの間、珈琲を準備して自分の仕事は済んだとばかりに隼人と挟んだテーブルの上で課題と思しきノートを広げていた彩も隼人の溜息に顔を上げる。

「姉さんたちはしばらくぶりでも相変わらずで、話し易いのに」

 どうして、桃香だけは。

 大いに色々あった今日だけれど、隼人の悩みはそこに行き着く。うっかり零したのは最終的には二人の姉的存在に気を許しているということだった。

「桃香?」

 怪訝そうに聞き返した彩の呟きを。

「そうだった、桃香だ!」

 悠の大きな声が上書きした。

 椅子から立ち上がり、つかつかと隼人に近付き真正面から下問が始まる。

 そう、花梨が怜悧な裁判官なら悠は皇帝の迫力だった。

「何故桃香と一緒に居ない!」

「え? そう……言われても」

「お前たちの仲睦まじいところを久しぶりに見たくてこっそり観に行ったのに、どうして!」

「……こっそり?」

「悠姉的にはあれでも」

「女の子たちに見付かってしまったからには仕方なかっただろう?」

 二人の相変わらずのやり取りに、圧倒されながら。

「それよりだ、何故桃香を先に帰した!? 手を取り合って下校くらいせんのか!」

「しません! というか桃香に」

 圧倒されながらも、完全アウェーだった教室とは違う、何処かの懐かしさに。

「なんか、桃香に避けられてるし……」

「「!?」」

 今度こそ刺さっているものが心情を吐露する言葉になった。




「まさかの展開だが……有り得るのか?」

「春休みの笑顔全開だった桃香の様子からして考えられませんが」

 本棚の列の奥から二人の声を殺した相談が、それでも悠の家が静寂すぎて漏れ聞こえてしまっていた。

 隼人の言葉に天変地異レベルで信じられない話を聞いた、と表情を見合わせた後そういう展開となっている。

 あの二人にそんな表情をさせたなら普段なら胸がすく思いだっただろうが、議題が議題なのでそんな気持ちにはなれなかった。

「あの作戦で完璧だったはずだが」

「昨日の夕方辺りから桃香が何も言ってきていないのが気になりますね」

「んーむ、ここは若い二人に任せるか」

「下手をするとブッケに蹴られかねません」

 因みにブッケとは悠の愛馬の名前で隼人も昔(後ろから悠に抱えられて)乗ったことはあった。健在なようでそこは安堵した。

「まあ、色々あったようだけど」

 奥から二人連れだって隼人の座る来客用ソファーのところに戻ってきて。

「私たちが昔から変わらないのだから、桃香もそう変わると思うのか?」

「変わったと言えば……変わった、と思うけど」

 記憶の中では可愛いの塊だったが、昨日見た姿は。

「勿論、桃香も年頃だから色々頑張っていたけれど。そこじゃないですよ、隼人」

「そうそう、桃香の『はやちゃんだいすき』は私の見立てだと不治の病だ」

 そう笑って悠が隼人の背中を叩き、彩は本当に軽く隼人の側頭部を小突いたのだった。



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