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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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43.夜の距離

「おー……」

 四人で夕食の片付け後に朝のトランプ大会の続きにしばし興じて。

 そのあと入浴を終えて部屋に引っ込んで、少し冷まそうとベッドに腰掛けていると窓から吹き込んできた夜風が想像していた以上に冷たいもので驚く。

 冷房要らずどころか窓を開く量で風の吹き込みを加減しないと体調を崩す可能性すらありそうだった。

 そんなことを考えながら瞼を下ろして涼風を楽しんでいると隣の部屋に気配と物音が戻って来て。

 それから窓の外からこの建物にはいない筈の猫の鳴き声……ではなくて鳴き真似をする声が聞こえた。




「こんばんは?」

「一時間ぶりくらいだからどうなんだろうな」

「そうだね」

 小さいながらもそれぞれの部屋にあるベランダに出ればこちらも夜風に目を細めている桃香が居た。

 隼人が部屋に行く前に悠に戯れるようにドライヤーを当てられていた髪もすっかり乾いたのか緩やかに揺れていた……その様を直視は勿論、居合わせ続けることが年頃の男子には少々気恥ずかしいものがあって早々に部屋に下がったのだが。

「猫の合図、ちょっと久しぶりだな」

「うん、なんとなくだけど……ね」

 それぞれの側の柵に手と肘を置きながら話し始める。

「家の窓よりちょっと近い?」

「そんな気はする……測ってみるか?」

「うん」

 お互いに手を伸ばすと手のひら同士を合わせることは出来なかったがしっかりと指同士は触れ合った。

 物を渡すことは出来ても接触まではいかない普段より近い、と言えた。

「くすぐったいね」

「桃香がしてるんだろ」

「うん、そうなんだけど」

 そのまま軽く遊び始める桃香のしたいように任せながら、隼人の方も密かに風呂上がりで、普段以上に触れ心地の良い指先を楽しんだ。

「さっぱりしたね」

「そこまで暑くはなかったけど……そこそこ動いたし」

「あと、はやくんは火起こしとかしてたもんね」

「ああ、まあ」

 夕食の庭先でのバーベキューパーティーでは炭火と向き合った一時間だった。

「ああいうのは、割と好きだし」

「おつかれさま」

「いや、桃香だって材料の準備とか……おつかれ」

「うん、美味しかったよね」

「ああ」

 味は勿論、盛り上がった場の雰囲気も手伝ってくれたいい時間だった。

「明日は、今日食べきれなかった分のエビとかイカを使ってシーフードカレー作るんだって」

「あー……それも美味しそうだ」

「ね」

 簡潔に同意して桃香がさらに情報を伝えてくる。

「悠お姉ちゃん、飯盒も持ち出してきてたよ」

「じゃあ明日も火の管理を頑張るかな」

「よろしくね」

 そう言ったところで、桃香が思い出したように聞いて来た。

「そういえば、一回火がすごく上がったときあったけど、大丈夫だった?」

「ちょっと爆ぜただけだから全然問題ない」

 実際大した話ではなかったので首を横に振ったけれど。

「でも、お風呂の前にちょっとヒリヒリするとかひとり言、言ってなかった?」

 よく聞こえていたな、と口の中で感心してから答える。

「それは火じゃなくて太陽の方」

 あの後延長を申し込んでまで湖の上をちゃんとスタートラインを揃えた競争も含んで楽しんで、たっぷり日の光を浴びた格好だった。

「日焼け止め、してないの?」

「わざわざ面倒というか……多少は焼けた方が、とも思うし」

 小麦色になりたいわけではないが、高校生男子としては少々白いかとは思わなくもないのが自己分析。

「変に焼けたりシミとかになるほうが大変だと思うけど」

「ん……」

 それも確かか、となったところに。

「わたしは、そこは今くらいでいいと思うよ?」

 桃香の言葉が決定打だった。

「じゃあ、少し気を付ける」

「だったら……明日はお出かけ前にケアしてあげるね」

 にこりと宣言して一層ご機嫌な声になる。

「楽しみ」

「いや、自分で……やるけど」

「日焼け止め、持ってるの?」

「……ないです」

「ね?」

 借りて自分で、というのは通用し無さそうだった。

 桃香のちょっと勝ち誇った顔、が全く嫌でないのはそういうことなんだよな、と内心で苦笑する。

 そんな隼人の意識と視線が戻ってくるのを待ってから、桃香が表情を柔らかく崩した。

「すごいね」

「ん?」

「朝から、ぜんぶ楽しいの」

 そして、こういう笑顔はそれこそ隼人にとって一番大事なものだった。

「明日もきっと楽しいよね」

「そうなるように協力するよ」

「はやくんも、楽しんでね」

「桃香がそうしてくれていれば大丈夫だよ」

「そっか……」

 桃香が少し身を乗り出して、代わりに少しだけ声を潜めた。

「実はね」

「ん」

「わたしもそうだよ」

「そうか」

「うん」

 じゃあ、と名残を惜しみながらも指を引く。

「早く明日になるようにそろそろ寝るか」

「……なんだか小さい子に言うみたい」

「いい子だから言うこと聞きな」

「もー……」

 ちょっとだけ唇を尖らせた不服そうな顔の、特に目の辺りに指摘する。

「だって、桃香そろそろ眠そうじゃないか」

「う」

「昨日も姉さんたちと夜更かししたんだろ?」

「わかる?」

「そりゃあわかる」

 隼人の方も体の熱が程よく引いて、眠りに就くなら、というタイミングを感じていた。

 昨晩も盛り上がったという桃香なら尚更、だろう。

「いっぱい色んなお話してたら……ね」

「だろうな」

「あ、どんなお話かは、ないしょだよ」

 人差し指を立てる桃香に、わかっている、と頷く。

 そこは男子が立ち入る領域ではないのだろう。ただ、まあ、自分の名前も幾度か出たのだろうという確信もあるのだけれど。

「じゃあ、そろそろ」

「うん……おやすみ、はやくん」

「おやすみ、桃香」

 そう言ってお互い自室の中に入り……予感がして、そのまま足は自然に廊下の方の扉に向かう。

「わ」

 ノックの音に間髪入れず開ければ、さっきより目元が眠気に下がりながらも驚いている桃香と顔が合った。

「どうしてわかったの?」

「……なんとなく」

 その確信とは別に、僅かな願望もあったので。

「えっと、その、よく眠れるように……ね」

「ん」

「もうちょっとだけ」

 さっきから触れたいと思っていた髪に触りつつ軽く頭を撫でればくすぐったそうな顔が望んでいた通りと教えてくれた。

「ありがと」

「ん……今度こそ、おやすみ」

「うん、また明日ね」


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