42-2.……まで
「一応そろそろ夕方だけど」
「ん」
「まだまだ明るいね」
一頻り遊んで戻ってから夕食準備まで一休み、といった時間の隼人の部屋で。
ラジオから聞こえた時報に桃香がそんなことを言って笑う。
「少し風は涼しくなったのと」
「あ、そうかも」
「あと、セミの声は変わったな」
「……いつの間にかヒグラシだね」
「そうそう」
番組の方もパーソナリティ同士の語らいの後、小さな笑いが湧いていた。
その後、リスナーからのメッセージを挟んで、リクエスト曲が流れ始める。
「あ、この曲好きかも」
「ん……」
しっとりとエモーショナルな歌声の洋楽に二人で頷く。
「何の曲、かな」
「ん?」
「どんなことを歌ってるのかな、って」
「……ああ」
歌詞の方に耳を傾け、英語だよな……と確かめてから単語を追い始めるも、ゆったりとしたメロディにも関わらず慣れないことで追いきれない。
ただ、繰り返すフレーズ部分はシンプルで。
「……あなたを見付けるまでは?」
「そんな感じだな」
窓からの光をバックに微笑んでいる桃香と目を合わせる。
「わたしがはやくんに見付けて貰ったのは……いつかな」
「そりゃあ……病院の新生児室?」
地元の産婦人科のある……とまで言いかけて、思い直す。
「生後数日じゃまだ見えないか」
「あ……そうかも」
思わず二人して笑ってしまう。
「じゃあ、どっちかの家の居間で……」
「多分な」
流石に覚えていないほど小さなころの記憶、を残していたアルバムの写真を思い出す。
双子同然に育てられていたところもあったらしい、というか、あった……誕生日パーティーなんかも抱き合わせで。
「何て思ったのかな?」
「え……」
そうは言われても0歳児だぞ? と思いながら。
「何か、横に一緒に寝てるちっちゃいのが居る……とかか?」
「あはは……そうかもね」
思い付くまま口にしたが、思いの外桃香にウケが良かった。
「だから」
「うん」
「桃香を見付けた……とするなら、強いて言えばこの前の春、か?」
「……あ」
何かを思い出したらしい桃香が、軽く隼人の二の腕を叩いた。
「なんだよ」
「何でもないよ」
と言いつつも桃香の唇は小さくとがっている。
「別に、恥ずかしいものでもなかったとは思うけど」
「そういう問題じゃないもん」
むしろ、また見たいくらいだ……とは今回は言わないことにする。
「まあ、ただ……やっぱり、桃香と一緒にいるようになってからは色々と違うかな」
「そうなの?」
「楽しいとか、落ち着くとか……彩りがあるというか」
そう告げると、桃香も表情を柔らかなものに変えてくれる。
「じゃあ、わたしと同じだね」
「そうか……よかった」
「うん」
思わず桃香の微笑みに手を伸ばしかけて……慌てて強めの意思でそこは僅かに通り過ぎさせて髪に触れる。
今、この曲を聞きながら頬に触れたらそのままもっと別の場所で触れてしまいそうだったので。
「ありがとう」
「えへ……うん」
もうちょっと上かな……と囁かれたので慎重に髪を辿って頭を撫でるようにすれば、正解というかのように目を細められる。
「もう少し、してくれる?」
「……わかった」
この曲が終わるまでかな、と口にして、桃香が頷いた直後……歌声が消えかける気配を感じてラジオに手を伸ばす。
メロディがフェードアウトする直前に、流れる音を消し去った。
「これで、終わらない……ってこと?」
「ん……」
「わたしはいいけど……ずっとこうしてるの?」
「……桃香が、もう駄目ってなるまで」
「……わたし、結構しつこいんだよ?」
結局、アルバム一枚は流せそうなくらいの時間が過ぎて……窓の外から呼ばれるまで。
Michael Bolton の14年ぶりのアルバムが嬉し過ぎて突発で合間に加えました