表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
47/225

42.湖面と日差しの間で

「そろそろ行こ?」

 昼食と食休みの後、顔を出した桃香に集合場所のリビングまで誘われる。

「落ち着いた?」

 応じて廊下に出て並んだところで、そんなことを聞かれる。

「ああ、まあ」

 距離をもっと縮めたいと考えていることとか、観覧車での桃香が言ったこととか、昔約束したこととかを考えると刺激の強い広告を見てしまったと思うが……飛躍し過ぎるなと自分を諫めれば一旦は済む話ではあった。

 それと、あと。

「着替えたんだな」

「けっこう動く予定だし、ライフジャケット借りるみたいだから、白はちょっとやめておこうかな、って」

「ん」

 それは助かった、と濃いネイビーの襟付きシャツに感謝する。

「ちゃんと見ててくれるんだ」

「そのくらい違えばわかるって」

 そんな言葉を交わしながら一階に到着すれば一〇人分は軽くある椅子は全て無人だった。

「お姉ちゃんたちはまだ準備中かな?」

「いや、後ろにいるよ」

 階段を下りた辺りで背中側に抜き足差し足している気配はあった。

「正解」

「!」

「ひゃっ」

 そんなタイミングで、悠の言葉と一緒に隼人の頭に何かが乗せられる。

 桃香も同様だったのか小さな小さな驚きの声が隣で上がっていた。

「麦藁帽子?」

「そうそう」

「わぁ」

 自分の頭を触れた手触りと、隣の桃香を見たのとで理解する。

 得意げに笑っている悠と桃香に軽く謝っている彩の手にも桃香のものとリボンの色が違う同じものがあった。

 隼人に被せられたのは鍔の短い男子向きのものの模様だった。

「母様が父様に手作りしたらなんだかそのまま楽しくなったみたいで、伯母様と一緒になって知り合いの子供全員分作ってしまったんだって」

 二桁になるのによく作ったよ、と言いながらもちょっと自慢したい色がある普段より子供な声色の悠だった。

「今回日程が合わなくて残念がってたから、今度会いに来てくれると喜ぶよ」

 そう続けながら玄関に先導した悠も麦わら帽子を被る。

「じゃ、夏を楽しもうか」




「私と彩、隼人と桃香ね」

 暑いには暑いものの不快感はほぼ無い風の中をのんびりと散歩して、それから当初の目的の貸しボートのある湖に辿り着いた。

「何か?」

「別に」

 朝方の新幹線の座席といい端から決め打ちされるのには少々思うところはあっても、実際その組み合わせ以外を誰も望んではいないのであっさりそうなる。

「じゃあ、桃香」

「うん」

 先ず掛けた片足に力を入れてレトロなボートを桟橋の方に押し付けながら桃香の手を取って促す。

「座っちゃって」

「はーい」

 腰を下ろして落ち着いた所を見計らって、軽く橋の木材を蹴ってボートを離すと座ってオールを手に持った。

「それ、係の人の仕事じゃないのか」

「ですよね」

 後ろに付けていたボートに確かにそのように補助を受けながら乗り込んでいる悠と彩の笑い声が聞こえたが、聞き流して数回漕いで離れてしまうことにした。

「わたしは」

 滑らかな加速がついて隼人が手を止めるのを待ってから、両膝に手を置いて大人しく座っている桃香が口を開いた。

「ん?」

「はやくんが乗せてくれてうれしかったよ」

「……なら、よかった」

「うん」

 その言葉は内心素直に嬉しかった。

「何回か乗ったことあるの?」

「こういうのじゃなくて、ラフティング的なのなら向こうで何度か」

「そっか」

 あとは、と続ける。

「昔、ここでも何回か乗ったよな」

「うん、誰かのお父さんお母さんと一緒だったよね」

「ああ……」

 現在桃香が座っている側に二人で並んで乗せられていた記憶。

「今は二人で、だよね」

「見ての通り」

「うん」

 少し行き足の落ち着いたボートをもう一度漕いで密度の低い方へ。

「多少は大人に近付いたから」

「うん……さっきは、格好よかった、よ?」

 先程乗り込むときに触れた手を、もう一度桃香の方から触れられた。

「それならよかった」

「頼りにしてるね」

 にっこり笑った桃香の言葉に、普段よりかなり多く庇護欲をそそられる気がした。

「わたしは漕がなくても大丈夫?」

「全然いいけど、もしやってみたいなら」

「じゃあ、あとでちょっと代わってね」

「ん、わかった」

 そう返事しながら、もう一言桃香の空いている手に呟いた。

「まあ、その折角の可愛い帽子が飛ばされないように気を付けててくれればいいよ」

「……うん」

 白とピンクのチェック柄のリボンを触りながら桃香がこの湖面の上に出てから一番小さな声で尋ねてくる。

「かわいいよね、この帽子」

「……」

「……」

「……わたしも、褒めてほしいな」

「ん……」

 軽く咳払いして、口にする。

「……ちゃんと、被っている女の子が可愛いよ」

「うん、ありがと」

 両手で鍔を押さえた桃香の仕草に、言葉を続ける。

「その、桃香がそうじゃないなんて……全く思ってない、から」

 普段はあまり使わない帽子を今は幸いと深く被り直した。

「もう少し、その、スマートに言えれば良かったよな」

「褒めてくれたらうれしいのは変わらないよ」

 だってね、と桃香が続ける。

「そう言って貰えるわたしになれてるってことでしょ?」

 そんな言葉を聞きながら、少し前の季節のことを思い出す。

 桃香の服を褒められなかったときに彩に小さい頃は素直に言っていたと呆れられたことだった。

 そこは退化しているのか、と改めて苦笑いが出てしまい……そうしながらふともう一つ考える。

 桃香に昔はしてくれたのに言われてしまったこともその辺りでは、と。

「次くらいは……」

「?」

「いや、何でも」

 もう少し真っ直ぐに感想を言えるように、と決めたところで桃香の声に引き戻される。

「考え事?」

「ああ、うん……そうだけど、ごめんな」

 そんな反省は夜辺りにすると決めて、今は目の前に居る桃香を放っておいては本末転倒も良いところだろう。

 一呼吸置いてから、オールを手に取り直した。

「折角だし、湖一周してこようか」

「うん、楽しそう」

 桃香が頷いたタイミングで、丁度後方から悠たちの声が届き始めた。

 桃香はにこにこと手を振るものの……。

「姉さんたちは、置いていこう」

「あ、はやくんひどい」

 全く責める気のない表情と声で言われて、オールを漕ぐ手に力を入れる。

 湖面に木陰が落ちない場所に出て、照り返しのせいなのか楽しげな表情の桃香が眩しかったが……それは服装などのことではないし、突然言い出すのも変だろうからと言い訳して心の中に仕舞った。

 桃香の笑顔に惹かれるのはもうずっと昔からのことだったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ