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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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41.桃香は「お隣」

「ふう……」

 桃香の隣だぞ、とたっぷりと強調されながら案内された部屋でとりあえずベッドに鞄と腰を下ろしながら息を吐いた。

 あの後、少し慌てて片付けなければいけないくらいトランプで白熱した後、迎えに来てくれた悠の父親の運転でそれなりの標高まで上がって到着した別荘の二階の一部屋はうっすらとは記憶にあった。

 一息は吐いたもののこのままではベッドに根が生えてしまいそうなので軽い疲労感を堪えて窓に向かう。

 カーテンを引いて思い切り開放すれば期待通りの涼しい風が入って来た、昼前の時間でこれなら冷房がほぼ不要なくらいで、暑さが苦手な隼人にはそれだけで楽園のような環境だった。

 そんな時、軽いノック音に廊下の方へと呼び出された。




「ん?」

 当然のようにドアを開ければ桃香が居たけれど、いつもみたいに呼ばれることや、くすぐったくなる笑顔はなくて、代わりにそっと胸の辺りを両手で押される。

「どうした?」

 そのまま部屋の中まで押し戻されて、後ろ手でドアを閉められた後、もう同じくらい押され、肩に触れた両手に回るように促され背中を向けさせられた。

「!」

 その後ろ側の桃香との距離がほぼなくなったのを背中全体で感じて……どうしても七夕の日の夕方を思い出したとき、目の前が暗くなった。

「だーれだ?」

 そしてそんな囁きが耳に入る。

「桃香」

「せいかい」

 ぱっと手が離されて振り返れば安心できるいつもの笑顔。

「さすがに駅じゃこんな風にできないもんね」

「……桃香ならやりかねないとは思ったけど」

 ただ、されなくてよかったとも思っている。

 背中にまだ残っている女の子の柔らかな感触は色々と心の中での処理に困る。二人の時でも困るけどそれ以外の時だともっと困った筈だった。

「だってね」

「……やってみたかった?」

「うん」

「そうか」

 力強く頷きながら堂々と言われてしまえば抗いようがない。

「すぐわたしってわかってくれてうれしかったよ」

「いや、まあ、そりゃあ……桃香くらいだし」

「そうかもしれないけど」

 言葉を濁すと、シャツの裾を摘ままれる。

「はやくんなら、駅とかではぐれたってすぐ見つけてくれるでしょ?」

「自信は無いけど、頑張って探すのと……」

「と?」

「そもそもはぐれないようにする」

「そっか」

 一先ず満足、と言った顔になった桃香が小さく手を振った。

「じゃあ、もう少し荷物とか片付けて来るね」

「わかった……あ、そうだ」

 桃香が背中を向ける前に声を掛ける。

「桃香は、落ち着いたら何をするつもり?」

「うーん、のんびりかな」

 昼食までは一時間と少し、それまでは各々部屋を整えつつ自由時間にしようという悠からの提案だった。

「終わったらまた戻ってこないか?」

「いいの?」

「むしろ桃香さえよければ」

 頷いた桃香が軽い足取りでスリッパの音と共に廊下に出て、振り返った。

「ちょっぱや、で片付けてくるね!」




「おじゃましまーす」

「ん」

 文庫本を広げていた隼人に対して、桃香はスマホと充電ケーブルを持って部屋に来た。

 その辺りは桃香の方が高校生らしいよな、と常々時々思っていた。

「……ええと」

 と、そこで気付く。

 ほぼ寝室用途のこの部屋には椅子は一つしかなく、従って桃香に座ってもらうとしたら。

「わたしは、こっちでもいいけど?」

「いや……逆でお願いします」

「はーい」

 これから三日三晩お世話になるベッドに桃香がそれなりの時間腰かけるのは何だか憚られる気がした。

 はーい、と素直に頷いて隼人が譲った椅子に座った桃香が、ベッド側に移った隼人を見て笑う。

「どうした?」

「高さ、いっしょくらいだね」

「ああ」

 隼人側の座面が低いため視線の高さが丁度一致していた。

 そんなことでも桃香は楽しそうだった。

「桃香は何を見ているんだっけ?」

「明日は、街の方にも遊びに行こう、って話でしょ?」

「ああ、うん」

 基本は避暑で余暇の方針だけれど普段訪れない街にも魅力はある。

「どこ行ったら楽しそうかな、って」

 これとか美味しそうでしょ? とブックマークをしていたらしいソフトクリームの写真を見せられる。

「ああ、なるほど」

「いいでしょ?」

「俺も少し、見てみるかな」

「うん」

 机の上で充電していた端末を丁度フルになっているね、と桃香が取ってくれた。

「こういうの考えるだけで楽しいよね」

「ああ……おすすめ、とかでいいのかな?」

「過ごし方、なんかもいいよ」

 検索の単語に町の名前と桃香に勧められた単語を入れて先に進める。観光地の街並みを散策するのも良いなぁ、と漠然と考えていると。

「……へ!!!?」

 読み込まれて開いたページの広告に人生で基本一度しか着ないであろう純白のドレスを纏っている女性の画像が出て、思わず言葉にならない声が出る。

「はやくん?」

「な……」

 真夏の高原でフォトウェディングを、という文句に困惑しながらブラウザをバックすると理由がわかる。

 「地名」「過ごし方」という検索ワードに予測で「恋人」が加わった行を誤って触れていたらしかった。

「なにかあったの?」

「いや、その……」

 不思議そうな桃香の表情がアップになる。普段なら桃の香りに多少心拍が早まるくらいの距離だが今は無理だった。

 検索履歴を云々、と考える余力などなくただただ連続タップして画面を閉じる。

「なんでも……ない」

「ほんとに?」

 しかも、よりによって桃香の着ている半袖のレースブラウスは白だった。

「ほんと、だって」

 許容を遥かに超えた気恥ずかしさに耐え切れずベッドの上を端まで横移動して、立ち上がる。

「ちょっと、飲み物貰ってくる」

「うん」

 隼人の挙動のおかしさを多少疑問に思っているようだったが、頷いてくれる。

 必要なのは水分よりはクールダウンの時間だった。

「はやめに戻ってきてね」

「……」

 軽く手を振る桃香の要望は上手く叶えられそうになかった。





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