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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
夏休み/二人の距離が近付かないわけがない
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番外04.男子高校生の夏

「ところで隼人」

「うん」

「この前の期末テストはいい結果だったみたいだけれど」

 父が持ち駒からひょいっと摘まんだ桂馬を盤面に置く。

 商店街の古書店には不似合いなほど立派な将棋台は父が仕事での知り合いから譲られたものだという。どこかの名士が手放すことにした大量の蔵書を名指しで呼ばれて整理しに行くことも時折ある父は不思議なコネクションを幾つも持っているらしかった。

 少々下世話な話だが、たまに「ここでこんな状態のいいものがあるなんて!」と興奮気味に大枚を叩いていく好事家の人がいる以外は正直閑古鳥が鳴くかどうかといった店の具合でも総合的には店舗に出ないところで上手に回っているらしく、隼人はそういう苦労を聞かされたことはなかった。

 そういえば手伝いを頼まれて動かす箱がとんでもないオーラを放っているのを感じることもたまにある。

「他の学校生活はどうだ? 何か困ったこととかは?」

「うん……」

 正直意図が読めない手で首を傾げながら、まず質問に対して対応する。

「大丈夫だよ、普通に過ごせてるし……友達も結構できたし」

「その友達が見ていて可愛い女の子しかいないのがある意味心配だけれど」

 お父さんとは大違い、と苦笑いしながら洗い物を済ませて居間にやって来た母の言葉に思春期男子はちょっと過剰に反論する。

「た、たまたま桃香の友達が近くに来てただけで男子の友達もいるし」

「ならいいけれど……」

「……」

「ところで隼人、友人関係はそんなに心配してないけれど、そこ放置したら詰みだぞ」

「え?」

 驚きながら、「お父さんは少しは心配して」という母の呟きを聞きながら、盤面を見ると確かにその通りで……逆転はかなり厳しい模様だった。

「……参りました」

「うん」

 軽く頷いた父は、普段ならそこで黙々と片付けに移るのだが、今日はもう少し言葉を続けた。

「今日は考え事が他にあるな」

「あ……うん」

 自分も駒を集めながら、父と母を順番に見た。

「ちょっと話があるんだけど、いいかな」




「これ、なんだけれど」

 片付けが済んだ後、一旦自室に戻って鞄から取ってきた紙を一枚卓袱台の上に置く。

「許可書?」

「うん、夏休みのバイトの」

 文面に真面目に通し始める父に対してその斜め後ろで母があからさまに安堵の息を吐いていた。

 お隣にお詫びをしに行かなきゃいけないのかと思った、などと聞こえたような気もするが余計なことを言って藪蛇になるよりは誤解が解けたなら良しとすることにした。

「具体的には何をするんだい?」

「倉庫整理とか、設営、アンケート収集とかの短期のものを幾つか考えてる」

「一人で?」

「日程の合うクラスの友達何人かと。むしろその中の一人から紹介されたんだ」

 男同士でだよ、と目線で母をけん制する。

「そうか、きちんとしたところか?」

「大きくて有名なサイトに登録してだから大丈夫だと思う」

「あとで一応そのサイトも見せるように」

「うん」

 すると一つ頷いて父がペン立てに手を伸ばした。

「隼人もきちんと考えているようだから良いと思うんだが」

 その言葉は母に向いていた。

「ちゃんとしたところで……勉強も疎かにしないなら」

「それは約束する」

「それなら」

 母が頷くのを確認して父が達筆で署名欄にサインを入れた。

「ありがとう」

 それを受け取ってから、もう一つ、と切り出す。

「あと、倉庫に一台自転車あったけど……使っていい?」

「ああ、今度の休みにでも出して整備するか」

 自分でやるよ、と言いかけたがたまには父とそういう時間も良いかと思った。

「じゃあ、今度の土曜日に」

 父が頷くのを確認して、用紙を仕舞いに居間を出て後ろ手に襖を閉める。

『……そういえば使い道を聞き忘れたな』

『聞くまでもないですよ、お父さん』

『そうなのかい?』

 そんな言葉が聞こえたが、そこは自分の自由意志だ、と部屋着のシャツの首元を一度煽ってから階段を上った。




―七月下旬。




「おはよう」

「おーっす」

「おはよ」

 待ち合わせ場所にブレーキ音とともに到着すれば蓮と友也が片手を上げた。

「隼人、それめっちゃいい自転車じゃない?」

「乗り心地はよかったけど……貰いものだから良く知らない」

 基本本の虫である父が「少しは運動してみたら」と譲られたものらしいが結果は倉庫の肥やしだった一品である。

 身長以外は運動神経も顔立ちも母親に似ていて、基本的に大体の部分は幸いだと思っている。

「じゃ、倉庫整理行きますか」

「バスケ部の先輩に聞いたけど慣れないうちは筋肉バッキバキになるらしいぜ」

 怖いなー、と笑う蓮の先導で縦列になって集合場所へ。

「手に入れろ筋力、目指せ新しいシューズ、ってね」

「……身長って、どっかで買えないか」

「海外にはあるらしいけど……」

「……絶対やめた方がいいヤツだ」

 軽口を叩いていると、当然隼人にも順番が回ってくる。

「隼人の目的は……」

「まあ、聞くまでもないよな!」

 じゃあ聞かなくてもいいじゃないか、とは思ったが。

「まあ、普段色々と作ってもらったりしてるから、出かけるときくらい少し返さないと……」

「お、えらいえらい」

 多少、昨日の母の発言が気にしてもいたりするので男友達にちょっとは本音を出した。

「そっちかー、俺はてっきり」

「てっきり?」

「誕生日か記念日が近い、とかだと思った」

 蓮の言葉に、ああ、と返す。

「春生まれだから、それはまだ先だけど……そうか、そうだよな」

「隼人、先にクリスマス、クリスマス」

「今真夏だよ」

 とは言いつつ、資金繰りに頭を悩ますところだった。

「バイト増やすか? 部の休みにもよるけど付き合うぜ」

「頑張るのはいいけど綾瀬さん寂しがらせない程度にね」

「別に……そこまで四六時中いないって」

 友也のからかいには流石に抗議したが聞き流される。

「うーん、ますます陸上部に勧誘し辛くなるね」

「え、その話まだあるの?」

「一部の先輩には本気で連れて来いって言われてるよ」

「ははは、モテる男はつれーなぁ」

 笑い飛ばした蓮が、少し置いて気持ち真面目なトーンで聞いて来る。

「ちなみにこの件、オフレコの方がいいのか?」

 誰に、とは聞かれもしなかった。

 流れ的に当然ながら。

「まだ特に言ってないけど……まあ、そのうちばれるかな」

 お隣だから不在の時間が増えるのでばれないわけはないと思っている、家が隣なのはまだこの二人に能動的にはバラしたくないけれど。

「それ、ちゃんと言っておいた方が良いと思うよ」

「……はい」

 改めて考えれば友也が正論だと感じるので素直に返事をした。

「ああ、それとあと」

「ん?」

「何?」

「……給料入ったら、ちゃんと両親にも少し使うよ」

「……お、おう」

「やっぱり隼人は良い奴だね」

 その後、蓮と友也の声が合わさった。

「「でも今更話逸らしても遅い」」


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