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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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38.今はまだ

「説明」

「うん」

 桃香がまだ赤い顔のままで頷いた。

「自分たちからは言わなくてもいいけれど、もし昨日みたいに誰かに聞かれた時、説明できた方がいいんじゃ? って」

「……」

 澄ました顔で面白がっている彩の様が目に浮かぶ。

 ただ、遊ばれているのはその通りだとしても言っていることが昨日の一件もあって、一理あるので考えさせられてしまっていた。

「わたしたちって、今……どうなのかな?」

 桃香の瞳がじっと見て来る。

「友達、はちょっと違うよな」

「違うと思うし、みんなと同じはやだよ」

 桃香が珍しくはっきりと拒絶した。

「お隣さん」

「うん」

「幼馴染」

「……間違いじゃないけど」

「!」

 カチャンと重なっていた部分がずれて突然音を立てたガラスの器とフォークに二人の肩が跳ねた。

 さっきまで自分たちがしていたことを思い出さされて、無機物にまでそれは違うと言われている気がした。




「……普通はしないって言われたよな」

「それに、あと……」

「ん?」

「付き合ってるんじゃないか……って、いわれた、ね」

 両人差し指の先を捏ねるように回しながら桃香が呟くように言った。

「だって、はやくん……わたしにやさしくしてくれる、もんね」

 デートに誘ってくれたりとか……、と呟くように言った桃香の声の音量は下がるが表情の温度は上がっていった。

「そりゃあ……その、言った通り、だからだよ」

 釣られて発熱を自覚していた隼人の方に桃香が再び身を乗り出した。

「どうした?」

「言った通り、って?」

「……」

「……」

「桃香」

「やだ」

 ああ、これは梃子でも動かなくなった、と観念する。

「好きになってほしいからだよ」

「誰を?」

「……俺を」

「誰に?」

「……」

 ただ、桃香の求めのままに言ってしまうのも少し悔しいので手近なところにまで来ていた桃香の額をそっと指先で押し返した。

 意味は違っていない、と思ったので。

「えへ……」

 ただストレートに口にするより桃香のお気に召した模様だったが。

「そんな風に見えちゃったみたいね」

「まあ、見えなくもないだろ……」

 一応、桃香と距離が近いところはあまり見られないように気にはしていた……ということはそう見られてもおかしくないことをしていた、という自覚だった。

 そんな気持ちを知ってか知らずか。

「見えちゃった、みたいね」

 もう一度繰り返して、桃香がはにかむ。

「恥ずかしいけど、うれしい」

「……ん」

「見えなかったらどうしようとか思っちゃった」

 そう言いながら隼人の手を摑まえて指を繋いでくる。

「こんなことしてたら、そうなるだろ……」

「えへ……だよね」

「というか、恥ずかしがってはいたのか……」

 意外だと口にすれば桃香が少し膨れる。

「それは、ちょっとは……そう思うよ?」

「ちょっとか……」

「言ったでしょ? はやくんとやりたいことが勝っちゃうんだよ?」

 にこりとする顔に、シンプルな感想が出てしまう。

「桃香は素直で……いい子だな」

「はやくんは、照れ屋さん」

「……俺の方が普通だと思うけど」

「そうかな……そうかも」

 そう言ってから、桃香は何かを思いついたような顔をして、少し下を向いて隼人に頭を差し出して来た。

「……どうした?」

 何を望まれているかはわかってはいたが、すぐに手を出すのは僅かに悔しくて聞くまでもないことを聞いていた。

「わたし、いい子なんでしょ?」

「本当にいい子ならそんなに催促しないんじゃないか?」

「じゃあ、悪い子でもいいから」

「悪い子と言うより我が儘な子になってるぞ」

「はやくんにだけだもん」

「……全く」

「……えへ」

 またしても根負けして空いた方の手で桃香の頭を二度ほどぽんぽんと触れて軽く撫でる。

 無言で行ったためよく聞こえたくすぐったそうな吐息が隼人の気持ちもくすぐった。

「これでよろしいでしょうか」

「はい、ありがとうございました」

 手を離しながら、照れ隠しの言葉遣いをしても簡単に合わせられる。

「……」

 そして桃香の髪から手を離した後で、触り心地の残り香にもう少し触れていたかったと思っている自分に気付いた。

 単に、気恥ずかしさに負けたり意地を張っているときがあるだけだった。

「なに?」

「いや、なんでもない」

 頭の位置を戻したかと思えば、繋いだままでいる方の手を握る強さを軽く変化させて遊んでいる楽しそうな表情を見ながら心の中で溜息を吐く。

 もっと桃香に今の自分を好きになってもらいたいと大見得を切ったのに逆のことばかりが起きていて、桃香のこれ以上を得るにはどうすればいいのかもわからなくなりそうだった。

 好きだと態度だけじゃなくて言葉でも言われた今なら尚更だった。

「ほんとに?」

「本当に何でもない」

 一方、こちらは面と向かって口に出す内容ではなかった。

 ただ言えるとすれば。

「……当初の話題、忘れかけてたな」

「あ」

 話が脱線した上で桃香の方に引っ張られてしまっている。

 さっき隼人の携帯が震えていたような気がしたが、多分頃合いを見て「ちゃんと話し合ってるか?」なんて茶々を入れてくる人たちからだと思っていた。

「そういえば、そうだったね」

 何かを考えようとした桃香が、ふと手元に目線を落として、それからぽつりと言った。

「あ」

「うん?」

 話は戻ったけれど、桃香の反応はさっきまでと違っていた。

「はやくん」

「……?」

 繋いだままだった手を桃香は自分の顔に寄せて、それから軽く隼人の方の手の甲に頬擦りをした。

「桃香?」

「これ、言えないよね」

「……当たり前だろ」

 呆れ一割照れ二割、あとはその肌触りと柔らかさに占められながら呟くように答えると桃香は笑顔で囁いた。

「内緒のことは秘密でいいかな、って」

 いい考えでしょ? という桃香に、まあそれしかないか……と思いつつも指摘したいことはあった。

「普通はこれも、だよな」

 重なっている方の手を空いた手で示す。

「……仲良しならするかも」

「随分仲良いんだな俺達って」

「だってわたしたち仲いいでしょ?」

 そうだった、と自爆した気分を味わう。

「もう外でしちゃったことは……しかたないよね」

「しなくなると却っておかしいかもしれない」

 何を変えても美春たちにかかれば何かの理由にされそうだった。

「だよね」

「うん」

「じゃあ、今まで通りにするね」

 冷静な部分でならさり気無く二割ほど控えれば、という考え方も出来ていたけれど。

 桃香も隼人自身も許容できないんだろうな、とわかっていた。

 むしろ。

「気をつけてな、桃香」

「わ……」

 もう一度、今度は隼人の方から桃香の髪と頭に触れる。

 ついさっきの手触りがもう懐かしいくらいだった。

「これは、ダメ……なんでしょ?」

「そう、駄目な実例」

「ほんとに?」

「本当だって」

「……」

 桃香には珍しい疑いの眼差しを向けられる。

「じゃあ、それでいいけど」

「ん」

「はやくんなら、言ってくれればいつでも……ね?」

 そのころりと変わった表情と申し出は心底嬉しいと思いながら、また悪い癖が出た。

「桃香」

「なに?」

「いつでもは、よくないって話をしてたんじゃないか?」

「あっ」

 驚いた表情の次は、抗議するように軽く頬が膨れる。

「はやくん、いじわる」

「……ごめん」

 それについては、自覚しかなかった。

「「おわびにもう一回」」

 そして、そんな風に一字一句同じ言葉が飛び出した。

「えっと……」

「うん」

「本当に、ごめん」

 桃香の目を見て、謝った。

「はやくんは……わたしのこと撫でたら機嫌治るって思ってるでしょ?」

「いや、その、多少はそう思った」

「……」

「あと、もう少し触れたかった」

 正直に言うと桃香の表情が和らいだ。

「わたし……ちょっとだけ悲しかったよ」

「うん」

「だからたくさん、要求するね」

「ごめん、桃香……俺の方こそ、気を付ける」

「うん、よろしい、よ」

 今回最後の一回は最長の一回だった。











「じゃあ、そろそろ」

「うん」

 週明け。

 そろそろ通学路に同じ制服の生徒が見え始める手前で桃香が傘の下から出る。

「あ、雨やんでる」

「……本当だ」

「あとは早く湿気もなくなってくれたらいいのに」

 普段より波の大きな髪を気にしてから、でも、と桃香が続ける。

「天気予報に梅雨明け予想でてたね」

「そろそろ夏本番か……」

 傘を畳みながら苦手な暑さに少し渋い顔になった隼人に、桃香くすっと笑った。

「えっと、それで……幼馴染、でいいんだよね?」

「嘘ではないからな」

「ちょっと内緒があるだけだもんね」

 人差し指を口の前に立てて、ちょっと悪戯な微笑み方をして。

「じゃあ、いこ」

「ああ」

 歩くのを再開して……お互いに伸ばしかけた手を同じタイミングで引っ込めて。

「気をつけてね、はやくん」

「桃香も、な」

「えへ……そうだね」

 虹でも出ないかな、と雨上がりのアスファルトを水たまりを避けながら進んだ。



いつも読んで頂きありがとうございます。

これで一区切りとなり、ストックも減ったため更新ペースもゆっくりになります。

勿論、これからもまだ続きますのでよろしければ楽しんで頂ければ幸いです。

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