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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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36.隼人の望み

「……はやくんの心臓、すごくどきどきしてる」

「……当たり前だろ」

 その囁きでやっと時間が動き始めたような感覚がするほど、桃香の言葉に打たれていた。

「当たり前、だろ」

「えへへ……」

「何を、突然……」

 そう尋ねると、シャツを握っていた手が解けて、代わりに脇腹の辺りを突かれた。

「はやくんが意地悪なこというから」

「……ごめん」

「あとは、ちゃんと考えているって宣言してくれたのはうれしかったのと……」

 かと思えば、両手を背中から回される。

「もし、他の誰かに言われていたら……上書きしちゃいたいから」

「……大丈夫、桃香にしか言われてない」

「……よかった」

 一番最初だった、と桃香の空気が微笑んだところで、唐突に二人のポケットからメッセージの通知音がほぼ同時に鳴った。

「……!?」

「わ」

 反射的に身を離して、このままでは持たなさそうな間と緊急ではないのかという考えから確認すると差出人は同じだった。

 金曜日だからもう三十分は付き合わせてしまうとご両親に許可を得たのでゆっくり帰るように、という二人の両親から大きな信頼を得ている悠からのメッセージだった。

「桃香」

「うん」

「明日にしないとって思ってたけど……二人でもう少し話したい」

 いいかな? と確認すれば桃香は素直に頷いた。




「ここに座ろうか」

「うん」

 もう誰も居なくなった公園の、通りからは遊具や植木で死角になるベンチを選んで並んで腰かける。

 座った後、桃香が身動ぎをして二の腕同士がほんの僅かに触れるような距離に身を寄せて来た。

「桃香」

「うん」

「さっきは、ありがとう」

 最初の驚きが去って、少し落ち着いた心で桃香が言葉にしたことに返事をした。

「その……嬉しかった」

「えへ……ありがと」

 ほわりと笑った桃香が、続ける。

「でも、ごめんね」

「何で?」

「ちゃんと待ってるって言ったのに……我慢できなくって」

「……ああ」

 そうかその事か、と思ったが。

「それはむしろ、俺が勝手に待たせているだけだから……」

「勝手に、じゃないよ……わたし、ちゃんとそのつもりだけど」

「……でも、理由はこっちの勝手だから」

 少し静けさが訪れた後、桃香が切り出した。

「ね、もし嫌じゃなかったら……聞いていい?」

「何を……じゃないよな」

「うん、その……わたしが何かしたら、減らせたりとか、できる?」

 夕方から夜のものになりかけている風から桃香の香りがした。

「その……おかしなこと、言うけど」

「だいじょうぶ、だよ」

「……ええと」

 一回言葉を空振りした口を閉じて、しっかり心を決めた。

「俺、桃香に好きになってほしい」




「わたし……そう言ったよ」

「うん、わかってる」

 暫く黙った後、抗議するように隼人の胸をそっと叩いた桃香から、そっと少しだけ身を離す。

 しっかりと桃香の、街灯でもわかる赤い表情を見るために。

「桃香は、すごく素敵な女の子だと思うんだ」

「……ほんと?」

「勿論」

 頷いてから、だからこそ、と続ける。

「だから、ずっと昔から一緒にいたのはとても幸運だと思うけど、でも」

 そっと両手を桃香の肩に添えて言い切る。

「その理由がなくても桃香に好きになってほしい……最初から近かったからじゃなくて俺だからって理由で一番特別な女の子の気持ちを手に入れたい」

「……」

「例えば、この春はじめて桃香と出逢ったとしても選んでもらえるくらいに」




 そう思っているんだ……そこまで緊張でカラカラになりそうな喉で一気に言って、少しせき込んでしまった。

「はやくん、だいじょうぶ?」

「あ、ああ……平気」

 ただ、そのせいで視線を桃香から外してしまい……そして上手く戻せない、どうしても襟元のリボンから上に行けなかった。

「あのね、はやくん」

「うん」

「それは難しいんじゃないかな」

「……馬鹿なことを言ってる自覚はある」

「そうじゃなくって」

 鼻先を突かれて顔を上げれば桃香が優しく笑っていた。

「わたしたち、産まれた日からいっしょなのに……はやくんのいないわたしって、それは誰か別の子で、はやくんがいてくれるのがわたし」

「そんなにか……」

「うん、そんなに」

 それにね、と桃香が続ける。

「ちゃんとそれだけじゃない理由ではやくんのこと、すきだよ」

 真っすぐな視線と言葉に胸を満たされて言葉を失っているとそれを別に捉えたのか桃香が続けていく。

「泣いていたらいっしょにいて頭をなでてくれたこととか、脚が速かったりで先に行ってもちゃんと待っててくれるところとか、そしたらちゃんと手を繋いでくれるところとか」

「ん……」

「お化けがでてきても、ちゃんとやっつけてくれるところ、とか?」

 そこでたまらず、思わず二人で笑ってしまった。

「他にもね、わたしの作ったものをおいしそうに食べてくれたりとか、苦手なものが出たときは……こっそり助けてくれたりとか、奇麗な花が咲いていたらそこまで連れて行ってくれたりとか」

 あとは、と最後に言って。

「わたしのことを、たくさんちゃんと考えてくれるところ」

 肩に添えていた手をすり抜けて、桃香の額が隼人の右肩に甘える速度で落ちて来た。




「その、上手く言えないけど……ありがとう」

「ううん」

 少し首を横に振った仕草で揺れた髪がたまらなくくすぐったかった。

「今みたいに挙げてくれることを……今から全部、今の俺のことで埋めていってしまいたい、って言ったら変かな?」

「……えっと」

「半分くらい、昔のことじゃないか」

 隼人の呟きを聞いて桃香が、くすりと笑った。

「はやくん、もしかして」

「もしかして?」

「はやちゃんに、やきもちやいてる?」

「え?」

 隼人にはない発想の言葉に、心底驚いたけれど、その後で言い表すならそれがしっくりと来る気もした。

「そうなのかも……しれない」

「ちゃんとはやくんも好きだよ?」

「それを『が』にしたいんだ」

「そっか……そうなんだ」

 隼人が手を回したなら腕の中という距離で桃香が見上げて来る。

 そして囁く声量で聞いて来た。

「どうして?」

「どうしてって……そりゃあ」

「それは?」

 鎖骨をくすぐられる感触に、顔どころか体まで熱くなるのを自覚して少しだけ下がってしまう。

「本気で桃香に好きになってほしい……からだよ」

「そうなんだね」

 桃香が体勢を直したため、距離がもう少し離れるのを残念に思って、矛盾していると感じた。

「はやちゃんがしてくれて……はやくんがしてくれてないことは、あるかもね」

 桃香が残念そうに言ったことが、上手く咀嚼できなかったけれど、それでもはっきりしていることはあった。

「それを、全部換えてしまいたいな」

「うん、はやくんがそうしたいなら」

「そうさせてほしいし、そうできたら教えてほしい……そうしたなら、あの時の約束をもう一回桃香に言うよ」

「……!」

 本当? と聞いてくる桃香の瞳に一度笑い返してから、続ける。

「だから、桃香には呆れられるかもしれないけれど」

「呆れるって、どうして?」

「それはまだ桃香のことを待たせ……」

 隼人自身ですらもどかしさはあるのに、という気持ちが口から出かけたところで、桃香の香りと体温がもう一度至近距離に近付いた。

 さっき隼人が下がった分以上に桃香が身を寄せていた。

「わたしは……楽しみでどきどきしてるよ」

「……!」

 そっと桃香の手が隼人の胸に当てられ、ほんの僅かな重みの支えにされた。

「だってね」

 一瞬だけ、頬に桃香のあたたかくやわらかな場所が触れる。

「こんなにすきだけど……もっとすきにさせてくれるんでしょ?」


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