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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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35.桃香の気持ち

「今日はまた賑やかですね」

 彩がぽつりと感想を述べた。

 いつものように悠の傍に集まっている女子ではなくて、今日は大人数でやってきた隼人たちに。

「おおきなかぶ、かな?」

 その時点で大変楽しそうな笑みを浮かべている悠が見た目の感想を述べた。

「吉野君を連れてくるのが私の仕事なんだけど」

 と主張しながら隼人の手首を掴んでいる真矢。

「……」

 そんな真矢が隼人に強く触れているのを真矢の反対の手を引いて無言の抗議している桃香。

「まだ話は終わってないぞ」

 真矢に引かれているのとは反対側の隼人の襟を逃がさん、とばかりに掴んでいる勝利。

「まあまあ、結城君」

「ちょっと落ち着こうよ」

 そんな勝利の両肩をそれぞれ、こちらは遊び半分で宥めるように叩いている美春と友也。

「まあ、色々と……あるんだ」

 その中心で疲労感たっぷりに言った隼人に。

「そのようですね」

 彩がいつもの表情のまま、頷いた。




「高校生活が充実しているようで何より」

 ファンの女子たちに別れを告げ再会を誓ってから悠は隼人たちの傍に緑の黒髪を靡かせながら颯爽と歩み寄ってきた、実に上機嫌で麗しさを溢れさせている様に周囲で見ていた女子からは溜息が漏れていた。

「しかし、色々、ねぇ」

少し目を細めて唇の端を上げてから手の甲を頬の傍に立ててそれなりに潜めた声で予想を述べて来る。

「ついに隼人と付き合い始めた桃香が嬉しさの余り教室で自爆した、とか」

「お、お姉ちゃん!」

 先ほどの花梨にされたものと同じような指摘で隠し事ができないと身近な存在から言われてしまった桃香が抗議の声を上げた。

「おや、違ったか」

「ええ、違うんです」

 花梨がそう答えると、細い人差し指で緑のリボンを彩りに添えたさらさらの黒髪を巻くように遊んでから、その二、と言わんばかりに指を二本にして隼人の前に出す。

「桃香が大切で大切で仕方ない隼人が愛しさ溢れて遂に『桃香は俺のもの』宣言をした」

「してません」

 即座に隼人が首を横に振った。

「おや、昔、家の父様がお化けの仮装で現れたときに桃香があまりに怖がるものだから自分も泣きながら新聞紙丸めた刀で撃退したくらい桃香が大事な隼人が?」

「大事じゃないとは決して言ってないし、そんな幼稚園の頃のこと掘り返さないで」

 よく演劇のように長いセリフをすらすらと話せるな、とは少し感心するものの。

 披露されたエピソードに琴美や絵里奈が口を押えて笑いをこらえているのが視界の隅に映って頭が痛くなる。

「うーん……居眠りをしていた桃香が寝言で隼人のことを呼んだ、じゃ弱いか」

「わたし、学校で居眠りはしてないよ……」

「というか、姉さん……」

 そろそろ止めないとさらに色々蔵出しをされてしまいそうで止めにかかるが、悠は「わかっている」と片目を瞑って指で隼人の鼻を突いた。

「何かきっかけがあって、散々もどかしい思いをさせられていたクラスの皆にお説教をされているところだった」

 違うかな? と問われて大体その通りなのが若干悔しく、とりあえずわかっているなら最初から遊ばずに話を進めてほしかった。そんなのは悠の性格的に無理だともわかっていたけれど。

「隼人のクラスメイトの皆」

 そんな隼人の心を知ってか知らずか、悠が隼人から目を離して周囲を見回して提案していた。

「そのお説教、私も参加させてもらっていいかな?」

 悠が外でなければスキップでも始めそうな朗らかさで提案していた。

 そして。

「悠姉」

「ん?」

 冷静に待ったをかける声に、もしかすれば止めてくれる可能性があるかもしれないと僅かな希望を抱いたりもしたが。

「他にご迷惑ですから、場所は変えましょう」

彩の方もまだまだ隼人を開放する気は無さそうだった。

「私も、勿論参加したいので」

 むしろこちらも静かに盛り上がっている模様だった。




「そんなわけでこいつらは人目も憚らず毎日毎日……あーっ」

「おや、どうしたんだい? 結城君」

「説明してるこっちまで恥ずかしくなってきた……んすよ」

 三年生相手に敬語を使っている勝利の姿はまあ普段なら多少レアだと思いながら見れたかもしれない。

 実際のところとしてはファミレスの大人数用の席の角に押しこまれている隼人にそんな余裕はない。

「だって……一緒にいたらうれしいし、はやくんの傍は安心できるし」

「だ、そうですよ? 隼人」

 とりあえず今は桃香も傘を持っているのに隼人の傘しか使っていない件への言及であったりする。

「全部正直に言わなくてもいいじゃないか……」

 いっそのこと、多少皆に何か言われてでも桃香の口を手でふさぎたい、がこういう時だけ桃香の位置は反対側にされているので手出しができなかった。

「安心なさい、吉野君」

 涼し気な顔で紅茶を飲んでから花梨が述べる。

「桃香、全部顔と態度に出ているからそのくらい皆知ってるわ」

「全然安心できない」

「むしろ大部分の女子の意見としてはそこまでやられてしまえば見ていて小さな幸せ貰ってる気分、だけどね」

「今日も桃香は吉野君によく懐いているな、みたいな」

 そんな風に思われていたのか、とがっくりと力が抜けた隼人の肩を隣の友也が軽く叩く。

「で、綾瀬さんがそうなのに具体的な関係になってないなら、そりゃあ『何やってんだ? 腑抜けが!』と言いたくなる僕ら男子陣の気持ちは隼人もわかるよね」

「……はい」

 低音の利いた口調が一瞬だけ勝利が混じってた気がしたが、それを指摘すると厄介そうなので素直に頷いた。

「別に、桃香を……他の人のように扱っているつもりはないんだけど」

「隼人が吉野さんに対して段違いに優しいのはわかってるけど、外に対してって意味」

「むしろそんなに手出ししないなら別の噂が立つかもね」

「別?」

「それ以上は乙女の口からは何とも」

 しっかり付いて来た上にちゃっかり悠を見易い席をキープした真矢が茶々を入れる。

「おやおや、戸浦さんはいけない子だね」

「あ、す、すみません」

 悠に小さな子を諭すように窘められて小さくなる真矢だが。

「まあその嗜みは理解しないでもないけど、ほどほどに、ね?」

「は、はい……」

 笑顔で注意されて頷きながら「あ……目に焼き付けないと、レアなお姿もあわせて」と怪しく呟きだす。

 悠は制服で寄り道するわけにはいかない校則のため少し彩の家に立ち寄ってから合流しており、普段より中性寄りの私服姿だった……ファンとしてはくすぐられるものがあったのだろう。

「全く……隼人も桃香や戸浦さんくらい素直ならいいのになぁ」

「すんませんね、可愛げが無くて」

 わざと擦れた言い方でそっぽを向けば。

「すまん、やっぱり隼人は隼人で可愛い」

「ぐ……」

「ふふふ」

 悠と隼人のやり取りに小さく笑った彩が、ここで初めて自分から話題を口にした。

「まあ、お年頃男子の隼人のことだから、桃香と二人きりの時ならもっと素直なんでしょうけどね」

「なるほど、桃香専用の時の吉野君……」

「おお、お姉さんの意見」

 絵里奈と美春に感心されて、あとお姉さん呼びされてほんの少しだけ得意そうな彩だった。

「さっすが一日足りれば三年生が言うことは違う」

「さらにもう一日早ければこっちが姉様呼びさせてあげたんですけどね」

 からかうような顔と澄ました顔でじゃれ合った四月一日と二日が誕生日の二人が揃って桃香を見る。

「それでどうなのかな?」

「隼人は二人きりならもっと素直なのか? 桃香」

「……なんでそこで桃香に聞くかな」

 ここぞとばかりに桃香に振る琴美と悠にこれは絶対に危ない、と直感したが、すでに遅く。

「えっと……」

「普段言わないことを言ったり、距離が近かったり、いつも以上に甘かったりという意味ですよ」

「彩姉さん!」

 何食わぬ顔で駄目を押す彩に強めに抗議するが。

「な、ないしょ……」

 桃香は今回初めて黙秘権を行使してくれたものの。

「はい、吉野君有罪」

「とっとと責任取って」

「あれ? なんだか無性に隼人をどつき回したくなった」

「……奇遇だな、柳倉」

 これは先日二人で浮かれてしまった時のことを思い出しているな、と確信できる真っ赤に溶けた顔では言葉以上に言ってしまっていた。

「隼人」

「なんでしょう」

「たいへんよくできました」

 そして悠がその言葉通りの表情を組んだ細い指の上に乗せて尋ねて来る。

「で、他の人のように桃香を扱っていなくて、桃香にあんな顔をさせてるのは……それは付き合うのとは違うのかな?」

 頷いて肯定してから、悠と……ここにいる全員に告げた。

「今はそうだけれど……話もちゃんとして、桃香のことはちゃんと考えているよ」

 主に女子からの感嘆の声は聞こえたが、隼人も自然体で言える内容ではないので悠と桃香の顔しか見ることは出来なかった。

「きちんと考えているならばこの場のところは良し……と思うんだが」

 皆はどうかな? と満足そうな顔の悠がこの場を総括した。

 反対意見はなかった。




「……相変わらず嵐みたい人だよな」

「ちょっと……疲れたね」

 大変有意義な時間だった、と悠は笑いながらさらりと全員分の会計を済ませ去っていった。

 その後普段と違う道順の帰り道で、最後まで一緒のルートだったが反対側の歩道にいた花梨が一瞬だけ手を振って曲がっていった後、思わず溜息のように漏らしていた。

「あー……」

「はやくん?」

「いや、なんでもないよ」

 二人になった途端に気が緩んだところがさっきまでのあれやこれやや、「この流れでお邪魔虫をしろというの?」なんて言って行った花梨を肯定してしまっていて苦笑いするしかなかった。

 何より無意識のうちに距離を縮めて合図するように手を触れさせて繋いでいるのだからもう申し開きも出来ない。

「でもよかった」

「何が?」

「こっちは晴れて」

「ああ」

 桃香に倣って夕方の気配を含み始めた空を見れば、ここからとんでもない急転がない限り星空が望めそうな具合だった。

「そういえば今日は七夕か」

「短冊、飾りにいくのわすれてたね」

「ああ、そうだった」

 テスト終わってすっきりしたら、とか言っているうちに何かとそれどころでなかったため期日は一杯、といったところになっていた。

「でも、どうしようか」

「え? お願い、ないの?」

「そんなことはないけど」

 さっきまでの照れ隠しというか、少しは抗議したい気持ちも込めて、からかうように言う。

「桃香は素直に言ってしまうから短冊にしない方がいいんじゃないか?」

「……はやくん」

「!」

 桃香が唐突に立ち止まって、繋いでいた手をするりと解かれる。

 二歩ほどそのまま進んでしまった隼人の背中に、軽く追突してきたのは高さから桃香の額だとわかった。

「わたしだって、はやくんと二人きりじゃないと言わないこと、あるからね」

「桃香?」

「……」

 シャツの背中を握られる感触の後、小さくともはっきりと桃香の声が聞こえた。

 それは世界のどんな音より意味のある言葉だったから。




「はやくんのこと、すき」




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