番外03.
「よかったら、俺と付き合わない?」
えーっ? そんな漫画みたいなセリフと展開って本当にあるの!? なんて言葉を口元を抑えて飲み込む。
瀧澤美春、一年生の春の出来事だった。
第一印象は同性から見ても結構かわいい子だな、というところだった。
進学して最初のクラス分けで入った教室の窓際で例年に比べて遅めの桜を見ながら窓からの風にミルクティー色の髪が遊んでいる姿にそんな風に思った。
そして学校生活が始まって見れば成績も優秀で態度も真面目、そして人当たりも控えめで丁寧ときて、休み時間は儚さを感じさせる表情で空を見上げている……しいて言えば体育だけが並より下だったがそれさえも好意的に捉えている男子は多かった。
あそこまでいくと欠点さえうまく転がるのか、などと思いながら美春としては気になっている髪の癖かどうにも成長期が足りていないスタイルをどちらかだけでもせめて神様どうにかしてくれませんかという気分だった。
まあ、そんな訳なので少々噂になり始めているのは何となく小耳に挟むようになり……そしてある日。
「あったあった」
放課後。
セーラー服のポケットから行方不明になっていた生徒手帳を裏庭の焼却炉へ行くブロックが敷かれたルートの途中で発見する。
多分、清掃の時間ふざけすぎて慌ててゴミ箱を持って走った時に落としたのかな、と思いながら一ヶ月もせずに紛失して母親からお小言をもらうのを回避できたと胸をなでおろす。
そんな時、真新しい制服と印象的な髪の後姿を視界の隅に発見した。
「え?」
確か彼女は掃除当番の持ち場も違ったしそれ以外で焼却炉付近に用事がある生徒なんて……と思ったところでひらめいた。
これは、もしかすると、もしかするのか?
現金にも生徒手帳を落としてむしろラッキー、なんて考えながらそっと足を忍ばせ方向転換をする。
罪悪感がないわけではなかったが、中学一年生の興味本位は軽々とそれを上回った。
「そ・れ・に」
何か妙なことになったら助けに入らなければいけないかもしれないし云々、とか自分に言い訳もした。
大人しそうで押しに弱そうなイメージがあったから、もし少々粗暴な男子に押し切られたりしたら大変なことになるじゃないの?
「おお……」
校舎の角からちらりと覗けば呼び出した相手らしい上級生と思しき男子はなるほどこういう行為に走るのに慣れていそうだ、と納得できるくらいになかなか見目の良い長身だった。
そうか、持ってる人ってどこまでも持っているんだな、世の中不公平。などと思っていれば件の男子がさらっと言った。
「よかったら、俺と付き合わない?」
えーっ? そんな漫画みたいなセリフと展開って本当にあるの!? なんて言葉を口元を抑えて飲み込む……ここで覗き見しているのをばれた日には教室に戻り難くて仕方がない。
それにしても年上の高身長イケメンか……それも悪くはない、というかぶっちゃけ羨ましい……我が身に起こればなぁ、と空想しそうになったところで返答が聞こえた。
「ごめんなさい」
うんうんそうだよね、普通に考えればオッケーだよね……。
「「……え?」」
思わず名も知らぬ先輩(推定)と声がシンクロする。
声量はあちらが特大で美春は極小という違いはあったけれど。
「わたしは大切な人を待っているから、その人以外とはお付き合いしません」
一方で、言い切った声は何度か世間話程度に話したの印象とは違うはっきりしたものだった。
そして小さく頭を下げるとそのまま二の句を告げさせずもと来た方を向いてその場を去る。
「あ」
つまりはこっそり追いかけて来た美春が隠れている方向に来るということで……。
いけない、と思い慌てて移動を開始しようとしたつま先に何かのペナルティなのかブロックの僅かな段差が食らいついた。
「えっと……滝澤さん?」
完全に転倒まではいかなかったものの地面に両手と両ひざを付いた格好の美春に驚きと心配が半分の声がかけられた。
さっきの断りの声よりずっと普段の印象の声色に戻っていた。
「だいじょうぶ?」
「い、一応」
「痛かったりとかは?」
「……」
あたしの心です、と心の中で懺悔して何でもない風に立ち上がる。
「あ」
「え?」
「はい、落とし物」
そもそもの発端だった美春の生徒手帳がまたしてもポケットから躍り出ていたのを入れ違いで屈んだ後、差し出された。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
柔らかい表情で応じられて、思わず余計な言葉がポロリと出た。
意図的に話を逸らす、とも言う。
「あー、こんなすぐに無くしたらお母さんとかに怒られるとこだった」
「うん、そうだよね」
「え?」
「わたしも時々ぼーっとしててそういうことしちゃうから、わかる」
ずっと今までより親しさを感じる笑顔に、良心が限界だった。
「ご、ごめん」
「え?」
「その、さっきの、見ちゃってた」
あ……という呟きの後、妙な沈黙が始まり、照れ隠しも併せてたまらず思ったことを口走ってしまっていた。
「やっぱり、可愛い子は違うよね」
「え?」
「居るんでしょ? 彼氏」
「かれし?」
辛子のイントネーションで首を傾げる姿に思わず突っ込んでしまう。
「え? だって、すっぱり振った上に大事な人いるんだったら……そうなるじゃん?」
「い、居ないよ」
「うっそ」
「あ、その、か……彼氏、はまだいないけど……」
「……」
「大切な人は、いる……の」
その言葉を聞いて、もう一度さっき聞いてしまったことを良く考える。
「あ……そっか、その人を、待ってるんだっけ」
「うん」
「事情があるんだ」
「……うん」
「それで、時々寂しそうに空見てるんだ」
「……!」
時間を空けて、小さく頷いた様に声を掛けた。
「会えたらさ、その人にさっきの顔見せてあげなよ」
「え?」
「絶対、彼女にしたくなると思うから」
可愛いのは見た目だけじゃないじゃないの……と思った。
なので。
「ほら、次の授業始まるよ」
翌日、今度は廊下で呼び止められていた彼女の腕を取って強引に歩き始める。
呼び止めた相手は昨日の上級生の仲間らしく今度は俺が行って決めて来るとかなんとか言っていたのを見てしまっていたので。
そんな軽さでこの子に粉かけてるんじゃないよ、と心の中で舌を出す。
「あーいうの相手にしてたらキリないよ」
「う、うん」
「もう決めてる人、いるんでしょ?」
「……うん」
にこりと笑った顔に世の中には果報者がいるものだな、なんて思いながら。
「ありがとう、たき……」
「美春」
少しゆっくりな言葉を遮って宣言する。
「あ」
「いいかな? 桃香」
「うん、美春ちゃん」
瀧澤美春、目撃する(中学校一年春)