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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
33/225

30.午後一時のもぐもぐタイム

「すごーい」

 隣から感嘆の声が聞こえる。

「大きくて、いっぱいいるね」

 ゲートを抜けてからまず現れた巨大水槽にゆっくり並んで近付く。

「はやくん?」

 思わず小さく漏れた笑い声に、桃香が不思議そうにこちらを見上げるので隼人は返した。

「いや、確かにその通りだな、って」

「だよね」

 程よく真ん中過ぎない場所で止まって、それぞれに水槽の中を眺めながら気になったりする魚を指差してそれを追いかける。

「あの子、さっきからすっごいぐるぐるしてるんだけど」

「どこ?」

「ほら、あっち」

 そんな風にしていると、突然階下にまで続いている水槽の下から泡と共に清掃道具を持ったダイバーが掃除道具片手に上がって来た。

「わ!」

 ゴーグルの下なのではっきりとはわからないが、目が合ったのだろうか目の前で静止したその人が隼人と桃香の間を指差した。

「……?」

 これのことですか? と桃香が繋いでいない方の手で指を結んだ手を差すと、それだよ、と言わんばかりに親指を立ててから再び彼(彼女?)は手を振って上の方に浮き上がって去って行った。

「どういう意味だったのかな?」

「……どうだろ」

 言葉にしてしまうには気恥ずかしくて、数回変換した表現で口にする。

「まあ、いい一日を、ってことか」

「えへへ……そだね」

 薄暗い通路で水槽からくる淡い光に浮かぶ桃香の表情を見ながら……これが疎くとも隼人なりに調べた中で水族館が勧められている理由か、などと納得させられた。




「かわいいねー」

 水槽の方に少し屈んで顔を近付けた桃香に、前を通るコツメカワウソが一瞬だけ顔を向けて髭を動かした後、去って行った。

 愛嬌のある姿には桃香の感想にも頷けるが……。

「桃香は割と全部可愛いで済ますな」

 いや、女子全般かな? と思いながら口にした。

「え? そう?」

「さっきの大きな蟹とか亀とかも」

「かわいかったよ?」

「深海魚とかでも?」

「あの子たちはあの子たちで良さがあるよ」

「そんなものか」

「うん、そんなものだよ」

 強く頷いてから、またカワウソの水槽に目を向けてちょこちょこと動く様を楽しんだ後、時計に目を向けて次の行き先を宣言する。

「今度はペンギンのおさんぽタイム行こ?」




「かわいい……」

 人垣の間に仕切られたレーンをゆっくり歩いてくる姿に桃香が表情を崩して、それから。

「とことこして、ぴょこぴょこしてる」

「いや、別に言い直さなくても」

「つまり、かわいいよね」

 そう隼人の方を見て言ってから、カメラを起動してペンギンの高さにしゃがみ込む。

「あ、こっちむいて~」

 呼びかけたり手を振ったりで忙しい。

「はやくん、はやくん」

 群れの三分の二くらいに差し掛かったところで桃香の声のトーンが少し上がって、強めに袖を引かれる。

「あの子だよね」

「ああ、確かに」

 見覚えのある、というか普段お世話になっている顔つきがのっしのっしと歩いていけば桃香が五割増しでシャッターを切りまくる。

 そして殿のやたらのっそりとした動きの一羽が去っていくと桃香が満足気に立ち上がって再度隼人の手を引いた。

「さ、次だよ」




「まだ空いてるね」

 そう言って中央にあるプールに向かって階段を下りていく桃香を呼び止める。

「待った待った」

「え?」

 ここから先は水飛沫の飛ぶ可能性を指摘する柵のところにある注意書きを指差す。

「白い服着た女の子」

「あ」

 ぴたっと足を止めた桃香が少し段を戻る。

「少し遠めでも真正面を取れそうだ」

「うん、そうしよっか」

 ショーの全景が見易そうな席を見繕って腰を下ろすと、桃香がステージの隅を見ながら言ってくる。

「たしか、あの大きなボールとかもイルカがこっちにキックしてくるんだってね」

「それなら飛んで来てもいいかな」

「がんばって押し返そうね」

 拳を握った桃香が、ショーの開始までの時間を確かめてから提案してくる。

「それまで、いい写真撮れているか見よ?」

「ん」

 順番に表示をさせながら「これはなかなか」と品評している桃香が尋ねる。

「はやくんは、あんまり撮ってない?」

「まあ、桃香ほどじゃないかな」

 撮影していないわけではなかったけれど、実際楽しそうな桃香を見ているのが隼人的には本題になっていた。

「かわいいな、って思ったら撮っちゃえばいいから」

「ん」

「カメラの設定も少し調整しようか」

 日中の屋外だから、と横で教えてくれながら思い出したように確認を取ってくる。

「はやくん、お腹は減ってない?」

「まだまだいけるけど」

「じゃあ、このあとはもう一回ペンギンプールでごはんタイム見てからお昼にしようね」

「わかった」

 入場時に貰ったパンフレットで館内図を見ていれば周りの人が増えるペースが上がっていき、軽快な音楽が流れ始める。

「はじまるね」

「ああ」

 挨拶代わりのハイジャンプに歓声と、派手な水飛沫が上がる。

「あ、あれは……ダメだったね」

「すごいな……」

 警告付きだった前の座席は透明なシートを広げていてもずぶ濡れになっている模様だった。

 そして。

「桃香、来た」

「ほんとだ」

 観客席とプールとを何度か往復したボールが真っ直ぐに飛んできたのを二人で押し返して。

「あはは」

「はは!」

 今日一番無邪気な笑顔になった桃香と顔を見合わせもう一回笑いあった。




「ちょっと、遊びすぎたかな?」

「楽しかったからいいんじゃないか」

 この時ばかりは手を放し、二人分のクレープやホットドックの乗ったトレイを支えながら縦の列になって外に出る。

 精一杯午前中のイベントを制覇したころにはフードテラスは満席で軽食を調達するのにも一苦労してしまっていた。

「あそこのベンチ、空いたみたい」

 席を求める家族連れもまだ多い中でテーブル席を使うのも気が引けて、トレイを膝に置けばよいかとそちらに座る。

 桃香の水色のティアードスカートは絶対に守りたいので隼人が膝を少し開いて乗せることにした。

「見晴らしいいね」

「ああ」

「潮の香りがする」

 海を見渡せる景観と室外の陽光に桃香が目を細めてから、少しお願いね、と二人分のカップを渡される。

「じつはこれもちょっと楽しみにしてたの」

 白イルカのラテアートをしっかり写真に収めて。

「じゃあ、食べようか」

「ああ」

 少し空腹感が強くなってきていた隼人が二口ばかり食べている間、桃香は手に戻ってきたラテとにらめっこしたあと「ごめんね」と思い切って口にしていた。

「わらってたでしょ……」

「微笑ましかっただけ」

「むぅ……」

 小さく尖らせた口で、今度は包装を開けてツナのクレープを食べ始める。

「ゆっくりでいいよ」

「うん、ありがと」

 昔から食べるスピードがゆっくりな桃香に、男子相応な隼人が言う。

 時折強めに来る海風に髪を抑えながら小さく口にしていく様を何となく見てしまう。

「どうしたの?」

「何というか……食事タイムが人気コーナーなのがわかる気がする」

 そう言って自分のホットドックに齧り付いてケチャップとソーセージの味を楽しんでいると入れ替わりに口を空にした桃香が抗議の声を上げる。

「わたしペンギンでもイルカでもないよ」

「それはわかってるって」

 あまり見ていると桃香に悪いな、と思いつつも少しは目をやってしまう。

 そんな理由でペースは落ちたものの先に食べ終わって、お互い一品だけだと少し足りないということで買ったフライドポテトの包みを開けた。

「先に少し食べるよ」

 どうぞという風に頷いたので三本ほど食べたところで桃香も自分の分を食べ終わり、そこで何かを思いついた顔をしてポテトの容器に手を伸ばした。

「はい、はやくん」

 丸ごと持って行った桃香が一本取って隼人に差し出していた。

「もぐもぐタイム」

「……俺は見ていただけだから不平等じゃないか?」

 知りません、と言わんばかりに笑顔で首を横に振られた後、ポテトがさらに隼人に近付けられる。

 もうこうなれば諦めるしかないのはわかっているので大人しく従って口を開ける……先日団子で同じことをしていたので心の中のハードルが少し下がっていた。

「おいしい?」

 そして困ったことに美味しいように感じてしまうのが非常に拙い状況だった。

 曖昧に頷くともう一つどうぞとばかりに差し出され、結局桃香が満足するまでさっき見物してきたペンギンの真似をすることになる。

「えへへ」

 ご機嫌そうな顔に「何?」と表情で聞くと想像通りの答えが帰って来ることになる。

「たのしい」

 そして半分くらいに減ったところで桃香がトレイに置いたのを、もう危険が無いように自分の手元に確保する、が。

「はやくん、はやくん」

 桃香が口を小さく開けて、顔を隼人の方に差し出してきてしまう。

「さっきは少し怒られた気がするんだけど」

「不平等、っていったのははやくん」

 確かにそう言った覚えがあって反論が封じられる。

「わたしも、もうちょっとだけお腹すいてるなぁ~」

「……わかった」

 再度折られてしまい桃香の口元にポテトを運ぶことになる、それも三回。

 あとは食べちゃって、と満足そうに口元をハンカチで押さえてからラテの続きを飲み始める桃香。

 色々と複雑に混じった気持ちでそれを見ているとにっこりと首を傾げられる。

「残りも、あーんって、する?」

「しません」

 これ以上ご機嫌になられるとこちらの身が持たないとばかりに残りは細かいものが多いポテトを傾けて口に流し込む。

「ちょっとざんねん」

 全くそうは見えないようで、でも確かに名残惜しそうな、そんな器用な表情で桃香がカップに付けていた口を離して微笑んだ。


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