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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
32/225

29.開館は午前九時半

「おはよう」

「うん」

 平日の朝のいつものような挨拶だったけれど、時間は違っていた。いつもであれば遅刻必須、でも休日の朝待ち合わせるには割と早かった。

 水族館の開館時間直後くらいに現地に着こうと主張する桃香に対して、隼人も拒むつもりはなかった。

 時間はどのくらいあっても、とお互い思っていた。

「どう、かな?」

「……どこのお嬢さまかと思った」

 手を伸ばせば振れられる距離にやってきた桃香が見上げるようにして聞いて来た。

 普段とは違うハーフアップの髪に、落ち着いた白と水色のふわりとした服装が涼やかだった。

「ほんとにそう思う?」

「そう思ってる」

 お手をどうぞ、と口には出さないけど促すように手を差し出した。

「いいの?」

「ああ」

 今日はもうそういう外出だから、と自宅の前からだったけれど、桃香の手を包んで駅の方向に歩き出す。

「今日の格好見て、お母さんにね」

「ん」

「はやくんとお出かけなのか、って聞かれちゃった」

 隣を歩く桃香が小さく言ってきた。

「……家も」

「はやくんとこも?」

「母さんに同じようなこと聞かれた」

 隼人の方も自分なりに整えた髪型をしていたため。

「まあ、昼要らないと言わないといけなかったし」

「うん……そうだね」

 しばらく歩いてリカーショップの前を通り過ぎると、ゴールデンウイークと昨日のボウリング大会の時に続いて声を掛けられた。

「桃香ちゃんたち、またクラスの友達とお出かけかい?」

 その言葉に、桃香が一瞬隼人を見てから、にこりと笑って返事をした。

「今日は二人でおでかけです」




「なんだか、新鮮だね」

「そうだな」

 何度かは利用している駅の、初めてのホームで普段とは逆方向の電車に乗る。

 日曜日の早い時間帯の電車内は混んではいないものの、座席が二つ並んで空いている場所はないくらいの人出だった。

「どうしようか、桃香だけでも」

「ううん、少し行けば乗換駅だから」

「ん」

 入口から少し入って、並んで吊革に手を伸ばせばそれを合図にしたかのようにベルが鳴って扉が閉まり電車が動き出した。

「やっぱり」

「やっぱり?」

「はやくん、背が伸びたね」

「今更じゃないか?」

「そうなんだけど」

 桃香が入り口付近にある縦の棒を指さした。

「昔はあそこに二人で掴まったな、って」

「昔はな」

 そちらに目をやっていると、不意に桃香が違う声を出した。

「あ」

「うん?」

「はやくん、ちょっとここ赤くなってる」

 触れるか触れないかで右顎の下あたりに桃香の指が伸びて来た。

「気にしないでいい」

「そうなの?」

「……少し剃るときに手元が狂っただけだから」

 一回瞬きをしてから、楽しそうに言ってくる。

「おとな」

「そりゃあ高校生にもなればそうだって」

「痛かったりはしない?」

「平気だよ」

 そんな会話をしているうちに、電車が減速を始めて次の駅のホームが見えて来た。

「!」

「はやくん?」

 気付いたことがあって、隼人は少し立ち位置を変えて桃香と窓の間に入るようにして窓に背中を向けた。

 正確には反対側のホームと桃香の間に。

「どうしたの?」

「うちの高校の制服……どこかの部活かな」

「何かの大会あるのかもね」

 小首を傾げた桃香が、次いで隼人に言う。

「べつに隠れることはないのに」

「……見せびらかすものでもないだろ」

「そう?」

 時々妙に肝が据わっている時があるよな、と思いながらも少しだけ身をかがめる。

 小さくした声でも届くように。

「少なくとも今の桃香をそんなに……見られたくない」

「そ、そう?」

 頷いた桃香が、少し笑うような声で言ってくる。

「今日のはやくん……」

「ん?」

「ちょっと、えっと……」

 適切な言葉を探しあぐねている桃香に、代わりに言う。

「まあ、浮かれているのかな」

 今口にしてしまったことや、普段より一時間早く起きてしまったことなどで自認しないわけにはいかなかった。

「そっか……そうなんだ」

 桃香がへにゃりと顔を崩した瞬間、いつの間にかドアも閉まり電車が動き出していた。

「わ」

「っと」

 体勢まで崩しかけた桃香を片手で支える、桃香の髪が真下に来ていつも時折感じていた桃の香りが強くなった。

「あ、ありがと」

「ん……」

 ここでいつまでも触れているわけには、と強めの意思で離した手を、逆に桃香の手が確かめるように触ってきた。

「どうした?」

「こっちも、おとなだった」

 何をそんなに……と思うくらい嬉しそうな顔をして、もう一度。

「ありがと」

 そんな風に、囁いた。




 そこから三駅先の大きめの駅で、一気に乗客が入れ替わった。

「あ、はやくんこっち」

 幾つか空いた席を適当に見繕って座ろうとすると、桃香に手を引かれる。

「こっちの方が良いのか?」

「紫陽花が奇麗なポイントがあるんだって」

「そっか」

 並んで座ると、桃香が少し身じろぎして桃香の薄い長袖の布地と隼人の半袖で出している素肌が微妙に触れるくらいの距離に調整する。

「フラワーパークっていうのも有りだったかな」

「それもいいけど、わたしは、今日は断然水族館派だよ」

 そう言った桃香が鞄から折り畳んだメモ用紙を一枚取り出した。

 開くと中には館内のイベントの開催時間などが簡潔にまとめられていて、あと小さくクラゲの絵も描かれていた。

「桃香のお目当ては?」

「ごはんタイム見るのと、ショーとかもぜんぶ見て」

 それと、と付け加える。

「ペンギンプールも外せないね」

 カメラを構える仕草でやる気をアピールされる。

 隼人のアイコンを更新する気も満々のようだった。

「それとあとは……」

「うん」

「時間があまったら、なんだけど」

 少し前置きをしてから、同じ最寄り駅のところなら寄り道してもいい? と桃香が聞いて来た。

「それは、構わないけど」

「うん、じゃあそこも追加で」

「……暗くなる前には帰るからな」

「はーい」




「もう一駅か」

「あっという間だったね」

 桃香が言うほど直ぐではなかったけれど、少なくとも退屈はしない時間だった。

 勉強の問題を出し合おうかとも思ったけれど今日はそれは却下して、窓からの景色や他愛もない話を楽しんでいた。

「疲れてない?」

「ここから本番だよ」

 でもありがと、と桃香が言ったところで本日十数回目の電車の減速を感じる。

 過ぎていくのがゆっくりになった風景がやがて駅に切り替わって完全に停止して、アナウンスと共に扉が開く。

「行こうか」

「うん!」

 少しだけ先に立ち上がって桃香の手を取って。

 ホームに降りれば目的地が同じなのかそれなりの人数が同じ電車から吐き出されている模様だった。

 ベビーカーを押したり小さな子と手を繋ぐ親子連れ、そして男女のペアも。

「ね、はやくん」

 構内表示で最寄り出口を確認している隼人の手を桃香が少し揺らして注意を引いて来る。

「はやくんは……ちょっと浮かれてるんだよね」

「ああ……そりゃあ、少しは」

 遊びに来ているから……桃香と。

 そんな内心で返事をすると、桃香が一つ許可を求めて来た。

「わたしも、浮かれちゃっていいかな?」

 言うが早いか、繋いでいた桃香の手がするりと抜けて内側から……隼人の左手と腰の間からさっきまで繋いでいた手に触れる。

 桃香の指が隼人の指と指の間に挟まろうと主張する。

「前、難易度高いって言ってなかったっけ?」

「だから、浮かれちゃってるの」

 指同士も絡めて、そっと桃香の手を握った。

 承諾の返事をする前に行動が出てしまっていた。

「えへへ……」

 嬉しさを隠せない吐息に、少し胸が熱くなるのを感じた。

「これでさらにデートっぽいね」


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