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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
31/225

28.3/3/4

「じゃあ、早速だけどレーン分けしようか」

「オッケー、アミダ作って来てあるから適当に名前書いて」

「りょーかい」

 一〇本の線が引かれたルーズリーフに渡されたペンで隼人が自分の名前を書いて、隣の桃香に順番を譲る。

 桃香が手早く小さな桃の絵を自分の場所に書いていたので思わず少し笑ってしまう。

「よし、じゃあ、登録してくるよ」

 全員が書いたのを確認した後、ルーズリーフ片手に友也が代表してカウンターに向かっていった。




 土曜日の午後、隼人と桃香は前に行った映画館と同じ建屋に入っているボウリング場に来ていた。

 経緯としては「男子の友情を今度こそ人数も増やして深めよう」と主張する友也と「そういや球技大会の祝勝会してなくね?」という蓮と「面白そうなことしてるなら混ぜなさいよ」と首を突っ込んだ美春の意見が合わさった結果だった。

 あと隼人に関しては、前提として桃香とセット連れて行こう、という扱いをされているような気がしてならなかったが。

「じゃあ、一五一六一七レーンだってさ」

「はーい」

「組分けは発表しないのかよ?」

「ついてからのお楽しみさ」

「じゃあ、行こうか」

 実際、レーンまで場内を集団で移動する間も桃香は自然に隣を歩いていた。

「はやくんとボウリングってむかーし二回くらい行ったかな?」

「確かそのくらい」

「え? どういう流れよ?」

「母親同士が仲良いんだ」

 蓮の素朴な疑問に無難中に無難な答えを返しながら、到着したレーンで画面を指さして桃香が笑った。

「いっしょ」

「ん」

 隼人と桃香、そして。

「とても居辛いんですが」

「気にしない気にしない」

 苦笑する誠人の組み合わせで、まあ誰かが担当になるんだから、と美春に肩を叩かれていた。




「じゃ、ボール選ぼうか」

「そうだね」

 主に女子組が荷物を席に置いた後、連れ立って置き場に向かう。

「え? 綾瀬さん割と重いの選ぶね」

「そうだよ?」

「桃香、見た目は『通学鞄より重いもの持ったことないの』だもんね」

「うーん、林檎の木箱より重いものは……かな?」

「……それって相当重いんじゃ」

「はい、青果店ジョーク頂きました」

 盛り上がっている横で、桃香が選んだものより一つ上の重さ、と手に取るが。

「……あまり経験がないなら無理に重いの選ばない方が良いわよ」

「はい」

 微妙な顔をしたのを見ていたのか花梨に諭され、無難に桃香と同じものにした。

「ところで伊織さんは……マイボールとかではないんだ」

「ふーん?」

「いや、別に変な意味では」

「吉野君が私のことをどう見てるか少しわかったわ」

「上手そうだな、と思ったなんだけど」

「どうでしょうね?」




「よっしゃ」

 小気味いい音が響いて勝利が軽く拳を握る。

「やるじゃない結城君」

「少し、燃えて来た」

 勝利、花梨、琴美の三人が一つ向こうのレーンで異次元の争いを繰り広げていた。

「……あんなにストライクって入るものなんだな」

 少なくとも、隼人にとっては。

 戻ってきた球を手に取って投じるもののピンとピンの間を奇麗にすり抜け何故にこんな時だけ真っ直ぐ行くのだと頭を抱えたくなる……桃香と誠人、あと隣のレーンから見ていた残りの面々からも生暖かく「あれまあ」と言う顔をされていた。

「ま、溝掃除しないようにゆるーくやろうや」

 勝負も何もないので言葉通りリラックスしながら紙カップからメロンソーダを飲んでいた蓮に慰められる。

「というか、綾瀬さんに教えてもらえば?」

 実際のところ、向こうの三人を除けば桃香のスコアが残りの七人の中ではほぼトップだった。

「お、柳倉君イイこと言う」

「それだぁ」

「え? わたし?」

 美春と絵里奈にさあさあと言われて丁度番になった桃香がボールを手に交代に出てきていたところにそのまま隼人が並ばされる。

 まずはお手本を、ということらしい。

「えーっと、ボールを持って、ね」

「うん」

「あとは狙いをつけて、えいっ……て感じ」

「……それは知ってる」

 そう呟いたところで、桃香が放った球は速度こそやたらゆっくりだったがものの見事にストライクしていて、何か理不尽さまで感じた。

 色々な意味でどうすればいいんだ? と囃した面々を見るが全員苦笑いで首を横に振って……それから少し下、とジェスチャーされる。

「えへ?」

「ああ、うん、ナイス……ピッチング?」

 笑顔で両手を差し出している桃香にハイタッチする。

 ピッチングじゃないだろ、という周りからの視線は敢えて流した。




「はやくんはまたジンジャーエール?」

 第一ラウンド終了後、連れ立って飲み物の補充に向かった先で桃香が紙コップを覗き込んできた。

「こういうときはスッキリするものを飲みたいし……それに」

「それに?」

「……珈琲は家で飲む方が美味しいから」

 伝わったのか、桃香が少し得意げな笑顔を作っていた。

「そういえば、桃香は炭酸大丈夫になったんだっけ?」

 小学生になりたての頃に隼人と同じソーダを飲もうとして涙目になっていたのを思い出す。

「……一五分ほど放置したのなら」

「ほぼ抜けてるじゃないか」

「やっぱり喉のところが痛いし」

「まあ、無理して飲むことはないか」

 丁度会話に区切りがつくタイミングで絵里奈が桃香を呼んだ。

「桃香もアイスココアでしょ? 空いたよ」

「うん、ありがとう」

 先ずは製氷機に向かった桃香を何気なく目で追うと、ふと別の視線に気づいた。

「……はやくん?」

「せっかくフリードリンクだからもう一杯飲むことにした」

 後ろに着くようにして、その男子大学生と思しきグループの目線から桃香を遮る。

 まだ氷も炭酸も新しいジンジャーエールを一気に飲み干した。

「わ……のど乾いてたんだ」

「まあ、な」

 小さく拍手する桃香の横から美春が顔を出して来た。

「ところでせっかくのフリードリンクだから、吉野君も新しい世界を見てみない?」

「……それはしない」

「それ、美味しいの?」

「クセにはなるよ」

 なにやら毒々しい色の液体で満たされたカップを見せながらの不気味な誘いを丁重にお断りしていると。

「さっきの立ち位置は良かったんじゃないかしら?」

 抹茶オレをカップに満たした花梨がそう囁いて隼人の隣を抜けて行った。




「あー、遊んだ遊んだ」

「くぁーっ」

 屋外に出て、ぐいーと体を伸ばしている美春と蓮の隣で。

「じゃあ、今回は私の勝ち、で」

「……次があれば負けねぇ」

「そうね、リベンジ案件だわ」

 スコア用紙を見て少しだけ得意げな花梨に勝利と琴美が渋い顔をしていた。

「隼人も楽しめた?」

「まあ、それはね」

 幹事ポジションだった友也に聞かれて、隼人はスコアはともかく、と返す。

「大丈夫だよ」

「何が?」

「最後と最初のスコアの差ははやくんがいちばんいいから」

「……前向きな考察をありがとう」

 意外な視点で褒められて、自分でも何とも言えない表情になっているな、と思いながら桃香に返事をした。

「じゃあ、第二回もそのうちってことで」

「いいね」

 友也に誠人が賛同したところで桃香が少し笑みをこぼした。

「えへへ」

「どうした?」

「ちょっと遊びすぎ、かもって」

 そんな桃香に絵里奈が肩から軽くぶつかっていった。

「何々? 他に最近遊びに行ってきたの~? 誰と~?」

「そういうわけじゃないんだけど」

 過去形じゃなく未来形なだけだよな、と明日の予定を脳内で確認していると、突然友也が肩に手を回してきた。

「ところで、綾瀬さん」

「うん、何かな?」

「この後、当初の目的で男子だけの時間を作りたいんだけど、隼人借りていいかな?」

「えっと、男子会?」

「そうそう」

 少しだけ考える仕草をしてから。

「……晩ごはんまでに返してね?」

「了解です」

 別に今日は桃香の家で食べる訳じゃないけれど、と心の中でだけ思っているうちに「じゃ、行こうか?」と引っ張られ始める。

「あの、俺の意思は?」

「綾瀬の許可は得たから要らない」

 何時の間に隼人を連行するのに加わっていた蓮にスパッと切られた。

「横暴だ」

 そんな様をにこにこと眺めながら手を振っている桃香の帰路を少しだけ心配したが、方向自体は同じ花梨が何やら話し掛けていたのでそこは安心することにした。




「男子会ではなかったっけ?」

「それを邪魔する気はないんだけど」

「ちょーっとその前に吉野君に言いたいことがあるんだよね」

 飲み物を買って上がったファーストフード店の二階席で後ろから肩を叩かれたと思えば美春たちが隼人を見下ろしていた。

「この前、花梨にとっても愉快な質問してたらしいじゃない?」

「……伊織さんに?」

「『俺の桃香は他の人から見ても可愛いよな?』……ですって?」

 もし本日四杯目のジンジャーエールが口の中にあったなら大惨事間違いなしだった。

「……何か、尾ひれがついてないかな?」

 主に所有権のところが。

 花梨は一字一句正確に言いそうなので美春当たりのところでくっついたと思われた。

「背鰭だろうが胸鰭生やそうがそういうこと言ったんでしょ?」

「桃香、可愛いでしょ?」

「その目は節穴なの?」

 一応両方裸眼で2.0以上あります……と心の中では思ったが、そういう意味ではないのは無論承知していた。

「お菓子作り上手の甘え上手で」

「あんな彼女いて何か不満なの?」

「桃香みたいな子、そうそういないよ?」

 このままだと畳みかけられる言葉の圧だけで後ろにひっくり返されそうだった、ので手を上げて三人を遮った。

「勿論、そう思っているよ」

「あ、そ、そう」

「それならいいんだけど……」

「じゃあ何で?」

 肯定に勢いを削がれた問いに、答える。

「そう思っているのが……その、贔屓目ではないと確認したかっただけで」

「そんなの……見ればわかるでしょ」

「むしろ、その点に関して言うなら隼人は近過ぎてわかってないね」

 女子の勢いに押されていた男子から、代表するように友也が言った。

「確認して……どうしたかったのよ?」

「……恵まれすぎてる、ということを自覚しただけ、です」

 正確ではないと思っていたけれど、今外に出せる言葉にするならこういう形だった。

「そっかそっか」

「しっかり考えているようで安心」

 そして三人は順番に隼人の肩を今度はソフトに叩くと「何か相談あるならいつでも声かけて」と言い残して去って行った。

 座ったまま見送った階段の下から降りきった辺りのタイミングで声が聞こえた気がしたけれど、週末の喧騒の中で聞き取ることは出来なかった。




「ええと、それで、なんだけど」

 苦笑いしながら椅子本来の向きに机に直れば、こちらも苦笑で迎えられた。

「男子会……なんだっけ?」

「あー、何というか」

「滝澤さんたちにほぼ持ってかれたというか、言われてしまったというか」

「バスケ部の先輩が女子バスの先輩と諸々あった時思い出した」

「あー……体育館の隅で囲まれてボコボコにされてたな」

「……怖っ」

 こういう時は女子の方が強いと相場が決まっているようだった。

「まあ、何というか隼人も認めているみたいだし」

「別に桃香のことで何かを否定したことはないつもりだけど」

 可愛い子なんだとは、それこそ物心付いたころから思っていたから。

「むしろさっきのバスケ部での事件というのが少し気になる」

「いや、吉野には関係ないと思うよ?」

 誠人が蓮と顔を見合わせて苦笑した。

「そうなの?」

「浮気はいけない、ってそれだけの話だし」

「確かにそれは隼人には心配ない」

「もし綾瀬を心配させたら俺が〆る」

 今まで黙って聞いていた勝利が指を鳴らしていた。

「むしろ、勝利がそれは絶対に無いと思ってるでしょ?」

「まあ、な」

 肩を竦める勝利は、今回は友也に呼び方を訂正しなかった。

 そうしてから、少し空いた間に、全員が飲み物を口にしていた。

「あー、まあ、一応、改めて馴れ初めくらいは聞いとこうか」

「馴れ初めも何も……近所の幼馴染だって、母親同士がちょっと仲いいけど」

「本当にそれだけか?」

 少し野次るような声色の蓮に、再度苦笑いが出た。

「な、なんだよ?」

「それだけ……なんだよね」

 それが最近、心に引っ掛かっているものの一つの表し方だった。




 カップの中の氷が溶けて味が薄くなり、炭酸と全員の気が抜けてきたところで予定より早く場はお開きになった。

 駅に向かいながら、一応桃香に終わった旨のメッセージを送ってから今度は一人での苦笑いが出た……「夕食までに返す」発言と言いこれではまるで。

 面映ゆさに口の中で何を言っているんだ、と呟いたところで長い階段を上った上の改札前に目が引き寄せられ、雑踏の中を可能な限り小走りに駆け上った。

 並行しているエスカレーターの速さではもどかしかった。

「桃香」

 呼びかけながら思うことは、さっき指摘された通り桃香はそこにそうしているだけで多少目立つのだろうということ。

 ただ、こんなにすぐに見つけてしまうのは隼人自身にも理由があるのだろうということ。

「おかえり、はやくん」

「ん……伊織さんは一緒じゃなかったんだっけ?」

「ついさっき用事を思い出したって、先に帰ったよ」

 多分、隼人が送ったメッセージがきっかけだったのだろうとは思った。

「桃香はい……」

 伊織さん、もしくは一緒に、と口に出しそうになったところを桃香に頬を強めに押されて留められる。

 桃香の目線とそこに立っていた理由を考えれば、確かにそれ以上を口にしたら間抜けだった。

「帰ろっか? はやくん」

「……晩ごはんに間に合うように?」

「それにはちょっと早いけどね」

 一ヶ月の少し前、この駅前で行ったときより遥かに自然に手を繋いで歩いていた。




 もしくは。

『はやちゃん、いこ?』

 六年前と同じくらいに戻せている。

 そう思えた。



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