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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
28/225

26.六月の過ごし方

「おはよう」

「うん、おはよう」

 今日から五月晴れとは言えなくなった青空にも負けない笑顔が待っていてくれた。

 ついでにその笑顔には「夏服です!」と大書されていた。

「どう?」

 冬服の時は軽くターンをしてくれたが、今回は腕を開いて小首を傾げるやり方だった。

 真新しい薄水色のシャツとクリーム色のベストが日差しに映え、風までも味方なのか程よく桃香の髪を揺らして広げてくれる。

「爽やか」

「……うん」

「……眩しい」

「…………うん」

「とても夏っぽい」

「…………むー」

「…………遅刻、する」

「まだ大丈夫だもん」

 確かに、この可能性を考えて五分早く出て来た隼人だった。桃香はそれ以上に早出だったけれど。

「……じゃあ、逆にこっちの感想とか聞いたら」

 どうするんだ? と、妙な意地からそんな言葉を口にしかけ……途中で桃香には聞くまでもない、と思い直したが遅かった。

「かっこいいよ」

「……ぐっ」

 何の臆面もなく口にされる。

 実際はほんの少しだけ赤くなっているが、隼人に気付く余裕がない。

「……変な、言い方でも良いか?」

 埒が明かないというか、こちらが踏み切るしかないのはわかってるので意を決して、口を開く。

「うん」

「隣歩いてもいいのかな、って思うくらい……可愛い」

 最後の方は小さくなってしまったが、きちんと桃香には伝わったようだった。

「えへ……むしろ、ね」

 つい袖を摘まむようにしたのだろうけれど、触れたのは隼人の手首。

「むしろ、はやくんしかダメなんだよ」




「じゃあ、そろそろ……行こう、か」

「うん」

 そんな通学前の朝を彩った時間の中で、少しだけ服装が理由でない違和感を覚える。

「ちょっとだけ、待った」

「うん? どうしたの?」

 出て来たばかりの玄関に戻って、母に一声かけてから傘立てから真新しい傘を手に取った。

「……天気予報は夜遅くから、って言ってたよ」

「まあ、何となく」

 髪先がふわふわと揺れる桃香の髪はこれからやってくる雨の季節には湿気で本人が諦めるほど纏まりを欠いて波を打つようになるのだが。

 昔からそれの応用で隼人は普通降らないようなタイミングの雨を予想する特技があった。

「……わたしもわからないくらいなんだけど」

「だから、何となくなんだよ」

 降らないに越したことはない、と言って、行こうと促すが。

「うーん……」

「桃香?」

 今度は、桃香から待ってほしいとの言葉が出た。

「折り畳み傘、置いてこようかな」

「何で……」

 途中まで口にすると、桃香に少し、もの言いたげに見られた。

「いじわる」

「……ごめん」

 意地が悪いのではなくて察しが悪いのです、と心の中で反省する。

 それが前提なのか? とも思うけれど。

「多分……降らないんだけど」

「うん」

「もしも今日降ったら、多分誰か傘なくて困ってる人はいるんじゃないか?」

「うん、そっか……そうだね!」

 そういえば今日の占いは人に親切にだった、と桃香がまた笑った。

「大変そうな誰かに貸しちゃおうっと」




「吉野君」

「はい」

 放課後になるなり、花梨に話し掛けられた。

「午後辺りから何だか難しい顔で空を見てたんだけど……心当たりは?」

 丁度日直で提出物を出しに行った桃香のことだとはすぐわかる、隼人もそうだなと思っていた。

「天気の心配でもしてるんじゃないかな」

「ふぅん? まあ、確かに曇って来てるわね」

 花梨の視線につられて外を見れば午後になって掛かり始めた雲が大分分厚くなり始めていた。

 そんな会話をしていると。

「それはそうとしてさー」

「吉野君」

「その節は大変お世話になりました」

 いつもの三人もやって来て、軽く拝まれる。

「あ、この前のテスト……」

 先ほど英語の授業で答案が返され、全ての結果が判明していた。

「お陰様で追試なしだよ」

「安心して遊べるよぉ」

「割とすぐに期末試験だけどね」

「花梨の鬼!」

「ああ、あと、全国模試もあったわね」

「やーめーてー」

 月末から来月頭にかけそういう日程のため、今月もそうそう気は抜けなさそうだった。

「それはそうとお兄さん」

「……何でしょう」

「また今度勉強会とかやりたいところなんですが……」

「とりあえず今回の心ばかりのお礼として中学校の時の桃香の写真とかどうでしょうか」

 揉み手で賄賂を匂わされる。

「……本人の許可なしでそういうわけには」

「そうなの?」

「桃香本人も知らない写真とかもあるんだけど」

「…………いえ、いいです」

「随分と間があったこと」

 興味は無論そそられるけれどもまだ理性が打ち勝てる、試験も試練も多い。

「まあまあ、それはそれとして今後のために連絡先交換しとこ?」

 絵里奈が放課後には使用可となるパンケーキのデザインされたカバーに包まれたスマートフォンを鞄から出しながら提案してきた。

「ああ、そういうことなら……」

 邪魔ではないのだろうか、とは少し思うと。

「美味しそうでしょ?」

「まあ、うん」

 絵里奈の前に最低限のカバー以外初期装備の自分のを取り出し……画面ではなく隼人がフリーズする。

「あー、そいつ、設定とか全然ダメだから教えてやった方がいいぞ」

「そんなことは……ない、けど」

 薄い鞄を抱えた勝利がじゃあな、と去り際にそう言い残し反論も聞かず教室を出ていった。

「それはそれは……」

「まあ、せっかくだからお姉さんたちに任せなさい」

 悪いようにはしないから、と女子相手に強く出られないうちにあっという間に奪われた。

「あ、何か見られたらまずいものでもあった?」

「……少し調べ物をしていたのでそれは気にしないで貰えたら」

「わかった、ブラウザは触らないようにするね」

 あれよあれよと連絡先が充実し……。

「ね? かわいいっしょ?」

「どっちが好み?」

 白と濃紺、夏冬のセーラー服姿の今よりわずかに幼い桃香の写真も入れられていた。

 ……どちらも非常に捨て難かった。

「保護するならこうで……隠して保存するならこうね」

「あ、頷いた」

「そのくらいいいと思うんだけど、ウチのアニキなんて遊園地で二人で自撮りしたのが待ち受けだよ」

 そして男心はバレバレで、世の中の先達はもっと高みに居る模様だった。




「ただいまー」

「あ、桃香」

「おかえり」

 背中を向けていた教室の扉から桃香の声が聞こえて、慌てて手にしていたものを懐に仕舞う。

「みんな、何の話してたの?」

「この前の勉強会のご利益の話」

「期末試験前にもまたやりたいね……というかやって下さい」

「もちろん、いいよ」

 桃香は一瞬で快諾し、花梨もやれやれといった感じだが頷いていた。

「はやくんも、今度は最初から来てくれるよね?」

 辛うじて問いかけという体裁ではあるものの参加自体は確定のような物言いだった。

 「あの野郎もう家にまで上がって」「しかも伊織さんたちにまで囲まれて」……等々、上機嫌な桃香と驚異の男女比にクラスに残っている男子からの視線が久々に痛い。

「まあ、勉強するなら……折角だし」

 多少は気になるのであくまで勉強メインとはアピールする。

 実際、人に説明することで隼人本人にとっても理解が進んだこともあって集まって勉強する効果自体の方も否めないところだった。

「じゃあ、今月後半に桃香のお家の都合がいいとき、で」

「うん、オッケーだよ」

 じゃあそろそろ部活組が行きますか、となったタイミングで誰かの「雨だ」という声が聞こえた。

「あ♪」

「げっ」

 喜色満面な桃香の声と、対照的な美春の声が重なる。

「バド部は室内でしょ?」

「他の部も体育館来るからゲーム減ってトレーニングの量増える」

「いいじゃん、最近太ったんでしょ?」

「でかい声で言うなー!!」

 やいのやいのがひと段落したところで、桃香が切り出す。

「みんな、傘は大丈夫?」

 何かを察した視線が言った桃香ではなく隼人に刺さる。

「部室に置き傘ある」

「同じく美術室にあるよ」

 こういう時持ちスペースが多い美春と絵里奈は便利そうだった。

「私は折り畳み傘があるわ」

 澄ましていった花梨の言葉に、桃香が願いを込めた視線で琴美を見る。

「……桃香の借りていい、ってコト?」

「うん」

 言うが早いか桃香が鞄を開いている。

「まあ、濡れるよりは有難いんだけど」

 桃香のものはちょっと可愛いんだよね、と小さく言って苦笑いしていた。




「じゃ、ありがとね、桃香……吉野君も」

「またねー」

「じゃあ」

 白に薄い赤のラインの入った傘を一瞬見上げて、琴美が先に出て行った。

 黒髪のボブカットに同じく黒いスポーツバッグの彼女には確かに少し浮くかもしれないな、とは見送りながら思う。

「高上さんって部活じゃないんだっけ?」

「琴美ちゃんは水泳のスクールに通ってるんだよ」

「へぇ……」

 そちらは不得手、というか苦い思い出しかない隼人は若干尊敬の目で後ろ姿を見た。

「じゃあ、わたしたちも帰ろ?」

「ん」

 ネイビーブルーの傘を広げれば自然に桃香が隣に並ぶ。

 もうペースを合わせて歩くのにも慣れていた。

「髪とか鞄、大丈夫か?」

「うん」

 だいじょうぶだよ、と言いながらも距離が数センチ縮んで袖口と肩とが、夏服の袖同士が接触する感触がした。

「大丈夫なんじゃなかったのか?」

「はやくんがやさしいとくっつきたくなるんだよ」

「……そっか」

「傘とかも、ね」

 この前まではビニール傘だったでしょ、と指摘される。

「まあ、ああいうのだと取り違えとか盗まれたりとかありそうだったし」

「……それだけ?」

「……こういうときに桃香が濡れなければいいな、とは思った。安物じゃ入りきらないし」

 早速機会が来るとは思わなかった、と言ってから訂正する。

「いや、桃香が強引に、だった」

「えへ……」

 だってやってみたかったから、と言われると最早隼人に抵抗する術はない。

「ただ、最初から雨なのにわざと忘れるのはナシな」

「えー」

 校門を抜けてしばらくはちらちらと見られていた自覚はあるし、毎度毎度それもどうかと考える。

「梅雨時に傘持ち歩かないのもどうなんだ……」

「じゃあ、持ってくるけど使わない」

「傘の意味……」

「……でも、遠くなるのはやだ」

 不服気な表情に、妥協するしかなさそうだった。

「学校と家の近くは……自重しような」

「わたしは、気にしないけど」

「……俺は気にする」

 桃香が少し瞬きをして、脚が止まった。

「……っと」

「あ、ごめんね」

 桃香の上空から飛び出しそうになった傘を慌てて戻せば、桃香も少しペースを上げて元の位置関係に収まる。

「わかった」

「ん?」

「はやくんの言う通りにする」

 ちょっと理由がわからないかったが、わかってもらえて安堵する。

「でも、はやくんがオッケーな時はちゃんと入らせてね?」

「……ああ」

 わかってはもらえたが、とてつもなく桃香の主張寄りのポイントで妥協が成立したような気がした。




「そういえばだけど」

「うん」

「今回のテスト、どうだった?」

 しばらく雨の音と歩いた後で隼人の方からそんな話題を切り出した。

「まあまあできた、よ」

 小さく笑うということは言葉通りかそれ以上らしかった。

「はやくんは?」

「こっちもそれなり」

 なので、少なくとも。

「今週……いや、来週末は、勉強無しでいいんじゃないか?」

「そう、なの?」

 いつものように二人で過ごさないのか……という不満が少しだけ見えた桃香にそうじゃないと伝える。

「だから、遊びに行かないか?」

「えっ!」

 パッと咲いた笑顔だけで、充分報われたような気にさえなる。

 こんな表情を見たくてテスト勉強の息抜きに考えていたことだった、実際はまだまだこれからだけど。

「どこにお誘いしてくれるの?」

「前に少しだけ話したけど、水族館に」

「それって、ちょっと遠出になるよね?」

「調べたら電車で一時間半だった」

「じゃあ、もしかして……」

 足を止めて見上げてくる桃香に、隼人も立ち止まって桃香の方を向く。

「丸一日、一緒に出掛けないか?」

「うん! あ、じゃあお昼とかも」

「向こうで食べることになるかな」

 わぁ……と声を零してから、隼人の手を握る。

 時間が大丈夫なら今からでも行くと言いそうなくらいだった。

「ね、はやくん」

「ん?」

「それって、すっごくデートっぽいね」

 甘く微笑む桃香に、少しだけ苦めの笑いで返す。

 勿論、隼人の方も中身はほんのり甘いのだけれど。

「だから、桃香を誘いたいんだって」


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