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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
27/225

25.鍵の在処

「あのさ、桃香」

 散々桃香(と自分)のことで盛り上がっている中に直ぐ顔を出すのは気が引けたが、しないとどうしようもないのでノックする。

「あれ? はやくん、はやい」

「瞬間移動でもしてきた?」

 少し赤い顔でドアを開けてくれた桃香の後ろから飛んできた声に、本当にそう出来たならと心の中で心の底から思った。

 それが叶うなら施錠された我が家に戻れないという間抜けな、しかも鍵は桃香が持っているという情けない状況を打破できるのに。

「忘れ物を……」

「取りに行ったんだよね?」

 別に隼人の勉強道具一式は持ってこなかっただけで忘れ物ではないと気付いて欲しいがイマイチ伝わらない。

「何々? 桃香と少しでも離れたくないって?」

「……やっぱりこのまま帰ろうかな」

「逃がさないわよ?」

 本気の声色で花梨が睨んでくる。

「そうじゃなくて……」

 扉の前に立っているのが桃香、というのを活かすべく桃香にだけ見えるように指先で小さく鍵の形を示し、口は声に出さず「か・ぎ」と言うが……。

「?」

 やはり桃香は不思議そうな顔のままで首を傾げている。

「ほら、さっき、家の前で……」

「はやくんの、お家……」

 暫く考えた後、思い至った! と人差し指を立てた。

「わたしが鍵、持ってるんだったね」

「……うん、その通り」

 何故口に出した……と諦めの気持ちを抱きながら頷く。

「え? 桃香、吉野君ちの鍵まで持ってるの?」

「これは……もう少し詳しく聞く必要がありそう」

「ホント、どこまで行っちゃってるんだか♪」

 新たな火種を見つけた、と舌なめずりをしそうな声が後ろから聞こえたのか。

 そしてこの話題は想定外だったのもあるのか桃香の中のラインを越えて恥ずかしい模様で頬が染まり始める。

「ちょ、ちょっと待ってて」

「お!」

 桃香が額と両手で隼人を押して廊下に出て、ドアを閉める。

「えっと……ごめん」

「ううん」

 事態の片棒を担いでいるというかそもそもの発端なのは自覚しているので思わず謝る隼人に桃香が顔を伏せたまま首を横に振る。

「とりあえず……これ」

 羽織っていたカーディガンのポケットから鍵を取り出して手渡される。

「……あったかい」

「~!!!!」

「ごめん、ごめん」

 思わず率直な感想を口にしてしまったところ、更に耳の先まで赤くした桃香に三回ほどぺちぺちと二の腕を叩かれる。

 これは全面的に悪いのを認めるしかないので謝り倒す。

「え、ええと……一旦、一緒に家まで行ってくる?」

「うー……どうしよう」

 時間を置いて場を冷まそうか? と提案したら桃香もそれを考えたようだったが……。

『つまり、桃香は何時でも吉野君に逢いに行けるというか、部屋に入れる訳で』

『何かのプレゼントだったりして~』

『桃香がねだったのか、吉野君がくれたのかが重要じゃない?』

 ヒートアップする自室の状況に桃香が顔を上げる。

「はやくん」

「あ、ああ」

「ささっと、行ってきて」

「……はい」

 隼人が頷くや否や、桃香が桃香なりに大きな声で自室に戻って行った。

「こらー、みんな、勉強しにきたんでしょー!!」

「わー、桃香が怒った」

「そりゃあ、怒られるでしょう」

「花梨だって乗ってたじゃないの!」

 全く持ってその通りだな、と思いながら……少しシャツの襟元を扇ぎながら一旦家に戻ることにする。

 途中、一階を抜けるときに滅多なことで動じない桃香の母が「いつも以上に賑やかみたいね」と笑っていた。




「そういえば、なんだけどさ」

「美春ちゃん、手は止めないでね」

「……はい」

 隼人が戻った後、しばらくはわからない個所の確認時以外は黙々と問題を解くペンの音が支配していた時間が少しだけ緩む。

 緊張を維持し続けるには長かったのもあって、おしゃべりも飛び出すようになった。

「桃香もそうだったと思うんだけど、今日の感じだと吉野君もうちらの高校余裕だったんじゃないの?」

「そこまで余裕綽々でもなかったけど」

「うん、まあ、その、私が言いたいのはさ」

 誰かが丁度ページを捲った音が挟まった。

「やっぱり、二人とも示し合わせて受験したの?」

「ああ……そういうこと」

 選択肢は結構多いので美春の疑問もごもっとも、だった。

「まあ、徒歩圏内だし……」

「あとは、ちょうどわたしたちが小学生の時に制服のデザイン変わって……わたしが、ちょっとあこがれてたから、かな?」

「ああ、なるほど」

「そういえばそれがウチのアニキの代で、結構盛り上がったとか言ってた」

「琴美のお兄ちゃんって確かその時モデルのポスターに使われたんでしょ?」

「あー、アニキ、外見だけは良いから」

 素っ気ない年頃の妹の発言ではあった。

「で、それを吉野君も桃香の憧れをきちんと記憶していた、と」

「……まあ、うん」

「ちゃんと覚えてるなんてエライじゃん」

 程よい、息抜きの会話になった。

「さ、じゃあもう三十分がんばろー」

「おー、桃香がやる気だ」

 それを切っ掛けに、再び各々自分の課題に向き合う。

「いい点とったら、いいことあるかもしれないもんね」

「えー? 桃香、それってさ」

「さ、やるよ、琴美ちゃん」

 とても遠回しに、先日言った「心置きなく遊べる」の言質を取られた気がした。




「じゃあ、また学校でね」

「桃香も吉野君もありがとね」

「うん」

「気を付けて」

「「「……」」」

「何か、あった?」

「いや、距離感がね」

「もう何も言うまい」

「『お邪魔』しました」

「じゃーねー」

 その後日が傾き始めるころまで多少脱線はしながらも勉強会は進んで、解散になった。

 家の場所の関係上、それぞれが家路に就くのを桃香と一緒に見送る形になってしまうのを一擦りされてから、桃香が聞いて来た。

「じゃあ、わたしごはんの準備するけど」

 リビングで待ってる? と言われて逆に聞き返す。

「手伝うこととかは、ない?」

「台所に三人も立てないから、大丈夫だよ」

「そっか」

 まだ一人で作り切るほどではないのかな、と思っていると桃香がもう一つ話題を切り出した。

「あと、今日のデザートは、ソフトクリームね」

「盛り沢山だけど、いいのか?」

「いいのいいの」

 青果店に設置されているマシンを思い出せば、毎日見ているであろう桃香も懐かしそうな表情を浮かべていた。

「さっきの、制服の話で思い出しちゃったしね」

「ああ……」

 高校から足を少し伸ばせば立ち寄れる商店街で、その日のフルーツを乗せたソフトクリームは隠れた人気があった。

 例えば、カップル等に。

「はやくんも、覚えてた?」

「まあ、それは」

 そしてそんな放課後デートに、小学生だった桃香が憧れていたのをしっかり記憶していたので。

 だからさっき勉強会で話した内容以上に志望校を選ぶのに迷いはなかった。

「あの時みてた制服着るようになったの、ちょっと不思議だね」

「まあ、そうだけど」

「だけど?」

「ただ、桃香の場合だと単に帰宅してデザート食べてるだけになるな」

 思い付いたままを指摘したが。

「はやくん」

「ん?」

「はやくんの唐揚げのお皿、レモンだけにするよ」

 夢のないことを言ったためか、少々怒らせてしまった模様だった。

「ごめんなさい」

「ちゃんと食べたい?」

「美味しいのを食べたい」

「じゃあ……そうだね、今度テスト終わったらどこかで美味しいアイスか、ジェラートとか」

「わかった、食べに行こう」

 折角だからご馳走するよ、と言えば。

「いいの?」

「いつもお菓子とか作ってもらっているし」

「……じゃあ、甘えちゃおうかな?」

 一瞬で、むしろ唐揚げが増量されそうなご機嫌な笑顔に変わっていた。

 食べ過ぎないように、とは言わない……学習したし今夜の食事は大事だった。

「じゃあ、お肉が漬かりすぎる前に取り掛かるね」

「もう三〇分くらい?」

「たぶんそのくらい」

「じゃあ、もう少し部屋で勉強したらそっちに行くよ」

「うん、わかった」

 頷いた後、桃香が一度自分の家の方を確認してから言った。

「うちのお父さんのアレなら……気にしなくていいよ」

「ああ、それは、大丈夫……」

 桃香の父も昔から隼人のことを息子同然に可愛がってくれている、が。当然ながら桃香の方に重きを置いているため……少々根に持たれていることがある。

 小さい娘が父親に言う「お嫁さんになるなら」の対象について桃香が常に隼人としか言わなかった、という事実である。

「お父さん……しつこいんだから」

「それ、絶対本人の前で言わないように」

「わかってるよ」

 じゃあ二〇分くらいしたら行くから、と……配膳の手伝いくらいはという気持ちと、桃香の料理している様は少しだけ見たいと心の片隅で思ったこと、という二つの理由で調整した時間を告げてから、今度はしっかり持っている家の鍵をジーンズのポケットから取り出そうとして思い出す。

「桃香」

「うん?」

「これ」

 振り返った桃香に追いついて、そっと取って広げさせた手に、母が桃香に預けていた方の鍵を戻す。

「いいの?」

「いいのも何も……母さんが桃香に預けてた奴だし」

 無意識に「母さんが」の部分を強調した言い方になっていた。

「うん、そうだね」

 それを仕舞うところを見ていると、唐突に隼人の頬にそっと何かが当たる。

 桃香が、指で隼人を突いていた。

「ちょっと怒ってる?」

「別に……」

 そっぽを向きながら怒ってはいない、とは口にする……不機嫌さは、自覚していた。

「だいじょうぶ」

「何が?」

「鍵」

 桃香の手が今度は隼人の両肩にかかって、精一杯つま先を伸ばしたのか桃香の体温が近くなる。

 さらさらな前髪の感触を、耳の表面で捉えていた。

「いつか、ちゃんとはやくんから貰えるように、がんばるね」

「……!」

「ね?」

 元の距離に戻った後、笑顔とサンダルの音を残して、家の中に駆けて行った。












「……大変なものを見てしまった気がするわ」

「桃香たちにはアレが日常の可能性もあるけどね」

「流石に家の前であれは大胆過ぎ」

「すっごい顔出し辛い……」

「何だって教科書忘れたのよ、美春」

「忘れたんじゃなくて、桃香のと間違えたような気がして確かめたらホントにそうだったんだって……ってゆーか、花梨先に帰ってもよかったじゃん」

「…………だって」

「だって?」

「面白いことしているかもしれなかったじゃない」

「出た、むっつりスケベ……あ痛ッ」


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