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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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24.花梨の問いかけ

「桃香……?」

「うん」

 間の抜けた問いかけになったのは、このタイミングで顔を合わせるつもりはなかったことと、それと。

「髪、どうした?」

「えへへ」

 普段は流れた先が軽い波になっているが、今は縦に巻かれてリボンも幾つか飾られている。率直な感想で言えば学校にこれで行ったら即指導されるな、だった。

「ちょっとみんなが色々持ってきてて、なんだか遊ばれちゃった……」

「そ、そっか……大変だった、な」

「うん、ちょっとね」

 笑った後、隼人が何かを気にして会話を手短にしようとしている様子に、桃香が口を開いた。

「あのね、はやくん」

「ああ」

「はやくんがわたしのお隣さん、ってもうみんな知ってたよ」

「え」

 驚く隼人に、桃香は普通に教えてくれる。

「だって、何回かうちに遊びに来てて、花梨ちゃんなんか面白そうだからって入っていたこともあるみたい……で、お店の名前覚えてたし」

「そう、か」

 何だか無駄なことに神経を割いてしまっていたようだった。

 まあクラスでばれなければ、と弱気な妥協を心の中でしている。

「ええと、それで、届け物って?」

「あ、そうだったね」

 桃香が手をポンと合わせて尋ねてきた。

「今日のおやつ、はやくんの分もあるけど……こっちに持ってくる? それともわたしの部屋にする?」

 ちなみにガトーショコラだよ、と告げられる。

「いや、別に……女子の皆で食べてくれれば」

「みんなが、はやくんが食べてないのに貰うわけにいかないって……」

「そういうものか?」

 桃香に来させる口実のような、けれど美春たちは妙に義理堅く見えるときもあるのでそれも本当かもしれない、と思った。

「絵里奈ちゃんと琴美ちゃんはおあずけ状態で早く連れてきて、とは言ってた」

「……ははは」

 苦笑いが出てから、少しだけ考えて答える。

「わかった、少しだけお邪魔する」

「ほんと?」

「そうじゃなかったらこっちに一つだけ運ぶことになるんだろ?」

 それは桃香の手間がかかりすぎる、と思った。

 あとは近くに居るのは知られたのだから挨拶も何もないのも不義理だとは思われたので。

「あ……鍵、部屋から取ってこないと」

 踵を返して奥に戻ろうとした隼人を桃香の声が引き留めた。

「あるよ?」

「へ?」

「はやくんのお家の鍵、持ってるよ?」

 ほら、とポケットから出して、隼人を少し引っ張って扉を閉めた後施錠する。

「ね?」

「なんで?」

「昨日、はやくんのこと、たのまれた時に預けられたよ?」

「桃香が?」

「うん、必要ならつかって、だらしないことしてないか見ておいて、って」

「母さん……」

 確かにこんな息子より桃香の方が確かに生活能力は高いけど、少し我が子に対する信用が小さくないかとがっくりしたところで。

「はやくんはやればできるけど、やろうとしないことがあるからね」

 ごはん、お茶漬けだけで済ますつもりだったでしょ? なんて。

 一切悪気はないのだろうけれど図星の内容で桃香に追い打ちをかけられた。そうして隼人が抵抗しなくなったところで。

「じゃあ、珈琲冷めちゃうから」

 行こ? と桃香に手を引かれるのだった。




「やあやあ」

「昨日ぶり」

「お邪魔してまーす」

 桃香の部屋に通されるといつもの面々がそれぞれに声を掛けてくる。

 それぞれに私服姿で華やかではあったが……隼人としては、桃香の部屋可愛くなっているな、と白基調の女の子、といった統一感のある久しぶりに訪れた部屋を見てしまう。

「桃香の部屋の方にはあまり来ないの?」

「まあ、女の子の部屋だから」

 花梨の問いに先日の夜のことは頭から追い出して答える。

 左腕一本と少し程度が侵入したくらいならカウント外にしてもいいだろう、と言い訳する。

「それより早く座りなよ」

「いや、部屋の主は桃香だと思うけど」

 案の定、というか桃香の隣しか空かないようにスペースが先取りされていた。

「はい、はやくん」

 桃香からカップと皿を渡されて、全員に行き渡る。

「えーっと……いただきます?」

 円形に座って同学年が一斉に、でつい合掌してそう言ってしまった。

「……ぷっ」

「給食じゃないし」

 笑いと突っ込みが発生したとこでそれぞれフォークを手にしてショコラを口にする。その味に四者四様に顔を綻ばせているが、四人とも一致で隼人に視線を送ってくる。

 まず隼人が最初に感想を述べよ、と。

「いつも通り美味しいよ」

「……うん」

 隣の桃香に伝えればはにかみが返ってくる。

 その斜め後ろに当たる位置で「苦いものが飲みたくなった」とばかりに琴美がブラックを口にしているがスルーする。

「いつも、ってどのくらいなのよ」

 今度は美春に言われるが。

「大体週一……くらい」

「ホントにー?」

 必要最低限で返す。正確な頻度はもう少し高いけれどそこまで正直にはならなくていいと思っていた。

「そういえば桃香、高校生になったら料理の方も頑張るって言っていたけど、そっちはどう?」

「それなり、かな……今日は唐揚げつくるよ」

 そう言いながら、桃香がちらりと隼人の方を見る。

 薄く、そうなるのじゃないか、と……今夜は桃香の料理を食べる機会なのじゃないかと隼人は何となく思っていて。

 それが裏付けられたことで嬉しく思うことを自認してしまう。

「え? 何? 桃香吉野君のご飯まで作っちゃうつもり?」

「胃袋は掴めって言うよね」

「『毎日俺の唐揚げを作ってくれ』……なーんてね」

「……それは胸焼けするでしょ」

 そんな喧騒の中で、桃香が笑って言った。

「じゃあ、機会があったら、食べてくれる?」

 そうさせるつもりじゃないか……とは思ったが、多分こんな風に小さな秘密を楽しんでいるであろう桃香の表情には水を差さず、機会があれば、と答えるに留めた。




「それじゃ、ちょっと片付けてくるね」

「もも……」

「じゃあ、私が手伝う」

 お菓子と飲み物で回復するための時間だったがそれ以上に女子組が盛り上がって、でもそろそろ本題に戻ろうか、となり。

 桃香と、それを手伝ってそのままお暇しようとした隼人を「男の子は座ってなよ」と制して立候補した絵里奈がトレイを持って部屋を出ていった。

 そこから短くも充分に時間を置いて花梨が口を開いた。

「楽しそうにしちゃって……」

「ホントにね」

 美春の相槌の後、花梨が隼人の方を向いた。

「それで、吉野君」

「?」

「一つ、確認して良いかしら?」

 居住まいを正しての質問に、隼人も思わず背をきちんと伸ばした。

「もう、ここから離れる心配はないの?」

「ええと、つまり」

「桃香はもう置いていかないのね? って私は聞きたいの、桃香は大切な友達だから」

 一度本人に確認したい、そう口にした花梨だけでなく、他の二人も真剣な顔をしていて、隼人も頷いて答える。

「母親の実家の引継ぎの関係でしばらく預けられて教育受けたけど、あくまで本家筋の兄さんたちに何かあった時の備えだから何もなければこのまま」

「そう、なのね」

「伝統芸能みたいなやつ?」

「そこまで高尚でもないけど、概ねそんな感じ」

 説明に、明らかに三人の表情がほっとした。

「そうなのね、よかった」

「うん、今の桃香、幸せオーラ全開だし」

 そんな琴美の発言を聞いて、「綾瀬、高校になってちょっとキャラ違うな」という先日の勝利の言葉も脳裏に蘇る。

「こっちも、一つ聞いてもいいかな?」

「ええ、私達で答えらえるなら」

「桃香は、高校になってから変わった?」

 正確には隼人が戻って来てから、と聞くべきなのは自覚があったが、そう聞いた。

 三人は顔を見合わせ。

「それはもう、キラキラしすぎて眩しいくらい」

「他の男に手を出させなくて心の底から良かったと思ってる」

「というか、さっきの答え次第では吉野君を〆るつもりだった」

 と、とても圧を感じる返答を寄越してくれた。

「え? はやくんが何かあった?」

 そんなタイミングで桃香と絵里奈が戻ってきたが。

「いいえ、少し質問してただけ」

「そうそう、ここの問題なんだけどさ」

 若干わざとらしく琴美が古文の問題集を示してくる。

「ここは……これは枕詞だから一旦置いて、次のところから意味を考えればわかりやすいと思う」

「あ……ホントだ」

「え、吉野君勉強できる人?」

「えへへ……」

「なんで桃香が照れてるのよー」

 場が盛り上がったところで、花梨が凛と通る声を放った。

「吉野君」

「?」

「一つ、確認して良いかしら?」

 どこかで聞いたような流れで、別ベクトルに真面目に問われる。

「この後、時間ある?」

「ええと、それはどういう意味で?」

「……二対三は大変なのよ」

 三、の方に当たるであろう美春たちが揃って目を逸らしていて、花梨の方は印象通り教えている方の模様だった。

 一方、桃香は期待する目で隼人を見ている。

「えーっと、いいの、かな?」

「わたしは、そうしたいって思ってたし、言ったよ?」

 にっこりと笑われて、覚悟を決める。

「じゃあ、戻って……筆記用具とか取ってくる」

「わたしの使ってもいいよ?」

 テーブルの上のペンケースを示されるが。

「慣れてるやつがいいし、それに……それはちょっと使いにくそう」

 何だかいろいろと飾りがついていたりして、あとは桃香の趣味全開の色合い的にも。

「すぐ戻るから」

「うん、いってらっしゃい」

 小さく手を振る桃香に送り出されて、後ろ手でドアを閉じて階段を下り始める。

『何、今の距離感』

『奥様じゃん、やっぱり奥様じゃん』

 二階から漏れ聞こえる声にも追い打ちされて若干顔を熱くしたが……。

「あ」

 あることに気付いて、その熱はすぐに退散した。


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