番外01.スリープするときのアプリ、使ってみた
「何か、約束あったっけ?」
「ううん、そうじゃなくってね」
日曜日の朝、猫の鳴きまねに呼ばれて隣の窓を見れば桃香が手を振っていた。
「昨日、寝るときの……はやくんのもみせてほしいな、って」
「ああ」
昨日一緒に勉強していた時、一緒にやってみようとインストールされた睡眠を計測する、というアプリのことか……と思い出す。
自分自身のにはそれなり程度の興味だけど、桃香が楽しそうならいいか……と機能を入れられた時と同じことを思いながら、差しっぱなしの充電ケーブルを抜いて、窓の外に手を伸ばして渡してみる。
「んー……と」
ご機嫌に画面を触っていた桃香の表情が、驚きのものに変わったので思わず聞く。
「え? 何か変か?」
「うん……」
「若干不安になるんだが」
「あ、そうじゃなくって……すごいな、って」
「すごい?」
桃香曰く。
「あっという間に深い眠りになって……朝までそのまま」
「ん? まあ、そうかも」
大抵の場合、眠ろうと思ったらそのまま眠り、朝起きたときは大体昨日の記憶の姿勢のままだったりする。
……桃香のことが心に強く残っている日以外の大抵は。
「寝返りも、してないみたい……か、とっても静かに動いたのかな」
「ああ……」
一度、寝室の関係で親族の男性で雑魚寝をしたとき、伯父に「生きているのか不安になった」との感想を貰ったことを思い出す。
「寝言……も何にもないね」
「そうなのか」
基本、そんなに夢も見る方ではないからなぁ……と思いながら、窓の向こうにいる例外を何とはなしに見る。
まあ、昔からよく一緒にいたから……の筈。
「ふこうへい」
「え?」
「な、なんでもない!」
そんなことを考えていれば微妙に聞きそびれたが、多分こういうことだろう、と流れのまま聞き返す。
「桃香は?」
「え?」
「桃香は、あんまり深く眠れないのか?」
「え、えっとね……行ったりきたり、みたいな感じ」
それで睡眠が少々長い傾向があるのか……と桃香の寝落ちに関する思い出が蘇る。
あと、大抵の場合枕にされている自分も。
その時にこそばゆくて少々扱いに困ることになっていたあの髪の量では寝返りなんかも大変そうだよな……と妙な心配をしながら。
「やっぱりさ」
「うん」
「寝言って眠りが浅いときに出るものなのか?」
「!」
桃香の表情が跳ねた後、抗議するような目線が飛んでくる。
「ま、まあ……そんなもの、みたい」
「そっか……」
まあ、個人差はあるよな……と思うものの、素朴な疑問をもう一つ。
「桃香は単語で出る? それともそれなりに文章?」
「ほえ?」
「……いや、参考までに、だったんだけど」
桃香を参考にしたデータとはいつ役に立つのだろうか……そのタイミングとは? と頭の隅で考えながらも少々配慮が欠けたと謝る。
「いや……ちょっと聞きすぎた、ごめん」
「う、うん……」
少し間が開いた後、桃香が声を出した。
「単語」
「ん?」
「二回とも、単語だった」
「……そっか」
多分「桃」だな……と桃香の好物を思い出しながら。
もし自分の名前だったら……それは都合が良過ぎるだろうと内心の自分を引っ叩きながら。
「じゃあ、また後で」
「うん」
それぞれ自分の休日にやることに移った。
なお、隼人はほぼ毎日ハンコのように同じデータになること、桃香は危険が危ない(?)、というそれぞれの理由で運用は数日で停止された。