23.宅配便
「ねえ、吉野君」
「お願いが、あります」
数学の授業後、隼人が教科書とノートを畳んでいると美春と琴美に話し掛けられる。このクラスになった直後辺りは色々と腰が引けたが今は普通に話もする。
けれど今回の二人は普段より真剣というか神妙、な面持ちだった。
「えっと……どのような案件?」
内容を聞かなければ受けるも何もない、と伝えれば二人は顔を見合わせてから同じタイミングで手を合わせた。
「「今度の週末桃香を貸して」ちょーだい」
ついでに声も半分以上合わさっていた。
「いや、その、別に桃香本人に聞けば良いのじゃ……」
「まずは外堀からって言うじゃん」
「桃香との時間を奪うって自覚はあるの、本当に」
「いや……そんなに休日も一緒に居る訳では」
大体、どちらかの日の午前か午後、とプラスアルファくらいといったところ。
「え? じゃあどのくらい一緒なん?」
「そこのとこ詳しく!」
「話逸れてるよね」
「いけず」
大いに脱線しかかっているので話を戻す。
「桃香とどこか行く、とか?」
「いや、その、うちらが桃香の家に行きたいというか」
「ちょっと中間テスト対策をしたいというか」
さっきの授業で丁度範囲の話も出たし、桃香から休日一緒に勉強会することもあると聞いていたので、何となくは想像していなくもない内容だった。
けれど、微妙に違う点もあるようで。
「お願い、桃香に教えてもらわないとホントにピンチなの!」
「ここで対策できるかどうかで結構違うから」
割と、桃香頼みな所がある模様だった。
「わたしは、ちょっとお手伝いしているだけだけどね」
若干珍しい組み合わせに「何を話してたの?」と加わった桃香が笑って手を振る。が、琴美と美春は真剣に桃香にも言う。
「いや、本気で助けてください」
「赤取ったらバド部の先生に何と言われるか……」
そんな二人の様子に、桃香が隼人を見て尋ねてきた。
「はやくん、いいかな?」
「いや、だから、そこは桃香さえよければそれで……」
「……うん」
一つ頷いてから、桃香は決めたようだった。
「美春ちゃん、土曜日の部活は?」
「午前だけ」
「琴美ちゃんの水泳は?」
「今週末は休み」
「じゃあ、ふたりとも土曜日の午後からでいい?」
「もちろん!」
「ありがと!」
それぞれ桃香の手を握って振っているところで、桃香に後ろから抱き着くもう一人が居た。
「勿論私も行くからよろしく」
「わかってるよ、絵里奈ちゃん」
「というか、絵里奈、アンタもそこそこヤバいんでしょうが!」
「桃香のおやつ、楽しみ~」
「しれっと美味しいところだけ持っていくなー!」
わいわいと大体いつもの流れで盛り上がっている様を見ながら隼人は決めたことがある。
土曜日は昼から図書館でも行こうかな、と。
その時点では、そう思っていた。
「ね、はやくん」
夜、桃香が窓の向こうから聞いて来る。
「土曜日の晩ごはん、こっちでいっしょに食べるってほんと?」
楽しさを隠し切れない表情で。
「うん……その、うちの父さんが大事な商談で出張して、母さんも付いていくことになったから」
「仲良しだね」
「うん、まあ」
確かにそれはその通りで、そうなので折角だから少し旅行気分でも味わってくればと言ったのは隼人だった。
週末、家に一人で存分に羽根を伸ばしたかった、というのも嘘ではないが……時間を決めて桃香の家を訪ねさせることによるお目付の手段といい、どうせ碌なものを自分では食べないだろうという指摘といい、母は鋭かった。
そしてついでにあと一つ。
「じゃあ、いっそのことわたしたちと勉強会、する?」
「……女子の集いに単身でお邪魔できるほど図太くありません」
「そういうもの?」
「あと、土曜の午後に届く荷物の受け取りも頼まれてるから家に居ないといけない」
なので、図書館に避難する段取りはご破算だった。
そしてまだ「夕方にうちに来るなら用事終わったらずっとわたしといればいいのに……」と顔に書いてある桃香に尋ねる。
「逆に、家で友也君達と勉強会とかしてたら、桃香は来る?」
その問いに、少しだけ考えてから。
「おやつの時間にお菓子を持ってお邪魔しにいく、かな?」
そんな答えが返ってきた。
実に有り得そうでその様が容易に思い浮かぶ。
「確かにそれなら桃香のお菓子は美味いから皆歓迎だろうけど……」
有り得そう過ぎてその後の皆の反応まで想像できた。
「褒めてくれた?」
「まあ、一応」
満足そうな笑顔に、ついでにもう一つ聞きたいことを思い出した。
「そういえば」
「うん」
「滝澤さんや高上さんと予定作るなら別にこっち気にしなくてもいいのに」
そんな隼人の言葉に、桃香は少し置いてから答えた。
「だって、ね」
「?」
「もしかしたらはやくんからおでかけのお誘いあるかも、って思ってるもん……もしそうなら、それがいちばん優先だよ」
にっこりと笑ってから、付け足す。
「いっつも、そうだったらいいな、って待ってるよ」
そんな風に言われてしまえば、隼人に言えることは一つだった。
「桃香」
「うん」
「次の日曜日、だけど」
空いているよ、と表情で告げてくる。
「えっと……」
「どうするの?」
「……いつも通り、でいいか?」
「テスト対策、バッチリになるね」
「まあ、テストが良かったら……来月、心置きなく遊びに行けるんじゃないか?」
「あ」
笑顔の明るさが一段増した。
「そうだね!」
「ん?」
土曜日の昼過ぎ。
着信に気付けば「ちゃんとお昼食べた?」のメッセージ。
「ちゃんと食べたって……」
母が作り置いてくれたものだけど、とは言わず口に出した分だけ、読みかけの文庫本を机に置いてから返信する。両手で持たないとまだ入力の怪しい自分が情けない。
すると間髪入れず「よくできました」というスタンプが帰って来る。
なんというか女子高生だよな、と思えば窓の向こうが一気に華やかになった……勿論、カーテンを開けて光を入れているのは桃香の家に接していない側の窓だけで桃香側は厳重に封鎖してある。
流石に話し声が聞こえる場所にいるのはよろしくないだろうとは思っていたのでスマホと文庫本を手に一階に降りる準備をする、今日は閉店の古書店内で本の匂いを感じながらの読書も悪くはない筈だった。
『はい、桃香先生』
『え、えーっと……どうしたの、滝澤、さん?』
『ぶっちゃけ吉野君とはどこまでどうなってるんですか?』
(何を聞いているんだー!)
そんな気分も吹き飛ぶ爆弾がいきなり至近で炸裂する。
勉強しに来たんじゃないのか、と心の中で突っ込みながら慌てて窓を閉めて慣れたはずの階段を踏み外しそうになりつつ下る。
桃香側の現状に対する認識を知りたい気持ちは果てしなく、果てしなくあったがそんな反則は犯したくなかった。
予定の場所にたどり着いた時には何故か息も絶え絶えだった。
「よっと」
無心の読書の中、指定の荷物は二時半過ぎに届けられた。
中身は家の仕事柄書籍の詰まったもののようで重いぞと父に注意されていたが所定の場所まで運ぶくらいは平気だった。
更にもうひと箱を運搬し、これで心置きなく家を空けられる、ので大分出遅れているが当初の予定通り図書館にでも、と考える。
財布とスマートフォンを順番にズボンのポケットに入れた後で気付く。
「しまった……」
家の鍵を制服のポケットから出して部屋のテーブルの上に置いたままだった。
耳栓でもあったかな? と今や危険地帯であろう自室に戻るために必要なものを考える。
いくらなんでも真面目に勉強しているだろうと思いたいけれど、そろそろ集中力が一度切れそうなほどの時間が経過しているのもまた事実だった。
(さっさと行って出て来ればいいんだ)
そう決めて廊下を奥に進み二階への階段に足を掛けようとしたところで。
「ん?」
インターフォンが鳴らされた。
もう一つ届くなら言っておいてくれれば……と思いながら急いで戻って開錠してドアを押す。
「はい、お待たせし……」
「えへ……」
先ほどの配達員のお兄さんくらいを想定して向けた視線は空を切って、下げれば比べ物にならないくらい華やかな表情と目が合った。
「え、えーっと……お届け物、です」