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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
23/225

22.ホワイトアウト

「やったね、隼人」

 勝利のゴールを確認した友也が駆け寄って手を差し出してくれる。

「いや、あれだけパス来るのわかりやすかったら」

「あんな雑になるまで張り付き続けたのも含めて、よくやったんだよ」

「その通りだけどとりあえず整列ね」

 助け起こされている最中もべしべしと蓮に手荒く祝福されながら、空いた手で勝利と無言でグータッチし、誠人に促されてセンター付近に並ぶ。

 審判役の生徒の合図で礼をして、試合終了となった。




「ふぃ~」

「つかれた……」

「まあ、あんだけ動いたらな」

 そのまま五人して脱力感に負けそうだったが、コートにそうするわけにもいかず、周囲に掃けようとすれば応援してくれたクラスメイトの方に自然に足が向いていた。

「やったね!」

「おめでとう!」

 黄色い歓声と拍手で迎えられる中。

 いつもなら真っ先に隼人に声を掛けそうな人物が、笑顔だけれどそれ以外の行動を起こさず大人しく待っていた。

「……?」

「あれ?」

「お?」

 隼人だけでなく誠人や蓮でさえ違和感を覚え始めたらしいところでようやく桃香が口を開く。

「最後の、けがしてない?」

「ああ、うん」

 真っ先に落ちた左脇辺りを一応触るが全く痛みはなかった。

「音が派手だっただけで全然平気」

「うん、よかった」

 一瞬だけ安堵の息をついて、それからさっきまでの笑顔に戻る。

 その目の前の変化で分かった、今の桃香の笑顔にはいつものふわりとした柔らかさがなかった。

「ああ……その、最後の辺りは必死だったから」

 思い切り過ぎて受け身も取らずに床にダイブした辺りが心配かけて良くはなかったのか、と隼人なりに考えたが。

「それは……大丈夫だったなら、いいんだけど……かっこよかった、し」

「うん、でも、心配させてごめん」

「……!」

 少し頭を下げた動作の瞬間に、目の前が真っ白になった。

 想定外の事態に頭の中も白くなりそうだったが、桃香と同系統の香りと柔らかい肌触りに先日の記憶から辿り着く。

「タオル……?」

「……」

 そのままわしわしと髪や頬の辺りを揉まれる。

 実家の愛犬たちにたまにしていたことを自分がされたらこうなるのか、と一瞬呑気に考えた。

「あの、桃香? 汗なら自分で……」

「ダメ」

「はい?」

「はやくんが自分で拭くと……ちゃんとタオル使わないから、ダメ」

 試合中に思わず裾で拭ったのが行儀悪かったか? と心中で反省したところで周りの騒がしさが一段上がった。

「へいへーい、バレーも一位取ったよん」

「やったねぇ、おめでとう」

「バスケも勝ったんだって? やるじゃない」

 音声だけで判断できるが第二体育館からバレーチームも合流した模様だった。

「で、桃香は吉野君に何をしてるのかしら?」

「まーた吉野君が何かしちゃった?」

 冷静と呆れが半々の花梨の声と面白がる琴美の声がするが、当事者の片方とはいえ隼人は全くわからないので正直こちらが何がどうなのかを教えてほしい状態だった。

「あー、それはね」

 ここで絵里奈が口を開いた模様だった。

 声音に愉快さが隠しきれていない。

「華麗なパスカットからのアイコンタクトやら、懸命なダイビングから助け起こされたりやらで吉野君ちょっと他クラスの女子にも目立っちゃってたんだよね~」

「あら」

「ほほー」

「「!」」

 隼人の動きと、桃香の手が止まる。

「それとあと、突然シャツを捲って引き締まったお腹の辺りの肌見せしながら汗拭ったらちょっと刺激が強すぎたみたいね、オーディエンスの乙女たちに」

「それはまた……」

「そんなワケで、姫は今とてもご機嫌斜めなのです」

「む~」

 唸る桃香の、隼人の頬を包んだタオルに籠る力が少し強まった。

「べつに……はやくんのおへそくらい何回もみたことあるもん」

「そこは張り合うところじゃないでしょ」

「あ、あの……桃香」

 どうにかしてそろそろ止めようか、と思うがタオル越しではいまいち声が届かない。

 手で止めようにも周囲が見えない状況で下手なことは出来ないため宙を彷徨う羽目になる。

 それを都合よく解釈してくれたのか美春が桃香に突っ込んだ。

「このままじゃ吉野君窒息して、痴情の縺れって見出し記事にならない?」

 実際のところはそこまで苦しくはなかった……というか二人きりであるならこのままでもしばらくは構わなかったが、桃香が「あ」と声に出し力が緩む。

 そこに琴美が冷静に状況を確認する。

「というかそのタオル、さっきまで桃香が使ってたの、だよね?」

「あっ!」

 ちょっとした悲鳴とともに桃香の手が引っ込み、隼人の視界が開ける代わりにタオルが隼人を見上げていた桃香の上にゆっくり落ちた。

「その、ええと」

「うー……」

 タオルをそっと除けて、少し顔を赤くして頬を膨らませている桃香に手渡す。

「いい香りしか、しなかったから」

「そ、それはよかった……けど」

 何か言いたげな表情で隼人にタオルを持っていない方の手を伸ばす。

 さっきまで布地越しに触れていたところよりもう少し上で奥、耳たぶの辺りを軽く摘ままれる。

「桃香?」

 そのまま引っ張られて、基本桃香に抵抗しない隼人の耳が、つま先を伸ばす気配のした桃香の顔に近寄ることになる。

 絶対に他の誰にも聞こえない間合いと声量で桃香が囁いた。

「……わたしには肌をださないように言ったくせに」

 それだけ言うと指を放して二歩ほど隼人から遠ざかってから、首を傾げることで「どうなの?」と隼人のことを問いかけるような見上げ方をした。

 さっきの言葉と今の仕草に、先日の女性服売り場での鮮やかな姿と白い肌が蘇って隼人の思考と体の自由を殆ど奪っていた。

「いや……違うだろ?」

「ちがうの?」

「男と、女の子じゃ違う……」

「じゃあ、そういうことにしておくね」

 隼人の言葉ではなくて反応に満足したように桃香が概ねいつも通りの笑顔に戻った。

 少しだけ違うのは悪戯っぽさ、だった。

「じゃ、教室戻ろうか」

 隼人と、花梨たちに向けられた言葉。

 彼女たちはそれぞれに桃香と隼人を見比べてから、それぞれに「あー面白かった」と桃香を追いかけて行った。

「そういえば総合一位にはなるんだっけ?」

「さっき集計してたけど優勝でいいみたいよ?」

「やった、先生全員にジュース奢ってくれる」

「ところで吉野君に何って言ったの?」

「それは秘密」

 そんな風に一足先に体育館を出ていく女子グループの後姿を見ている隼人の両方の肩が誠人と友也に叩かれた。

「どんな対戦相手より大変そうだね」

「いや、これは隼人に勝つつもりがあんまりないよ……必要も無さそうだし」

 そこに肘をねじ込みながら蓮と、肩を竦めた勝利が言う。

「これに関しては骨の拾いようがねぇな」

「もう完全に敷かれてやがる」

「ははは……」

 もう枯れた苦笑いしか出てこない。

「まあ、この野郎ってくらい幸せそうな対戦カードだけどね」

「綾瀬さんのシュート決定率が凄過ぎる」

「それはカットしないのか? ん?」

「……もう勘弁してください」

 これならさっきまでの試合の方が楽だった、くらいに感じながらも。

 男子一塊で教室に戻るのは、悪くないなと思う隼人だった。


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