204.春の窓辺で
「あふ……」
欠伸を嚙み潰して開け放っている窓から空を見上げる。
春眠は朝だけでなく昼食後の時間帯にも容赦なく襲い掛かってきて軽く目を擦ってから背中を伸ばすことになる。
少々アルバイトや手伝いを入れているものの、春休みボケしていないかと言われたら若干否定はし辛い、そんな具合。
「暖かくなったもんな」
そう呟いて膝に乗せていた雑誌に再度目を落としたところで。
「はやくん」
「!」
向かい側から窓を引く音の後、弾んだ声で呼ばれた。
「店番、終わったのか?」
「あと、お昼の後片付けも」
「そっか、おつかれ」
「うん、ありがと」
高校一年生……あと数日で二年生の交際中の男女、でもなかなか無いくらいには生活が重なっている二人だけれどそこは多少ズレは合って。
そんな言葉を掛け合いながら一ヶ月ほど前に比べて薄手になった桃香のベージュのニットの生地に確かに最近めっきり暖かいな、とあらためて思ったりもする。
「えへ……」
「どうした?」
「窓開けるの、気持ちいい季節だな、って」
「確かにな」
クッションを持ってきた桃香が座った後、窓枠の所に腕を置いて頬を預ける。
そんな様に。
「ええと……」
「どしたの?」
「……そっち、行かなくてもいいのかな、って思っただけだ」
一瞬だけ迷ったものの。
抵抗したところで最終的には白状させられてしまうことは何となく想像できてしまい、そう口にすれば。
「……えへ」
ふわっとした綿菓子の笑顔が日差しの中で蕩ける。
「何だよ」
「実感、したの」
「何をだよ」
「……言っちゃう?」
「……」
わざと仏頂面を作って横に振れば、桃香が笑みを濃くする。
そうだよ、そういう様も可愛らしくて好きなんだよ、と知られてしまっている気がする内心で改めて呟く。
「たまにはね」
「ん」
「このまま、なんかもいいかなぁ、って」
「そうか」
「うん」
「それで、何だけどな」
「うん」
「ずっとこのまま、か?」
ちょっと傾いたままじっとこちらを見つめる目線に尋ねる。
「わたしはそれでもいいけど」
「いや、それは……どうなんだ?」
如何に想いを確かめ合った相手とは言え、こんなに白昼に。
「じゃあ、にらめっことか、する?」
「なんでだよ」
頭の角度を直して、両頬に人差し指。
無邪気な提案に、思わず吹き出してしまい。
「あ、はやくん笑った」
「合図も無しかよ」
「えへへ」
元々閉じ気味だった瞼を更に細めた表情に、言い返す。
「それを言ったらな」
「うん」
「桃香なんてさっきから元々そうじゃないか」
「はやくんとお話しているからね」
そうしたら、間髪入れず返ってくるカウンター。
そして更に畳み掛けて。
「はやくんと、一緒だからね」
「……言い直さなくてもいい」
「でも、言っちゃいたかったから」
にっこりと、品評会なら満点を取れそうな笑顔。
「えへ……」
「どうした?」
「あったかく……なってきたね」
「そうだな」
下校時に、桃香の少しだけ先に癖のある髪が捕まえた桜の花びらのような色が桃香の頬に。
そしてこちらもそうじゃない自信は全くない。
「散歩にはいい季節になったな」
「うん、そだね」
勢いの良い食い付きは寒がりなせいだろうか、それとも。
「ね、はやくん」
「ん」
「夕方のお散歩、今日も一緒でいい?」
「ああ、もちろん」
今日も、どころではなく当たり前になるくらいの。
万が一にも断れられるとは思っていない顔が、でも承諾には嬉しそうにはにかむ。
「夕方だし、寒くないようにな」
「だいじょうぶだよ」
だって、と言う風に動いた口が止まって。
「だいじょうぶ、だよ」
もう一度繰り返した後。
「……ね、はやくん」
「ああ」
「さっきはああ言っちゃった、けど」
「ん」
「やっぱり、そっちに行っちゃっても、いい?」
そんな言葉に対する返事も無論一択で。
慌ただしく閉まってから施錠される向かいのガラス窓の音に口元を緩めながら廊下への襖に手を掛ける。
少しでも早く迎えたいから、たった今まで顔を見ていたくせに。
明日、主役二人の誕生日に完結の更新をさせていただきます。