202.仕上げ
「じゃあ、いくぞ」
「どきどきだね」
十分な冷却時間を置いて冷蔵庫から取り出したプリンの器を皿の上で逆さまにする。
言葉とは裏腹にそこまでそうではなさそうな桃香とは対照的に緊張しながらそっと外す、と。
「おー」
「割と、悪くない感じか?」
感心したような声で拍手をくれた桃香に照れを隠すように尋ねてみる。
「はじめてのトライなのにすっごいじょうず」
「教えてくれた人も良かったしな」
「ほめられちゃった」
得意げに笑う桃香の説明は簡潔で要点を得ておりとても分かり易かった。欠点を挙げるとすれば生徒への距離の近さだが……この場合は問題にならない。
というか、そこで離れられたらられたで寂しいものがあるのだけど。
「?」
いや、むしろその場合は体調不良か何かを疑わなければならないかもしれない。
「どしたの?」
「桃香が居てくれて有難いよな、って話」
「そう?」
「そうだよ」
上手い言い方が思い浮かばず、そもそも言うべきかどうなのかを考えつつテーブルに型を置くのに姿勢が前傾した瞬間。
「えいっ」
「!」
軽めに飛び付くように桃香の頬が隼人の同じところに当てられる。
「……どうした?」
「はやくんが、こうして欲しそうかな? って」
違った? とこれっぽっちもそうだと思っていなさそうな笑顔に尋ねられるも。
「当たってる」
「よかった」
もう、そう答えるしかなかった。
「じゃあ次はクリームかな」
「はいよ」
プリンが埋もれるくらいにフルーツを乗せたところで桃香が作っていたクリームを絞り袋に入れてくれていた。
「俺がやるのに」
「ちょっと暇だったからね」
それに、と付け足しながら小さなスプーンを手に取って。
「これ、ちょっと楽しみだし」
ゴムベラから残ったクリームを掬って口にして目を細める。
「はやくんも、する?」
「……ん」
もう一度集めたスプーンを差し出されれば食べたさ三割、残りの理由はそれをしてくれた相手で、迷ったのもほんの一瞬に過ぎず口を開ける。
慣れた感じにスプーンを差し込んだ後引いた桃香にちょっと疑問付きの感想を述べる。
「ちょっと甘め、だよな」
「はやくん用の時はちょっと控えめに調整してるけど、今日はわたし用寄り」
「そういうことか」
多分、諸々そういうことを調整していくんだよな……と何気なく考えてから、その諸々とは何ぞや、と内心で首を振る。
「ね、はやくん」
「ん?」
「……同じスプーンだったけど、よかった?」
「今更だろ」
やっぱり甘い味だな、とそのまんまな感想を再度浮かべた後、桃香の問いかけに二重の意味で返す。
「というか、わざとだろ」
「えへ」
本当に今更過ぎるだろ、と思わず軽く笑いながら桃香の脳天を突けばスプーンを置いた桃香にそっと人差し指で唇を触られる。
「それとも」
「ん?」
「こっちで、がよかった?」
「ノーコメントだ」
「なんだか、すごいことになってきちゃったよ?」
「あれもこれも買い過ぎたか……」
「少なくともアイスクリームは止めて正解だったね」
「まあ、大容量を大人買いするのはまた別の機会だな」
頷き合いながら笑い合いながら、盛り付けを進めていく。
「じゃあ、天辺にはサクランボで」
「うん」
「完成、だな」
その言葉と同時に山頂に赤い実を置いて。
それから手のひら同士を軽く音をさせつつ合わせる。
「大作だね」
「想定してたよりすごいことになった」
「ね」
角度を変えつつ何枚か写真を撮っている桃香に声を掛ける。
「まあ、本場の喫茶店とかのには及ばないけど」
盛りつけた当人の目線から見れば苺の並べ方やらクリームの波の揃え方に微妙な後悔というか粗が見つかってしまう。
「はやくん」
「ん?」
「ちょっと不格好な所がむしろいいの」
「桃香がそう言ってくれるのならいいか」
「うん」
軽く手を洗い終えてから、そっと表情に触れつつ。
その柔らかな手触りに白玉ぜんざい、という手もあったかなと脳内で脱線しながら。
「桃香の為のもの、だしな」
「えへへ……食べきれるかな?」
「……それに関してはやりすぎた感もあるな」
改めて完成形を見直せば、まだまだ学生の身分だけど小学生とは流石に財布の中身が違うので器からは溢れんばかりのボリュームだった。
実際、端っこの方のクリームは温まって緩めば垂れてしまうんじゃないかというくらい。
「はやくんも手伝ってくれるよね?」
「桃香ならいけそうだけど……」
「んー、いけなくもないけど、晩ごはんが入らなくなりそう」
「だよな」
流石にそれは桃香のお母さんにも綾瀬家の夕食メニューにも申し訳ない。
「いっしょに、食べよ?」
「ああ」
改めてテーブルの上には二人分のスプーンとフォーク。
「じゃあ、はやくん」
「ん?」
「仕上げ、おねがい」
隣の椅子の上でこちらを向いて……両手は膝の上に揃えたまま。
意図するところは、明らか。
「プリンはもう仕上がってるんだけどな」
「ホワイトデーのイベントとしては、まだだと思うなー」
「……まったく」
毎度のことながらあっさり折れて……それを読み取った桃香が目を閉じて口を開いたところで、ふと思い付く。
スプーンの先にほんの少しだけチョコソースのかかった生クリームを乗せてそっと桃香の唇の辺りに差し出して。
「あれ?」
口に入った量にちょっと驚いて目を開いたところで、僅かに勢いをつけて狙いを定めていた唇を奪う。
「ん! ん? むー?」
抵抗というよりは純粋に驚いて暴れる肩から首筋にかけてを押さえて、過去最長に重ねた状態を維持し続ける。
大人しくなるのを待って、それからそれまでにかかった時間と同じくらいまで。
「まあ、その」
「……うん」
「待っていてくれる顔が……その、すごく可愛かったので、つい」
ついじゃないだろう、と内心で自分の頭を叩くが……そうとしか言い様のない衝動だった。
そんな間に呼吸を整えたのか桃香が隼人の手を握りながら口を開く。
「えっと、はやくん」
「うん」
「そんな風に、思ってくれちゃった?」
いつものものに少々の満足さを混ぜた笑みに。
「わりと常に思っていて……今はちょっと我慢が利かなかった」
「そうなんだ」
「知っているくせに」
「えへへ……彼女、だから」
身を乗り出した桃香の髪と、吐息に耳をくすぐられる。
「はやくんの好きを独り占めしちゃってるから」
「……それは桃香のためだけのものだからな」
「うれしい」
軽く頬にキスをくれて戻ろうとする桃香を今度は二の腕で捕まえる。
「今度は抱き締めたくなった……んだけど」
「えっと……お膝の上、座っちゃってもへいき?」
「全然構わない、いや来てほしい」
一旦腕を放してから軽く広げて言葉通りの意思を示す。
「いっぱい、どうぞ」
「ん」
横座りになって身体の力を抜いて応えてくれた桃香がそっと囁く。
「はやくん」
「ん?」
「はやくんがわたしにしてくれることは、いっぱい素敵だね」
「なら、よかった」
「プリンを作ろうって考えてくれることも、いっしょに作ったことも、ちょっと強引だったのも」
「……ごめん」
「うれしい、って言ったよ?」
くすくす笑いの後。
「はやくんが最近好きっていっぱい示してくれるのは、いちばんうれしいかな」
「そりゃ……桃香に沢山貰っているからだよ」
「そういえば、ホワイトデーだったね」
言われてみれば、と思うものの即座に否定する。
「いや……でもさ」
「うん」
「桃香は割といつも……な訳で」
「えへ、そうかも」
じゃあ、とプリンよりもクリームよりも甘く蕩けた声で耳打ちされる。
「朝と夜、キスとぎゅー、をリクエストしちゃうね」
「……桃香」
やぶさかではない、むしろ望むところかもしれない……とまで考えてから、気付く。
「わりと、してないか?」
「そうだけど、たまにどちらかだけのことあるもん」
「……まれに、だろ?」
それこそ片手で数えられるくらいだろう、との指摘は。
「でも、その時はちょっとさみしい気持ちになるよ?」
その甘える言葉で粉砕されて。
「わかった……ちなみに」
「うん」
「それは朝と夜しかできない、という意味じゃあないよな?」
「もちろん」
つまり、トッピング考察段階でアイスクリームを除外したのは大正解、ということだった。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
あと二話で完結といたします。




