201.Pudding a la mode
「それでは、はじめましょう」
「ああ、よろしく……じゃないな」
「?」
「よろしくお願いします、桃香先生」
「はい、了解しました」
楽し気にご機嫌に、エプロン姿の桃香が頷いた。
「……」
「どしたの?」
「いや、やっぱりその恰好の桃香もいいな、って」
「そう?」
軽く小首を傾げながらも、まんざらでもない……いや、大いに満足した感じに桃香が両手を広げる。
まあ普通に年頃の少女の家庭的な姿は魅力があるよな、と内心で首肯する。自分の交際相手のそれなら尚更のこと。
そんな風に考えていると、すっと身を寄せてきた桃香がスリッパの爪先を伸ばして囁いて来る。
「これで、はやくんのお弁当とかお菓子とか、作ってるよ?」
「……ん」
「あ、効き目あった」
緩む気持ちが表情にも出てしまったことで伝わってしまったのかしてやったりと小さく拳を握った姿に、二人きりなので割と素直に降参の手を上げる。
「そりゃあ、嬉しいだろ」
「えへへ……よかった」
ちょん、と指先を触れさせて笑う桃香にはもう一つエプロンをかけているタイミングがあって。
その姿を思い浮かべてからコメントする。
「やっぱり、店先に出ているときよりこっちだよな」
「そう?」
軽く考えてからご本人の解説が入る。
「たしかにちょっとくらい汚れても大丈夫で、動きやすめにはしてるけどそんなに違うかな?」
「まあ服装としてもそうなんだろうど」
笑顔で女の子にはまあまあ重そうな箱なんかをひょいと持ち上げている所もよいな、とは思っているけど。
「その時は桃香本人もなんだか少しだけいつもよりしゃんとしてテキパキ感があるからなぁ」
「褒められてる?」
「そりゃあ勿論」
そのつもりで言っているけど、と付け足すもののご本人は納得しかねる様子で。
「しゃんとしてテキパキしてる方より、今の方がいいっていうのは……」
「いや、そういう意味じゃないって」
確かに受け取り方によってはちょっと複雑かもな、と理解はしつつもあわてて訂正する。
「自然体の桃香が一番いいってことだよ」
「そう?」
「ああ」
エプロン紐が掛かった両肩をポンポンと軽く叩いて宥める。
「そうなんだ」
「?」
そのまま真っすぐ桃香が進み出てきて正面から衝突され背中へ回った手で抱き付かれる。
「これがわたしの自然体だけど」
「よーく知ってる」
この数か月でこれでもかと知らされた事実。
「さすがわたしのはやくん」
「これは褒めてくれてるんだよな」
「もちろんだよ」
「さて、じゃあ、あらためて」
「ん」
「お返し、貰っちゃおうかな?」
先日済んだホワイトデー。
美春たちへの分は友也たちと共同で済ませ、そのついでに蓮に弄られつつ悠たちへのものを購入して届けてきた。
で、大本命へのそれを考えた際にふと思い出したのは、過去の中で一番評判の良かったそれは「近所の洋菓子店で買ってきたプリンに超顔馴染み価格で桃香の家で買ったフルーツと生クリームを盛ったアラモード」だった、こと。
それが記憶から蘇ると逆にそれ以外の選択肢は無いように思え、更に実に桃香ウケしそうな企画だと断言できた。
そしてこの際ならプリンも自作しようかと脳内でシミュレーションしたもののレシピサイトを見ながらもソロでの挑戦は心もとなく思え、恥を忍んでその腕前が有りそうな花梨、絵里奈、由香子、彩にそれと無く打診したものの異口同音に「絶対に桃香はその方が喜ぶから教えてもらいながら一緒に作れば?」と隼人も心底頷かざるを得ない言葉を返され、現在に至る。
ついでに言えばそれを告げた際から先程してきたそのための買い出しまで桃香は終始上機嫌だった。
「それはそうと」
「ん?」
「はやくんのエプロンも、何だかすごくいいよ」
「そりゃどうも」
具体性に掛けてはいるものの当然嬉しくはある、けれど若干リアクションに困るほめ言葉。
「手もおっきいし器用だから、卵片手で割れちゃうんじゃない?」
「食材を無駄にしたくないので普通に割ります」
「うーん、はやくんらしい答え……じゃ、まずはそこのボウルに二個ね」
「はい」
「じゃあ、プリンはこのまま冷やしておいたらオッケーだよ」
「ん」
あとはトッピングする果物を切ったりとかか? と思いながらもちょっと休憩入れようかとの提案にキッチンの椅子に腰を下ろす。
「お茶、飲むよね?」
「ああ、ありがとう」
コップに麦茶を注いでから。
「えへへ……」
ちゃんと隣ではあったものの不足だったのか自分の椅子をずらしながら桃香が緩んだ頬で至近距離にやって来る。
「ん?」
「はやくんがわたしのために頑張ってくれてるの、うれしいよ」
「俺も桃香がお弁当やお菓子作ってくれる度に同じ気持ちになってる」
「そうなんだ」
「そうだよ」
肯定の言葉と同時に頷けば桃香側の腕に抱き付かれる。
「うれしいね」
「ああ」
甘えるような頬擦りに頭を撫でることで応じてしばしの間そうしていると。
「あ、そうだ」
「ん?」
「ちょっとだけ、食べちゃおっか」
トッピング用に買っておいてあったポッキーの袋を開けながらちょっと悪戯っぽく笑われる。
「悪い奴だ」
「でもだいじょうぶ」
「ん?」
「はやくんにも、共犯してもらうから」
言うが早いか愉快そうに一本を小袋から抜き取って口の中に差し込まれた。
「キウイは扇型かな?」
「そだね」
小休止を終えて皮を剥いた緑の果実の切り方を確認していると手元を見ながら笑われる。
「ん? なんか変だったか?」
「ううん、ずいぶん分厚く切っちゃうんだね、って思って」
「まあ、贅沢タイムだからいいんだよ」
「そっか、そだね」
うんうん、と頷いた後、頬杖の表情に見上げられる。
「はやくんが居てくれればそれだけで特別で贅沢だけど」
「もう結構一緒に居るようになってると思うけど?」
「全然まだまだ、だよ」
「まあ、桃香はそう言うよな」
テーブルの上に準備してあるまだ空の盛り付け用の器を横目に頷く。
今日のプリンアラモードもそうだけれど、溢れるくらい山盛りにしたいという気持ちがある。
「それが普通になるくらいにならないとな」
「わたし、すっっっごく欲張りだよ?」
「知ってる」
キウイフルーツを切り終えた包丁を一度濯いで安全な場所に置く。
「時間をかけてでも、そうするよ」
「それでもずっとかかるかもね」
「望むところだよ」
膝を屈め桃香の使っている椅子の背もたれに手をかける。
かなり至近になった距離で桃香がくすりと笑いながら指摘してくる。
「……ここ、わたしのお部屋じゃないけど」
「……まあ、二人きりだから良いだろう」
それに、と耳元に付け足す。
「ここまで来てしない選択肢は」
「えへ……お父さんとお母さんはお茶しに行っちゃってるし、ね」
「家の父さんも冷蔵庫に母さんの好きなケーキ屋の箱入れていたな、そういえば」
あそこのでしょ? って笑った桃香がそっと囁いてくる。
「わたしたちも、そんな風になりたいね」
「そうだな」
「はやくん、ちょこっとだけ、チョコの香り」
「桃香もそうだったぞ」
「共犯、だもんね」




